第25話 禁忌を犯すということ
「さあ、貴方はどうする?」
ヴィクトリア女王はオリビアに問いかけた。
「生まれてはいけない子だったら」
長い机の
「……もしそうなら、きっと王室はわたくしを
「そうね。馬鹿な七代目の国王はアルカの足を奪ったようですから」
ゲネシス王国から出て行ってしまわないように、遠出の足を切り落としたのだ。
オリビアは衝撃を受けて言葉を空振りする。
「そのおかげで義肢の研究が進んだと言えばそうだけど、それまでの間は今の私と同じように車椅子だったようね。自分がそうだとも知らされずに、アルカは不当に足を奪われた。本当はその子孫である私ともできるだけ関わりたくないかもしれないわね」
「そ、それは」
「貴方ならそんな過去があって、そのうえで今真実を明かされたらどうするのでしょう。怒るかしら、それとも逃げるかしら」
ヴィクトリア女王は話に似合わない柔らかい笑みを見せた。
オリビアははっとした。実は、この人は嘘が下手だ、と。
はじめは一貫した笑みを見せて腹の内が分からない人だった。でも今ならわかる。きっと弱い人なのだ。オリビアに問うて、安心感を得ようとしている。ずっと、アルカの反応を気にかけている。それは負い目のもあるのかもしれないが、オリビアは膝の上で拳を握り固めた。
「どこにも行きません」
オリビアははっきりと言いきった。
「生まれてこの方、何があろうとゲネシス王国に生まれ、ゲネシス王国に育ち、この国に生きてきた。もし自分の期待を大きく裏切るようなことがあっても、それが国を裏切る理由にはなりません」
この時代、随分古い考えかもしれない。でも、オリビアには少しの確信があった。
「何度、他国へ足を伸ばしても、必ずこの国に帰ってきた」
オリビアは自分が問われていることを忘れて答えていた。
言いたいことを吐き出し終えると、空間は
ヴィクトリア女王の笑みの消えた、ぼんやりとした表情に、オリビアははっとして背筋を正した。
「申し訳ありません、わたくし──」
「いえ、そうね。私も貴方の言うとおりだと思います。私は彼女と
ヴィクトリア女王は弱々しい微笑みを見せた。
「ねえ、エドワード・フィリップ・ガヴェンデッシュ」
「は、はい」
急に名を呼ばれ、エドワードは少し過剰に反応する。
「これを」
ヴィクトリア女王はヘンリーを振り返ると、一枚の封筒をエドワードに渡すように言った。エドワードはその封筒を受け取ると、
「だめね。八十年の迷いを一つの会話で消せるほど、私は強くありませんでした」
蝋印は古いゲネシス王国のもので、この中には昔々の何らかが入っているということだった。
「これは貴方がアルカに渡すかどうか、決めて頂戴」
「私が、ですか」
「ええ、貴方に託すわ。アルカの唯一のお弟子さんなのでしょう」
エドワードは身をより
「……わかりました」
エドワードの
「今日は招待に応じてくれてありがとうございました。最後にこんな話ができてよかった。私の葬式には是非来て頂戴ね」
最後にそう締めくくると、ヘンリーに車椅子を動かすように言う。
しばらくして近衛兵が扉を叩き、オリビアたちに退室を促した。
長い、一日だった。
アルカは帰りの馬車で、とても静かに街並みを眺めていた。
オリビアは、今の女王陛下が
この国の何が好きなのだろう。文化? 国民性? 政治? きっとどれでもあって、どれでもない。何かとはっきり言えるほどのものは『国』という概念にないのだろう。
無論、数字で解決できるような目に見える国の在り方ではない。数の申し子という枕詞を持つアルカが、どこかの国を愛しているかもしれないということはとても人間的だった。
研究所前に馬車は停車した。アルカは馬車から降りると、引き返してゆく車輪の付いた箱を眺める。
「アルカ様」
エドワードがそっとアルカに声をかけた。オリビアやベス、サミュエルは空気を読んでそそくさと研究所内に入る。エドワードからアルカに声をかけるのは、喧嘩をしてから初めてのこと。
オリビアはエドワードの決断が聞こえないうちに研究所のパネルドアを閉めた。
【新作長編始めました】
後宮の斑姫~次代巫女継承譚~
https://kakuyomu.jp/works/16818093081114362080
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次回:遺言
明日22:00~投稿予定
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