第23話 弔いの花

 分かれてから、四人は明るいコンサバトリーへと案内された。東棟の南端に位置し庭が一望いちぼうできるそこは穏やかで、吹き込む細やかな風が心地よい。


「待ったかしら」


 凛としたしんを持つ声に、ベスが真っ先に膝をついた。遅れて三人もひざまずく。


「だから、それはやめて頂戴ちょうだい。ほら、お話ししましょう。座って」


 ヴィクトリア女王はヘンリーに車椅子を押されて、机の対岸へ移動した。オリビアたちもなれない礼儀作法にのっとりながら豪華ごうかな椅子に腰掛ける。しばらくして用意されたティーセットで、ヴィクトリア女王は話の前に口を湿らせた。

 ヴィクトリア女王は一息ついて、窓の外を眺めた。


「お寒いですか? 窓を閉めましょうか」


 ヘンリーがすかさず尋ねるが、ヴィクトリア女王は小さく首を横に振った。一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそく億劫おっくうになっているのか、全体的に行動がゆったりとしていた。


「……この庭は私のお気に入りなのよ」


 手入れされた花壇、庭木、風に細かく揺れる芝生しばふ。最先端の美的感覚を持ってして飾られた、国で一番価値のある庭は誰が見てもため息が出るほど美しく、統率が取れているように見える。


「知っている? そこから見えるデイジーはね、代々国王が育てているの」


 白く可憐な花びらのデイジー。


「そして自分が育てたデイジーを墓の上に植えるのよ」

「pushing up daisies……」


 エドワードは思わず漏れた言葉に、はっとして口を押さえた。


「そうよ」


 ヴィクトリア女王は嫌な顔一つせずに、にっこりとほほ笑んだ。


「『pushing up daiseis死んで埋められる』ね。王室の伝統はどうもユーモアに富んだものも、しばしばあるの」


 湯気の立つ紅茶にヴィクトリア女王は再び口をつける。


「もうすぐ自分の花にとむらわれることになるのね」


 オリビアの隣に腰掛けているベスが肩を揺らした。オリビアも反応しないのは到底無理な話だった。思わず顔が下がる。


「貴方たちは死んだら何の花を植えてもらいたい?」


 考えたこともない問いに、四人は黙りこくった。ヴィクトリア女王は視線をエドワードへ向ける。


「そこのあなた。ええと、エドワード・・ガヴェンデッシュ」


 名指しされたエドワードはその呼び名に首を振った。


「私にそのミドルネームを名乗る資格はありません」

「あら、勘当されていたの?」


 答えないエドワードを前に、ヴィクトリア女王はヘンリーを振り返る。


「……いえ、先日の社交界でフィリップ伯爵はくしゃくと会話いたしましたが、特にそのようなことは。むしろエドワードのことを誇らしい息子と言っていました」

「そうよね。私もついこの間、その話を聞いたわ」


 オリビアは少しだけ横を向いてエドワードの表情をうかがった。エドワードは信じられない、とでも言いたいようで小さく口を開けたまま何も言えないでいた。


「知っているわよ。あなた、家を飛び出したのよね。示された道をたどるだけの生活は送りたくないって。ご両親は貴方に怒ったのかしら。少なくともお父様は社交界で貴方のことを立派な息子だと自慢して回っていますよ」


 ヴィクトリア女王は目じりを下げて笑う。


「ちゃんと、『フィリペンデュラ』の紋章を身に着けておきなさい。お墓にえてもらえるようにね」

「……はい」


 エドワードは下唇を噛みしめて頷いた。

 ヴィクトリア女王は次に、ベスと目を合わせた。ベスは珍しく緊張しているようで、常に背筋が伸びきっている。ヴィクトリア女王はベスの服装を見て口を開いた。


「今日は随分無難ぶなんな格好ね」

「……招待、してもらいましたので」


 オリビアは驚きからベスの方を見た。

 拙い敬語。普段違和感なく会話ができている上に、ゲネシス語の論文を滞りなく読めているので、心底予想外だった。アルカに敬語を使わないのは、使えなかったからなのだと今更知る。


