第24話 四百年とアフタヌーンティー

 近衛このえへいが軽く扉を叩くと、部屋の中からぼやけた声が響いた。近衛兵はアルカを室内に促す。


「久しぶりだ。大きくなったな、シャーロット」


 アルカは細く吹き込む風でなびくおくれを抑えながら言った。


「アルカ様? 前に出会ったのはもう十年以上も前です。わたしは物心つく前で、ほとんど初めましてですよ」

「ボクからすれば久々なことに変わりはない。その調子でヴィクトリアほど長生きしてくれ」

「うーん、考えておきます」


 シャーロットは冗談を交えながら、アルカに席をすすめた。丸いテーブルの真ん中には大金三段重ねのティースタンドが置かれている。


「紅茶は?」

「カモミールティーです。アルカ様、お好きだと聞いたので」

「ハーブティーはなんでも好きだ」


 アルカは白い器に注がれる黄みがかった液体が揺らめくのを見つめた。水面にアルカ自身の顔が映る。茶葉は一かけらも揺蕩たゆたうことなく、王室の几帳面きちょうめんさが如実にょじつに表れている。


 シャーロットが口をつけたのにならって、アルカもカップを持ち上げた。

 一口、口に含んで鼻から抜ける爽やかさを味わう。良い茶葉と紅茶をれる腕は、えぐみを最小限に抑えてくれる。


「コーヒーはだめだそうですね。お酒も好まないとおお伯母おば様から聞きました」

「ヴィクトリアは何でも知ってるな。そんな話、した覚えはないが。……どちらも苦くて口に合わない。アルコールも、酔う感覚が不快で酒飲みの気持ちがわからない」

「わたしはまだ十四でお酒を飲んだことはありませんが、父は美味しそうに飲みますよ」

「ああいうのはきだ」


 静かな空気感の中、シャーロットが一番の下の段に手を伸ばす。サンドイッチはハムときゅうりだけが挟まれたシンプルなもので、アルカも同じように一切れを手にした。

 シャーロットは黙ったまま一口目を飲み込んだ。


「アルカ様は……自身の親族の葬式に出たことがありますか?」


 アルカは首を横に振る。


「ボクは、七つの時に養子に出されている」

「……」

「ペルケトゥム研究所、初代所長の元に」


 シャーロットはアルカに話の主導権を与えるために、サンドイッチのもう一切れを口に入れた。


「たまに、父親が顔を出しに来ていたのを憶えている。でも当時のボクはその人をただの所長の知り合いとしか認識していなかったわけで、あの人が父親かもしれないと悟ったのはずっと後のことだ」


 齢七つになるまでは父親と──記憶はないがもしかしたら母親とも──暮らしていたというのに、アルカはすっかり忘れていた。それはアルカが彼らを両親と認識できるほどの何かがなかったからだ。


「長い間彼を父親だと気付かなかったのは、理由がある。……あの人は研究所にやってくるたびに健康診断をしてきた。今で言うような知能試験に近いものだったり、簡単な面接なようなものまで。ボクはきっとあの人を医師だと認識していたんだ」

「注射はその人に?」

「はじめは投薬だった。でも効いていないとわかってからは、注射だったな。知ってるか? 昔の注射はすごく太い。それに首に刺すんだ。失敗しなくても血は出るしあざになるほど痛いし、たまったものじゃない。……あの人はボクに何をしたかったんだろうな」


 アルカはその人を父親だとうまく認識できないでいた。今でも彼を赤の他人のように思ってしまう。

 アルカの手はカップのハンドルをつまんだまま動いていなかった。


「四代目の国王が研究所に来て、ボクに言ったそうだ」


 アーサー三世。二代目国王アーサー二世の孫にあたる人物だ。


「ボクの延命えんめい治療ちりょう費は国が出す、ってな」

「延命治療費?」

「それは今でも続いている。質のいい義肢ぎしも、十年前に片目が弱視になったときにがんを防ぐための治療をした時も、全額王室が進んで出してきた。もちろん、追い返したが」

