終章

第26話 遺言

 長く黒いベールに覆われたアルカの表情は静かなものだった。


 大々的に行われたヴィクトリア女王の葬儀。ひつぎはアッシュブルック宮殿から、かつて彼女が育ったラングフォード城へと運ばれた。その途中の一般弔問ちょうもんでは多くの国民が葬列した。

 ペルケトゥム研究所はかつてから王室との関わりが深かった理由から、国から弔問のお達しがあった。

 オリビアは国旗でおおわれた棺を見つめ、指を組んだ。そっと目を伏せて、ささやかな黙祷もくとうをささげる。

 先日まで会話を交わしていた老女は今、この棺の中で眠っている。


「アルカさま。次は裏の霊園ですわ」


 動かないアルカに小さく声をかけると、アルカは少し驚いてオリビアを見上げた。


「……親族の葬式、なんて。シャーロットもあのタイミングでよくも言ってくれた」

「アルカさま?」

「考えたくなかったな」


 アルカはオリビアの隣をすり抜けて、外に出るための扉の方へすたすたと足を進めた。


 ヴィクトリア女王が育てたデイジーは可憐で、凛とした美しさがあった。

 葬儀に参列する人々は手にヴィクトリア女王の育てたデイジーの苗を手にしていた。そっと、まるで彼女自身に触れるように。

 柔らかいまだ埋めたばかりの土に、デイジーをそっと植え土を軽く抑える。全員が終えると、ヴィクトリア女王の上はデイジーの花畑のようになった。


 アルカは土で汚れた手で、強くドレスの裾を掴んでいた。






「よかった」


 アルカはその声に顔を上げた。


「どうぞ」


 シャーロットがアルカの目の前に立っていた。差し出された手にはシャンパングラスが握られている。炭酸がグラスの内側を滑って、空気へ向かってはじけていた。

 アルカはそれを受け取ると、ゆらりとグラスを回してみる。


「ノンアルコールですよ」


 シャーロットの手元にも同じものが握られていた。

 シャーロットの目の淵は少しだけ赤かった。涙こそ流していないだろうが、何度もこらえた名残なごりだ。


「大変だな。明日はきみの父親の戴冠式たいかんしきだ」

「もう本当に大変です。今日は黒で明日は青です」


 ゲネシス王国の国旗に使用されている色のドレスを着ることがしきたりとされている戴冠式は、いつも少し話題となる。誰が何色を着ていた、など。その色によってその人がどの色に込められた意味を重視しているかが語られる。


「青はきみに似合うだろうな」

おお伯母おば様が戴冠式に着た色は、その日のために取っておいていますから」

「白、か」


 アルカは六十年前の戴冠式にヴィクトリアが着たドレスの色を、自分が覚えているとは思わなかった。口にしてから少し驚く。


「実はわたし、大伯母様からアルカ様あて遺言ゆいごんを預かっているんです」


 シャーロットはどこからか白い封筒を取り出した。


「……読みますか?」


 アルカはじっとその封筒を見つめると、首を横に振った。


「ボクはその中身が何なのかわかっている」

「……そうですか」

「きみが持っていてくれ。信頼している」

「では大切に保管させていただきます」


 シャーロットは物悲しそうな表情で封筒を仕舞しまう。中には、開けば絶対施行しこうされる次期国王決定の令状が入っていた。これを受け取ればアルカは承諾しょうだくしたとみなされ、強制的に次期国王と任命されるはずだった。

 アルカはシャーロットのしょんぼりとした表情を見て肩をすくめた。


「ボクは研究者をやめるつもりはない。……シャーロット、ボクに勝てるなんて思うものじゃない。四百年の差はそうそう埋まらない」


 アルカは相変わらずの古めかしいでそう言うと、今までで一番優しく笑った。それは幾度と経験してきただろう、弔いの目だった。


 けは大伯母──ヴィクトリア女王の負けだった。








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次回case.1最終回です! もうしばらくお付き合いください!


次回:後日譚/イザベル王妃のわがまま

明日22:00~同時投稿予定




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