第20話 収穫

 セルバンテス邸に戻ってきたアルカはいつになく上機嫌で、対してベスは少し疲れた表情を見せていた。

 天文台では求めていたものではなかったが、興味をあおるものが多くあったらしい。ベスの疲れた表情は背中の大きな麻袋にあった。中には大量の書き写しと、複製が詰まっていた。これらを昼頃からずっと背負っていたらしい。


「体力に自信のあるあたしちゃんでも、さすがにきつかったわ」


 夕食後、ベスはオリビアの部屋にやって来ると、部屋の椅子に深めに腰を下ろした。


「先にお風呂に入られますか?」

「……いや、先に話しちゃおう」


 ベスは気だるげに姿勢を正す。


「今日、何かわかったことは?」


 オリビアは頷いた。


「アラン・エイヴリーと王妃イザベルは兄妹けいまいかもしれません」

「……兄妹?」

「イザベル王妃の名字をご存じですか?」

「知らないけど」


 一般にイザベル王妃の知名度は低く、彼女について詳しい人間はそう多くない。名前を聞いたことはあるが、何代目の王妃であったかもあやふやな人間の方が多いはずだ。


「イザベル・エイヴリーですわ」

「そうなの?」

「エドワード様がおっしゃっていました。あの時代、イザベルと言う名前自体珍しかったけれど、イザベルが王妃になってしばらくの間、国民はその名を子供につけるのをためらったと」

「高貴な方の名前だから」

「ええ」

「どこでそれを知ったのよ」

「この屋敷の土地はもともとイザベル・エイヴリーのものだった、という契約書が出てきたんです。二人が兄妹だと考えれば、アーサー二世が王妃の不倫を疑うこともないはずです。ただの仲のいい兄妹に見えたというだけでしょうから」


 オリビアの考察にベスは首を傾げた。


「じゃあ、ヴィクトリア女王がどうしてもアルカさまに隠したいことって? なんでアーサー二世の日記をオリビアに渡したの? 日記に見落としがあったとか?」


 オリビアは失念していた。ベスの言う通り、それらの疑問はまだ解消されていない。


「わ……わかりませんわ」

「あたしにもわからない。でも、イザベル王妃がアラン・エイヴリーと血縁関係にあるんじゃないかっていうのは、なんとなく理解できる気がする。二人ともきぬみたいなブロンドって言われてるしね」

「……金髪なんですの?」

「知らなかった? 昔のゲネシス国民に金髪は割と珍しかったらしいし、アランの伝記にはそう書かれてあったのを覚えてる。イザベル王妃の名前を知ってたのも、彼女が初代国王と同じブロンドを持ってたからだし」


 オリビアはベスのピンク色に染められた髪を見た。髪には何かしら因縁があるのか知らないが、髪色一つでよく覚えている。


「明日は教会に行かない?」

「教会ですの? よろしいですけど、何か目当てが?」

「言ってたでしょ。教会にある彫像、伝承を広めた張本人のものがあるって」

「そうでしたわね。忘れていました」

「そ。急遽きゅうきょ帰る羽目になる前に見ておきたくって」

「では、明日は教会に向かいましょうか」


 一区切り話を終えると、ベスは脱力して背もたれに寄り掛かった。そして何気ない話の続きかのような雰囲気で口を開く。


「あの後……エドワードの様子はどうだった?」


 オリビアは少しだけ息をのんで、脳裏のうりに昼の出来事を浮かばせた。


「……おそらく会話不足による行き違いですわ」

「やっぱりね」


 昼間交わしたエドワードとの会話を切り取って話す。エドワードが自身の至らなさにやきもきしていること、アルカからの言葉、そして研究所を去ろうとしているかもしれないこと。

 ベスは最後の内容に驚いて、椅子から腰を浮かせた。


「エドワード、出ていくの?」

「そのつもりのようですわ。けれどアルカさまはそれを望んで厳しい言葉をかけたわけではないと思いますの」

「あたしもそう思う。『もっと自信持て』ってくらいの意味でしょうね」


 二人の間に沈黙が落ちる。


 これをどうアプローチして解決につなげるべきだろう。

 アルカにエドワードが勘違いしていることを話す? アルカのことだから、すでに分かっているだろう。ならば、エドワードにアルカの意図を伝えてみようか。これもアルカの意思をないがしろにする行為になってしまわないか。

 研究所を去るという決定は、明らかに心からのものではないことはわかっていた。研究所から立ち去ってしまえばもう後戻りはできなくなってしまう。

 せっかくこれから仲良くできると思っていたのに、オリビアは眉尻が下がる。


 黙りこくってそれぞれに考えを巡らせていた時、混濁こんだくし始めて煮詰まろうとしていた思考を覚まさせる存在が現れた。オリビアとベスは音のする方、上げ下げ窓へ目を向ける。こつこつ、と硬いもの同士がぶつかる音は何かが窓を叩く音だった。

 外は暗がりで、窓は室内の様子を反射している。オリビアは立ち上がると、窓を開けた。


 チチチ、と小さくさえずるそれは、オリビアの側を抜けて室内を羽ばたいた。そしてしばらくしてオリビアの手のひらに居座る。かわいらしい見た目のわりに、体はブリキでできているのでとても硬い。


「ネイサン。手紙、誰から?」


 ベスは小鳥の足に視線を向ける。足にくくりつけられた手紙に気づいたオリビアは、片手で器用に手紙を外した。


「この小鳥の名前、ネイサンと言いますの?」

「そう。それ作った人の名前でもあるけど。所長の旦那さんでね、オリビアと同じ機械工学を専攻してた」

「所長さまの旦那さまと言いますと……もうすでにこの世にはいらっしゃいませんのよね?」

「そうね。今研究所にいる人間でネイサンと面識があるのはあたしが最後。十年前、実験中に大火傷おおやけどを負ってしまって。そういえばその時なのよね、アルカさまの左目が弱視になったのも」


 オリビアはふとアルカの赤い瞳を思い出す。


「目が赤いのは生まれつきではありませんの?」

「そうよ。目が赤いのは事故で浴びた光の影響で虹彩こうさい褪色たいしょくしたから。赤い理由は血液の色が透けてるってだけ。普通にしてるから気づきにくいけど、左目はほとんど見えてないはず。だから左側から話しかけたら、たまに反応がにぶい時があるわ」

「では両目ともきれいな碧眼へきがんでしたのね」

「あたしが出会ったときはね」


 ベスは話に一区切りをつけて、手の中の手紙を開いた。


──次の週末祭、アッシュブルック宮殿に来られたし ゲネシス王室


「次の週末祭、って明後日じゃない」

「もう今月は中旬でしたのね。いろいろありすぎて忘れていましたわ」


 週末祭とはゲネシス王国で月に一度ある国民的な休日だ。通常、三週目の月曜日に割り当てられる。


「これ、一見丁寧な招待に見えるけど、本当は警察ヤードの差し金なんてことないでしょうね」

「でも王室からの手紙を無視なんてできませんわ」


 話す内容となれば、オリビアが今探っている内容についてだろうか。それならば、早く真相にたどり着く必要がある。ヴィクトリア女王がアルカに隠したいこと。老い先短いかもしれない彼女の手をわずらわせないために。


 ベスは暗い外にしずむ教会の方角へ顔を向けた。











ここまで読んでいただきありがとうございます。


こんな世界観が好き!

キャラが魅力的!

王室の隠された禁忌が知りたい!


と思ったら、☆とフォローをよろしくお願いします!


次回:神話なんてもの

明日22:00~投稿予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る