三章 神話なんてもの -MYTHOLOGY THINGY-

第18話 ソウウルプス、再び

「アルカ様、もう着くよ」


 ベスが隣の席で眠っていたアルカの体を揺する。早朝の出発で、車内の多くが眠たげに下がるまぶたを持ち上げようとしていた。


 アルカは座席との摩擦まさつで崩れた髪を撫でつける。ベスはアルカの服に手を伸ばすと、そでえりの調子を整える。


 今日はシンプルなネイビーのドレスだ。いつもよりスカートの丈が長く、普段より幾分いくぶんか大人びて見える。タイツもソウウルプスの気候をかんがみて少しの厚手のもので、これで髪が長ければどこかの国のお姫様のように見えた。白いレースがふんだんにあしらわれたデザインはオリビアが今までに見た中で一番清廉せいれんさをきわたせていると思う。


 オリビアは隣の窓際の席で頬杖ほおづえをついているエドワードの横顔を盗み見た。退屈そうにトンネルの暗闇を眺めている。

 ソウウルプス行きの列車に乗るのはこの四人だ。サミュエルは大学の授業が通常通りにあるため、ソウウルプスに足をばすことは難しかった。ヴェロニカは研究とは別の仕事の用事でウーヌスを離れられないらしい。


 数日前、オリビアはアルカをソウウルプス行きに誘った。もちろん、アーサー二世の日記については完全に伏せて、活気の戻ったソウウルプスを訪ねないか、と。今はちょうど、数年に一度不定期に行われる収穫しゅうかく祭の時期だった。アルカは『しゅう恩祭おんさい』の開催かいさいに簡単に食いついた。エドワードは初めこそ首を横に振ったが、ベスが任せてと言った次の日にはエドワードからいい返事をもらうことができた。ベスが何をしたのかは、オリビアは聞かないことにした。


 このように、ベスはオリビアが思うより乗り気だった。これは姉心なのか、ただの好奇心なのかオリビアにはわからないが、猫の手よりもはるかに役立つだろうベスの手は借りたいところだった。


 列車ははじけるような汽笛きてきを鳴らしながらトンネルを抜ける。

 明るいにぎわいのある街が列車の窓から見えていた。アルカは外の様子を見ようと窓から軽く身を乗り出して、ボンネットのリボンを結んでいる最中のベスに怒られていた。


 ともかく、乗客のほとんどがその活気に目を奪われていた。

 オリビアは少しほこらしげな笑みを浮かべる。

 列車はオリビアの祖父が設計したソウウルプス駅へと減速しながら入ってゆく。ガラス張りの天井からは日の光が差して構内を明るく照らす。


「これぞ『太陽の街ソウウルプス』だな」

「アルカさまのおかげですわ」


 列車を降りるアルカにオリビアは手を貸す。


「昔来た時と同じだ」

「よかったですわ」

「あの時も秋の祭りの最中だった」


 オリビアはアルカの視線をたどり、駅の中央にかかげられた布に目を止めた。

 秋を感じさせる黄色い布に『Harvest Thanksgiving Festival』とはっきり文字が書かれている。


「アルカさまは幸運ですわ。『しゅうおんさい』は毎年行われるものではありませんし、不定期開催ですから」


「イベントじゃないのに不定期なんだ」


 ベスがへえ、と布を見上げたままつぶやく。


「どういうことですの?」

イベントEventって割と諸事情で急に無くなったりするでしょ? でもフェスティバルFestivalっていうと宗教的意味も含まれるはずだから不定期って珍しいよね、って話」


 ベスの違和感の理由を聞いたオリビアは確かに、とうなずいた。


「気にしたことありませんでしたわ」

「オリビアが知らないだけで、理由があるかもね」


 ベスがそう言ったとき、後ろからベスの言葉を肯定する声が聞こえてきた。


「ああ、そこのお嬢さんの言うとおりだよ。ちゃんと理由がある」


 オリビアは聞き覚えのある声に顔をほころばせる。


「町長さま、お久しぶりですわ」

「やあ、オリビアちゃん。おかえり」


 初老の男性はオリビアに軽い挨拶をすると、訪問者の三人に深々と頭を下げた。


「ウーヌスからお越しいただきありがとうございます。オリビアがいつもお世話になっております。ぜひ、『秋恩祭』を楽しんでいってください」

「ああ、ありがとう。存分に楽しんでいくとするよ」


 アルカは社交辞令しゃこうじれいとして握手を交わすが、次の瞬間には興味は先ほどの話題に戻っていた。


「それで、『理由』とは?」

「双子が見えない秋に『秋恩祭』は行われます」

「双子?」


 町長の言葉をアルカがオウム返しする。


道標みちしるべ双子神ふたごがみです。オリビアちゃんは知っているよね」


 オリビアは首を横に振った。


「いえ、何ですの? それは」

「オリビアちゃんも知らないのも無理はないか。確かに、農家が取り仕切っているお祭りだからね。ソウウルプスではそれなりに有名な言い伝えの一つだよ。今やこの祭りを伝承とからめて考える人はかなり少ないがね」


 町長は東の空を指す。


「明け方、あっちの方角にひときわ強く光る星が現れる時期がある」


 それから、と町長は西の方へ指を向けた。


「別の時期には夕方、あちら側に強く光る星が見える。これらを双子の神に見立てて『道標の双子神』と呼ぶんだ。あかつき兄星せぼし黄昏たそがれ妹星いもぼしは決まった場所に決まった時刻、空に現れるから人々の生活に欠かせなかった。だから道標みちしるべ