「受け取らなかったんですか」

「受け取れない。ボクは他の市民と同じように、ただ生きているだけだ」


 アルカはきっぱり言い切ると、二段目のスコーンを手にした。スコーンを優しく割ると、皿の上のクロテッドクリームをでつけた。柔らかくもったりとした風味のクリームと焼き立てのスコーンの相性はとてもいい。スコーンの半分が消えると、アルカはティーカップを空けた。


 二杯目の紅茶はアールグレイティー。比較的スタンダードで、香りの強い有名な種類だ。スコーンともよく合う。


「国がボクに干渉かんしょうしてくる詳しい理由はわからない。でも、一つ言えることがある」


 シャーロットはソーサーにカップを置いた。じっくりと耳を傾けて続きを待つ。


「ヴィクトリアはボクにだけ嘘が下手だ」

「……」

「ボクは王室の血を引いている。違うか?」


 シャーロットは軽く前傾ぜんけい姿勢になった。


 アルカがその考察に行きついているかもしれないことは、ヴィクトリア女王も、シャーロットもわかっていた。同時にそれ以上調べようとはしないだろうし、調べてはいけないと言ったら手を引くだろうことも。

 アルカはこの国の誰よりも長寿だが、王室の人間に盾突たてつくようなことはしない。それはある種の敬意があるからだ。


 シャーロットは膝の上で拳を握りしめた。


「わたし!」


 アルカはシャーロットの勢いに眉を曲げる。


「わたしが今日、アルカ様を招待したのはほかでもありません。このためです」

「……何の話だ?」

「わたし、ゲネシス王室第一王女シャーロットと、現ゲネシス王国女王ヴィクトリアは、次期国王に本国ほんごく名誉めいよ研究員であるアルカを推薦すいせんいたします」


 シャーロットは少し上ずった声で、はっきりと告げた。

 アルカは曲げていた眉をよりひそめて、窓の外に視線をずらす。少しの間目線が外のモンシロチョウを追ってから、再びシャーロットに目を合わせた。


「断る」

「どうして!」

「どうしてって……理由、言わなきゃいけないのか?」


 シャーロットは思わず立ち上がったことを恥じながら、席に着きなおす。アルカは嫌なほどに冷静だった。


「だって、アルカ様には血筋を引いている正当な理由があって、それは誰もが得られる権利じゃありません」

「だから断るって言ってるんだ」

「意味が分かりません……」

「ずっと権利のない一般人として生きてきたんだ。気づけば周囲は王室に囲まれていて、他人から見ればそうは思えないかもしれない。でも、ボクは一般市民として生きてきた。そういった教育を受けていない人間が、王政のトップに立つのはいいこととは思えない」


 シャーロットは甘く考えていた。普通なら手に入れられない国王になる権利。シャーロットは手にしたいと思っていた分、衝撃は大きかった。


「それに、生涯しょうがいボクは研究員として生きていくことを決めている」

「……。そう、ですか」

「期待に沿えなくて悪いな」

「ならば、わたしの後見人こうけんにんには……」

「考えておくよ」


 シャーロットは少しだけ壁にはばまれた感覚があった。自分が初手でアルカをいなした言葉をそっくり返されて、さりげなく拒否を突き付けられた。


 どんどん、目の前の普通そうな少女が何か別の生き物のように見える。けれどそこに恐怖はなく、ただ魅力だけがあった。シャーロットは、ヴィクトリア女王がアルカに固執こしつする理由を思い知った。

 過ごした時間、過ごした時代が違えば、これほど同じ人間とは思えない何かをはらむようになるのか。それとも、彼女の本質がそうなのか。


「十四年が四百年に勝てると思われちゃあ、な」


 アルカは視線を皿の上に戻すと、もう片割れのスコーンを一口に頬張ほおばった。










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次回:禁忌を犯すということ

明日22:00~投稿予定

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