第17話 健康診断

 少し穏やかになったペルケトゥムの研究所の研究員作業室でオリビアは新しく購入した万年筆をにぎっていた。

 白紙をわきに、実家の屋敷から持ち出した書類の文字を目でなぞる。

 はっきりとした三回ノックが、オリビアの顔を上げさせた。同じく室内にいたサミュエルが椅子から立ち上がって扉を開く。


「なんですか?」


 扉の先に立っていたヴェロニカはベスの所在しょざいを尋ねた。


「今日はまだ見てませんけど」


 サミュエルが答える。


「机の裏に隠れていない?」

「何か緊急ですか?」


 オリビアはヴェロニカに何の用かと訊く。できることなら、あとで用件を伝えるためだ。


「アルカの健康診断をね。ベスは看護師かんごしの資格を持ってるから、手伝ってもらおうと思って」

「ベスさまって看護学校を卒業されているんですの?」

「いえ、違うわ。ベスは大学で二年、看護学の実習を受けているから」


 キノコについて調べていたから生物学を専攻していると思っていた。オリビアはよくわからないベスの経歴に首をかしげる。


「……ここにいる」


 ベスは部屋の奥からうめき声をあげながら立ち上がった。目の下には少しだけくまがメイクから透けていた。仮眠をとっていたのだ。気づかなかった。


「ベス、手伝える?」

「ちょっと待って、準備する」


 ベスは少し乱れた髪を整えなおすと、ヴェロニカについて部屋を出て行った。

 二人だけに戻った作業室内で、先に口を開いたのはサミュエルだった。


「なんか混乱してる? ベスは生物学者の資格も持ってるよ」

「え?」

「初めは医学部に入学したんだってさ。所長が医師資格持ってるから」


 つまり、今先ほどの健康診断と言ったのはヴェロニカが直々にするということだ。初めて知った。


「でも途中で生物学がやりたくなって、そっちに転部。で、ちゃんと修了しゅうりょうしたんだ。それからやっぱり看護師資格は持っておきたいって思って、大学院に行かずに看護学部の実習だけ二年間受けて資格を取ったらしいよ」

「よくご存じですわね」

「来たばっかりの時にエドワードから聞いたんだよ」


 オリビアはベスの幅広さに感心した。ふざけた変人に見えるが、ちゃんと修了して資格も取得しているあたりやはり真面目だ。


「それにここの所長になる人はほぼ必ず医師資格取るみたいだね」

「どうしてですの?」

「そりゃ、アルカ様の身体を頻繁ひんぱんに診なきゃいけないからだろ」


 医師になるのには多額の費用が必要になる。大学に六年通う必要があるし、実習にも二年かかるのだ。


「ついこの前所長が言ってたのには、国が一部の費用を負担してくれてるらしいよ」

「国が? 確かにヴェロニカさまの従弟いとこさまはヘンリー・グレイ様ですものね。つながりはありますでしょうけど」

「所長の娘がパブリックスクールに通えているのもそのおかげかもね。研究員って金回りいいわけじゃないし」


 オリビアは首を傾げた。

 サミュエルの言葉を聞く限りでは、ウェストン一族はアルカのために尽くさなければならないと、国から言われているように見える。実際そうなのかはわからないが、アルカがペルケトゥム研究所にずっと在籍ざいせきし続けているのもそれが所以ゆえんだろうか。


「俺も詳しくはないけど、いろいろあるんだってさ」

「そうですのね」


 ペルケトゥム研究所については古くからある有名な研究所として認識していたが、この時代までこの規模で保ち続けられることに少しだけ疑問を持つ。

 サミュエルはどこかを見つめて動かないオリビアに「あまり考えすぎることでもないよ」と軽く声をかけると、再び自分の作業に戻った。












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次回:ソウウルプス、再び

明日22:00~投稿予定

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