 オリビアはうなずきながらも町長に疑問をぶつける。


「ではなぜ『秋恩祭』は星が両方とも見えない時に祝うんですの?」

「見えない期間のことを『逅星こうせい』と言ってね、その時期双子は人の見えない場所で再会を喜び合っているんだよ。『秋恩祭』はそんな人々の生活の支えとなる双子への感謝と再会を祝福する祭というわけだ」


 オリビアは広場を見渡す。

 屋台が所狭ところせましと並んでいるが、その中でも他の祭では見ないものが特に多く売られていた。毛糸でまれた指人形だ。


「そう、指人形は双子神をしたものだよ」


 両親に指人形を買ってもらった少女は満面に笑みを浮かべて、二つセットの指人形を右の人差し指に男の子、左の人差し指に女の子をはめてもらっていた。


「へえー、ねえオリビア。お留守番中のサミュエルにおみやげ買って帰ってあげよっか」


 ベスは悪い顔をしてオリビアに提案した。指人形はもちろん子供向けのおもちゃだが、ベスはそれをわかっていて言っている。


「お友達におみやげなら、あっちの方がいいんじゃないかな」


 町長が指さした屋台には絵本のようなものが売られている。


「あれこそあからさまな子供向けでは……?」


 オリビアは首をかしげるが、町長は街の時計に目を向けるとはっとした表情を見せた。


「時間だ。すまないね、私は運営の方に戻るよ」

「ええ、お話ありがとうございましたわ」


 オリビアは本を片手に振り返って町長を見送る。


「……えっと、この本は」

「中をご覧になってもいいですよ」


 店番の女性のすすめから、オリビアはそっと本を開いた。


「すごいな」


 横からのぞき見たアルカが感嘆かんたんの息をらした。


 それは細かい星の記録だった。いつ、何時に、どの場所に星が見えるのか。この八年ほどの記録がまとめられている。八年とは前の『秋恩祭』からの月日だ。


「きみたちの言う双子の神とは金星のことじゃないかと思うんだが、実際はどうなんだ?」


 記録の本を売る店番の女性が眼鏡を押し上げた。


「そうです。『暁の兄星』は明けの明星みょうじょう、『黄昏の妹星』はよいの明星です」

「きみは?」


 細い銀色のフレームの眼鏡をかけた若い女性は、売り物の一つを手に取ると裏表紙を見せた。


「西の初等学校で教師をやっております。伝承の根強い地域では星を神と信じてやまない人はたくさんいます。私は未来を行く子供たちに夢だけを見せて育てようとは決して思いません」


 女性は口の端をふっと緩める。


「小さな試みですが」

「いや、きみのような教師は嫌いじゃない」


 感情の起伏きふくの少ない女性はアルカの言葉に小さく頭を下げた。


「貴方はペルケトゥムの方舟はこぶねですか?」

「ああ、そうだ。良ければもう少しこの話について詳しく聞きたい」

「そうですね。一つ申し上げるなら、双子神の伝承は東の教会から伝わっているものだということです」

「そうなんですの?」

「ええ。初等学校近くに天文台があるのですが、そこの記録庫にあるもののほとんどは東の教会の指示でまとめられたものでした。そもそも伝承自体が、教会の人によって言い伝えられたものらしいのです」


 アルカは口の中で「天文台」と反芻はんすうした。


「どうやら教会には双子神の姿の元となった人物の像があるのだとか」


 オリビアは視界の端で身を乗り出したエドワードの横顔を盗み見る。エドワードは眉根を寄せて目を見張っていた。


「あの像たちは冥府めいふの女神の両親ではないんですか?」

「エドワードさま?」


 いままで断固だんことして口を閉ざしていたエドワードが饒舌じょうぜつになる。


「オリビアさん、見たでしょう。あのとき思いませんでしたか? 冥府の女神の両脇に立つ二つは彼女の親にあたる神様じゃないかって」


 オリビアは教会の方角を見て、曖昧にうなずいた。


「少しは。でも、そんなに驚くことですの?」

「『元となった人物』という言い回しをするということは、あの像自体が実在した人の肖像しょうぞうだということですよ」


 エドワードが何かを言いきってしまう前に、オリビアは慌ててエドワードの口に手を伸ばした。エドワードの話に置いて行かれている数人をそっちのけにして、オリビアはエドワードに強くささやいた。


「その話はあとでお願いしますわ。できればアルカさまのいないところで!」


 急に口を開いたかと思えば、せきを切ったように考察を話し始めた。その中にアルカに聞かれてまずい内容があればよくない。

 幸いにもアルカは首をかしげているだけだった。


「記録、お買いになられますか? 都会の研究者様には見慣れたものでしょうか」


 女性は空気を読んでくれたのか、アルカの意識をオリビアとエドワードから離すように、購買こうばい意欲いよくはかってきた。アルカは誘導に嫌な顔をすることなく、肯定的に頷く。


「ここまで丁寧ていねいなものは久々に見た。しかもこれはきみ一人の仕事だろう」

「趣味ですが」

「買おう」


 アルカは女性の手に数枚の小銭を乗せた。









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