三章 神話なんてもの -MYTHOLOGY THINGY-
第18話 ソウウルプス、再び
「アルカ様、もう着くよ」
ベスが隣の席で眠っていたアルカの体を揺する。早朝の出発で、車内の多くが眠たげに下がる
アルカは座席との
今日はシンプルなネイビーのドレスだ。いつもよりスカートの丈が長く、普段より
オリビアは隣の窓際の席で
ソウウルプス行きの列車に乗るのはこの四人だ。サミュエルは大学の授業が通常通りにあるため、ソウウルプスに足を
数日前、オリビアはアルカをソウウルプス行きに誘った。もちろん、アーサー二世の日記については完全に伏せて、活気の戻ったソウウルプスを訪ねないか、と。今はちょうど、数年に一度不定期に行われる
このように、ベスはオリビアが思うより乗り気だった。これは姉心なのか、ただの好奇心なのかオリビアにはわからないが、猫の手よりもはるかに役立つだろうベスの手は借りたいところだった。
列車ははじけるような
明るい
ともかく、乗客のほとんどがその活気に目を奪われていた。
オリビアは少し
列車はオリビアの祖父が設計したソウウルプス駅へと減速しながら入ってゆく。ガラス張りの天井からは日の光が差して構内を明るく照らす。
「これぞ『
「アルカさまのおかげですわ」
列車を降りるアルカにオリビアは手を貸す。
「昔来た時と同じだ」
「よかったですわ」
「あの時も秋の祭りの最中だった」
オリビアはアルカの視線をたどり、駅の中央に
秋を感じさせる黄色い布に『
「アルカさまは幸運ですわ。『
「イベントじゃないのに不定期なんだ」
ベスがへえ、と布を見上げたままつぶやく。
「どういうことですの?」
「
ベスの違和感の理由を聞いたオリビアは確かに、と
「気にしたことありませんでしたわ」
「オリビアが知らないだけで、理由があるかもね」
ベスがそう言ったとき、後ろからベスの言葉を肯定する声が聞こえてきた。
「ああ、そこのお嬢さんの言うとおりだよ。ちゃんと理由がある」
オリビアは聞き覚えのある声に顔を
「町長さま、お久しぶりですわ」
「やあ、オリビアちゃん。おかえり」
初老の男性はオリビアに軽い挨拶をすると、訪問者の三人に深々と頭を下げた。
「ウーヌスからお越しいただきありがとうございます。オリビアがいつもお世話になっております。ぜひ、『秋恩祭』を楽しんでいってください」
「ああ、ありがとう。存分に楽しんでいくとするよ」
アルカは
「それで、『理由』とは?」
「双子が見えない秋に『秋恩祭』は行われます」
「双子?」
町長の言葉をアルカがオウム返しする。
「
オリビアは首を横に振った。
「いえ、何ですの? それは」
「オリビアちゃんも知らないのも無理はないか。確かに、農家が取り仕切っているお祭りだからね。ソウウルプスではそれなりに有名な言い伝えの一つだよ。今やこの祭りを伝承と
町長は東の空を指す。
「明け方、あっちの方角にひときわ強く光る星が現れる時期がある」
それから、と町長は西の方へ指を向けた。
「別の時期には夕方、あちら側に強く光る星が見える。これらを双子の神に見立てて『道標の双子神』と呼ぶんだ。
オリビアは
「ではなぜ『秋恩祭』は星が両方とも見えない時に祝うんですの?」
「見えない期間のことを『
オリビアは広場を見渡す。
屋台が
「そう、指人形は双子神を
両親に指人形を買ってもらった少女は満面に笑みを浮かべて、二つセットの指人形を右の人差し指に男の子、左の人差し指に女の子をはめてもらっていた。
「へえー、ねえオリビア。お留守番中のサミュエルにおみやげ買って帰ってあげよっか」
ベスは悪い顔をしてオリビアに提案した。指人形はもちろん子供向けのおもちゃだが、ベスはそれをわかっていて言っている。
「お友達におみやげなら、あっちの方がいいんじゃないかな」
町長が指さした屋台には絵本のようなものが売られている。
「あれこそあからさまな子供向けでは……?」
オリビアは首をかしげるが、町長は街の時計に目を向けるとはっとした表情を見せた。
「時間だ。すまないね、私は運営の方に戻るよ」
「ええ、お話ありがとうございましたわ」
オリビアは本を片手に振り返って町長を見送る。
「……えっと、この本は」
「中をご覧になってもいいですよ」
店番の女性の
「すごいな」
横から
それは細かい星の記録だった。いつ、何時に、どの場所に星が見えるのか。この八年ほどの記録がまとめられている。八年とは前の『秋恩祭』からの月日だ。
「きみたちの言う双子の神とは金星のことじゃないかと思うんだが、実際はどうなんだ?」
記録の本を売る店番の女性が眼鏡を押し上げた。
「そうです。『暁の兄星』は明けの
「きみは?」
細い銀色のフレームの眼鏡をかけた若い女性は、売り物の一つを手に取ると裏表紙を見せた。
「西の初等学校で教師をやっております。伝承の根強い地域では星を神と信じてやまない人はたくさんいます。私は未来を行く子供たちに夢だけを見せて育てようとは決して思いません」
女性は口の端をふっと緩める。
「小さな試みですが」
「いや、きみのような教師は嫌いじゃない」
感情の
「貴方はペルケトゥムの
「ああ、そうだ。良ければもう少しこの話について詳しく聞きたい」
「そうですね。一つ申し上げるなら、双子神の伝承は東の教会から伝わっているものだということです」
「そうなんですの?」
「ええ。初等学校近くに天文台があるのですが、そこの記録庫にあるもののほとんどは東の教会の指示でまとめられたものでした。そもそも伝承自体が、教会の人によって言い伝えられたものらしいのです」
アルカは口の中で「天文台」と
「どうやら教会には双子神の姿の元となった人物の像があるのだとか」
オリビアは視界の端で身を乗り出したエドワードの横顔を盗み見る。エドワードは眉根を寄せて目を見張っていた。
「あの像たちは
「エドワードさま?」
いままで
「オリビアさん、見たでしょう。あのとき思いませんでしたか? 冥府の女神の両脇に立つ二つは彼女の親にあたる神様じゃないかって」
オリビアは教会の方角を見て、曖昧に
「少しは。でも、そんなに驚くことですの?」
「『元となった人物』という言い回しをするということは、あの像自体が実在した人の
エドワードが何かを言いきってしまう前に、オリビアは慌ててエドワードの口に手を伸ばした。エドワードの話に置いて行かれている数人をそっちのけにして、オリビアはエドワードに強くささやいた。
「その話はあとでお願いしますわ。できればアルカさまのいないところで!」
急に口を開いたかと思えば、
幸いにもアルカは首をかしげているだけだった。
「記録、お買いになられますか? 都会の研究者様には見慣れたものでしょうか」
女性は空気を読んでくれたのか、アルカの意識をオリビアとエドワードから離すように、
「ここまで
「趣味ですが」
「買おう」
アルカは女性の手に数枚の小銭を乗せた。
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