「あなたはお墓に何を植えてもらいたい?」

「ええと……」

「あなたがいたところではどんな風に人を弔うのかしら」


 ベスはオリビアの様子をうかがっているようだった。横目でちらりと視線が重なる。


「あたしのいたところは……死人を土に埋めなかったので、よくわからないのですが」

「あら、興味あるわ」


 ベスは少しためらって言葉を探した。普段、こんな会話はしない分言葉に悩んでいるようだった。


「死体に植えるんです。花を」

「死体に? そのような考えもあるのね」

「ブーゲンビリアっていう紅色の花で、花が咲いたら死体は燃やして土に植え替えます」

「ブーゲンビリア。いいわね、私も好きですよ」


 花びらの大きい鮮やかなブーゲンビリア。オリビアは少し死の概念がくつがえされたように思った。

 たどたどしい敬語で少し恥ずかしかったのか、ベスは顔を下げた。


「変なこと、言っていませんか? あたし」

「言ってないわ。上手なゲネシス語よ」

「……もう十年もいるのに、情けないです」

「そんなことないわよ。十年でそれだけ話せて、科学協会にも研究員として認められているんだから」


 ヴィクトリア女王はにこやかに笑う。


「貴方のような研究者がゲネシスにいること、私は誇りに思います」

「あ……ありがとうございます」


 ベスは首を深々と下げた。このように素直に褒められることはないのか、耳を赤くしている。


「じゃあ次は貴方ね、サミュエル・エリオット。貴方はどんな花がいい?」

「カネルヴァです」


 聞きなれない花の名前にサミュエルは全員の視線を集める。


「初めて聞くわね」

「ヒースはご存じですか?」

「まっすぐ育つ小さなお花がかわいい植物ね」

「はい。故郷にはそのヒースの花畑が点在しています。その国の人は花畑から一株借りて、遺体の上を小さな花畑にするんです」


 ヴィクトリア女王は「素敵」と声をこぼした。


「故郷を愛しているのね」

「はい。もちろん、女王陛下のこの国も好きですよ」


 サミュエルの言葉にヴィクトリアは微笑んだ。


「ありがとう。いくつになってもその考えは捨てないでくださいね」


 サミュエルは相槌の代わりに頭を下げた。

 ヴィクトリア女王の話術はさすが国を五十年以上治めている人物のものだった。誰もが心を開けるように、そして相手のことを知るために話をする。でも内容はありきたりではいけない。印象を深めるための深い問い。


 オリビアは自然と背筋が伸びていた。


「最後は貴方ね」

「はい」


 オリビアは目の前のヴィクトリア女王に焦点を合わせる。


「あなたには特別な質問をしましょう」

「……」


──あなたのお墓には何を植えてもらいたい?

──ソウウルプスの市花であるカモミールです


 湿気の多い草地に咲くカモミールはセルバンテス邸の周囲にたくさん生えている。無論、ソウウルプスならどこでも見ることができる。市花であるため、花壇にも植えられていた。


 そんな尋ねられることのなかった答えが脳内で渦巻うずまく。


「もし、あなたが生まれてはいけないとされる子だったら、どうする?」


 オリビアは無意識のうちに息を止めていた。


「……わたくしが、生まれてはいけない子だったら」

「ええそうよ」

「生まれてはいけない……ってどういうことでしょう」

「私はあなたが分かっていると思って尋ねています」


 ヴィクトリア女王が目を細め、オリビアの後ろ、それよりもっと向こうの方を見た。オリビアは反射的に体をひねる。ヴィクトリア女王の視線の先には左右対称の建物の西側にあるもう一つのバルコニーを捉えていた。そこには二人分の影。


「アルカ様とシャーロット王女?」


 かなり距離があるがベスには見えているのか、驚きの声を上げる。


「シャーロット王女さまって……」

「ヴィクトリア女王陛下の弟君のおまご様に当たります」


 ヘンリーは淡々とした口調で述べた。齢十四の少女、王位継承権第二位のお姫様。無論むろん、継承権第一位はシャーロットの父親だ。


 アルカとシャーロットはもう一つのコンサバトリーで、丸いテーブルを囲んでお茶会をしているようだった。









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次回:四百年のアフタヌーンティー

明日22:00~投稿予定

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