四章 四百年とアフタヌーンティー
第22話 アッシュブルック宮殿へ
「苦しくない?」
「コルセットのことを言っているなら
アルカは
「これからバッスルもつけなきゃいけないし、ちょっと我慢してね~」
ベスは容赦なく、ドレスの着付けを進めた。ドレスに腕の金属が噛んでしまわないよう、すでにシルクの長い手袋が両手に
オリビアはベスにバッスルを手渡すと、次に
ソウウルプスから帰宅直後、サミュエルは手紙の追記に送り忘れていたことがあったと言い出した。
ヴィクトリア女王の
そんなあまりに当たり前の内容だったが、アルカはあからさまに嫌な顔をした。アルカは何重にも着込む正装が苦手なのだ。
「お、重い」
引きずるスタイルのドレスを上から被せられ、アルカはその場でよろけた。
「髪はわたくしがいたしますから、椅子にお座りください」
アルカはまるで着せ替え人形のように言われるがまま、椅子に腰を下ろす。オリビアは
「あたしも着替えてこなきゃ、あとはよろしくオリビア」
「はい」
「あたしちゃん、ちゃんとおめかしするからアルカ様、かわいいって言ってね」
「あ、ああ。わかった」
アルカはすでに疲れた表情で頷いた。
オリビアはアルカの二人になった室内で、黙々と手を動かしていた。髪の上部だけを取って編み込み、それを下の髪と一緒に金属の髪飾りでまとめた。髪が短いアルカだが、この程度のアレンジならできる。長さが足りずはみ出た髪はヘアオイルで軽く
「痛いところはございませんか?」
「ああ……ありがとう。ボクは少し疲れた。きみは自分の支度を整えてきたらいい」
「では、失礼しますわ」
オリビアは部屋を出て、ソウウルプスから持ってきた一番良質なドレスを手にした。とはいえ、アルカが着たような他人の手を借りなければならないものではなく、ある程度自分で用意が済ませるものだった。
オリビアはふと先日会ったヴィクトリア女王の姿を思い出す。
「ローバンは……女王さまとおそろいになってしまいますわね」
鏡に映った自身のまとめ髪を見て、オリビアは呟いた。さっさとドレスを着終えると、髪をハーフアップにと頭に手をかざした。
「……」
アルカの今日の服装からして、オリビアは目立って地味だった。贅沢はしない。十八の時に大学に進学することを喜んでから、オリビアはそもそもあまり興味のなかったおしゃれからより遠のいた。
オリビアは髪から手を放して、トランクの荷物を漁った。そこには少しだけくすんだ、けれど明らかに質のいい金属に真珠の髪飾りが入っていた。母の形見だ。
「確か、こうやって……」
母が滅多にない夜会でしていた
似ていた。生前の母親に。
両親が亡くなってすぐ、オリビアは悲しむ暇もなく工場の責任者となった。残された従業員のために詳しくない経営の勉強をして、そうしたら叔父がやってきて。はじめ喜んでいたけれど、形見の工場を荒らされた。本当に、悲しむ暇がなかったのだ。
どうも悲観的になってしまっているらしい。オリビアは上を向いて細く息を吐く。
「これからもっと大事な話をするんですわ。しっかりしないと」
自分を救ってくれたアルカのためにも、オリビアはきちんと話をしなければならない。
オリビアはいつもの手つきで、つけ慣れた革手袋をしっかりと嵌めた。
六頭立ての馬車は研究所の
ベルベットの赤いカーテンや柔らかい座席は高級にあふれていて、全員が極力触れないように馬車内で体を固まらせていた。アルカを除いて。アルカだけは呼び出しの理由を悟っているのか悟らずか、比較的いつも通りの様子だった。
北の正門に馬車を付けられ、言われるがままに降りた。御者は
ヴィクトリア女王の住まいでもあるアッシュブルック宮殿は、中央の建物を軸に建物が東西に分かれている。中央のホールで近衛兵が立ち止まると、もう一人が顔を出す。
「アルカ様はこちらです」
もう一人の近衛兵はアルカだけにそう告げる。
「どういうことだ?」
「お話の内容が違いますので、アルカ様には
アルカは眉根をひそめながらも、東棟へ背を向けた。
「アルカ様、何かあったら叫んでね。あたしちゃん、絶対
「ありがとう。でも……その心配はないだろう」
アルカは自身を案内してくれる近衛兵を横目で見上げる。近衛兵は慌てて顔を逸らすように正面を向いた。
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次回:弔いの花
明日22:00~投稿予定
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