第28話 イザベル王妃のわがまま

 これは、ただの遺書です。

 格式高いはずのエイブリー家が禁忌に手を出した一連を、ここにつづろうと思います。

 あわよくば娘には、わたしたちの行為を認めてもらいたいと思ってしまいます。これを読むあなたはわたしたちを非難するかもしれない。けれどこれをしなければいけないと、何かゆがんだものがわたしたちを縛っていたこともわかってほしい。




 わたし、イザベル・エイブリーは叔父である一代目国王アーサー一世の計らいから、彼の養子と結婚することになりました。田舎のソウウルプス生まれのわたしは、不安ながらも胸をおどらせていたことを覚えています。彼の本名は知りません。ですが彼はアーサー二世と名乗りました。誠実そうな方でした。つまり、兄とは真反対の人間でした。


 彼はわたしのことをすごく愛してくれました。生活をすることに何の不便もなかった。

 でも私は彼との生活の中で、何か足りないと感じていました。結局足りなかったのはわたしでしょうが、その時は幼すぎて自身に非があるなんて思わなかったのです。

 幸運は早かった。兄はソウウルプスから少し離れたところで暮らしていました。きっと次会う時、彼は伴侶を連れているだろうと思っていました。それが普通で、そういうものだとわたしは割り切れていた。割り切れているとこの言葉選びが、すでにわたしは少しおかしかったのだと思わせてくれます。


 幸運とは、夫であるアーサー二世が兄のアランの才能を見つけ出したことです。彼は国の発展に大いに役立ってくれるだろうと、兄をウーヌスに歓迎して迎え入れました。

 兄は今のわたしを知っていたようです。アーサー二世の妻となったことや、わたしが研究者たちや開発者たちとたびたび会話を交わしていたこと。

 わたしと兄は再会をこっそり祝いました。


 アーサー二世はわたしとアランが兄妹だなんて気づかなかった。この浅はかさがわたしたちをつけ上がらせた──また人ごとにしてしまった。わたしはまだどこかで自分を悪者だと信じきれていないのでしょう。

 いつからでしょうか。わたしはいつしか、兄を兄ではなくアランと呼んでいました。なぜか二人の間では、わたしたちは血のつながる兄妹であると、誰にも悟られてはいけないと思っていました。


 アランはわたしに言いました。ソウウルプスに帰郷しないかと。

 彼の誘いは魅力的だった。そして、わたしたちはソウウルプスで間違った夜を過ごしました。その後の罪悪感と幸福感は半分ずつで、けれど徐々に膨らむ腹に罪悪感の方が増していきました。でもうれしかった。

 何よりもわたしの背中を押したのは両親でした。両親は兄を溺愛できあいしていた。二十台にして稀代の発明家と言わしめた兄の才能を愛していたのです。そしてわたしの行為を褒めてくれた。何よりも、兄に私へ帰郷を促すように言ったのは両親だったようです。

 わたしたちはおかしな家族です。この子は産むべきだと誰もが思いました。何より、わたしも両親と同じように兄の優秀な遺伝子を愛していて、一つすら捨てるなんてもったいないことはできなかった。


 生まれた子供は、アランや両親がどうにかしてくれると言いました。娘が五つを迎えるまでは彼らを頼りました。

 わたしは何もできない自身を悔やみました。一国の王妃であるのに、罪の前ではそこはかとなく無力です。


 両親やアランの助言で、王室の権力を持ってソウウルプスの東に教会を建てることにしました。わたしはソウウルプスに昔から伝わってきた伝承に詳しかった。それに少し手を加えて、教会の信仰に役立てました。教会を建てたのは、娘の存在を無にしたくなかったからです。それからきっと、わたしには娘がいると、知らない誰かに気づいてほしかった。


 娘が五つになってからその後の二年は、ウーヌスでアランが一人で育ててくれました。おかげで、一度遠くから娘を見たとき、彼女は兄に似た古語アクセントのある喋りをしていました。けれどアランの優秀さは継いでいるようで安心しました。

 七歳を迎えた娘は、ペルケトゥムと言う発音の難しい研究所に養子に出すことに決まりました。ファミリーネームをウェストンと言う男性でした。アランの古い友人で、快くはなかったようですが、娘を受け入れてくれました。


 それからわたしは今の今まで病にせっています。もう長くないそうです。わたしはまだ二十七。死ぬのには少し早すぎます。けれど過ちを犯してから十年も生かしてくれたことを、神に感謝するべきかもしれません。

 アランは今どこにいるのでしょう。夫に気づかれることを恐れてか、彼はもうずっとウーヌスにいない。ソウウルプスにいるのでしょうか。あの教会を守ってくれているのならそれでいい。


 手記なんてたいそうな題をつけてしまった。今思えば少し恥ずかしいです。繰り返しますが、これはただの一王妃の遺書にすぎません。この一冊は、両親か故郷へ送る予定です。少なくとも、夫には知られてはいけません。死ぬまで、わたしは隠し通す義務があります。




 でも、わがままをもう一度言わせてほしい。この言葉をあの子に伝えたい。

 ごめんなさい、アルカディア。わたしの理想郷むすめ。一度もわたしを「母」と呼ばせてあげられなかった。


 貴方を産んだことを後悔していなくて、本当にごめんなさい。




 ではわたしはこの辺りで別れの言葉を綴らせていただきます。




 さようなら。























ここまで読んでいただきありがとうございました。


これにてcase.1完結となります! 次回からは幕間を挟んで、case.2が始まります。




──サミュエルの里帰りについて行ったアルカ一行が立ち寄ったのは、人形の森と呼ばれる人里離れた村だった。そこではひとりでに動く人形が神託を告げていて……


 村中に点在する人形の意味は?

 なぜ人形は動くのか?

 巫女が村に怯えるわけとは?


 そして魔方陣に刻まれた『踊る人形』の意味とは?


 村に蔓延る因習には三十年前の戦争が起因していた。アルカが神話の在り方を説き、一刀両断する!




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次回:幕間 ソニア・ウェストンの憂鬱な日々

明日22:00~投稿予定



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