第14話 クイーン・ヴィクトリア

 作戦決行日、と言うのは気が引ける。

 しかしながらその計画は何度整理したところで、作戦と言わざるを得ない内容となっていた。

 昨晩はわりによく眠れたが、オリビアは四頭立ての馬車にられながら胃を抑えた。


「ちょっと、酔ったなんて言わないでよ」


 目の前に座るベスは、今日はフリル多めのまさにドレスコードで、しかしまた派手な色の組み合わせだった。ぜひ見つけてくださいと言わんばかりの主張の激しさだ。

 ベスはオリビアに向かって指を突き付ける。


「だって……王室図書館って、やっぱり立ち入り禁止区域じゃありませんの」

「当たり前でしょ? 女王陛下の居住区域の一部なんだから」

「わたくしたち、今日が命日ですわ」


 王室図書館はゲネシス王国国王であるヴィクトリア女王陛下の住まい、アッシュブルック宮殿のすぐ隣に建てられた建造物だ。王立図書館とは似ても似つかず、そこにはゲネシス王国の歴史や成り立ち、はたまた王室で時を過ごした人々の日記などが保管されている。

 と、オリビアが聞いたのが今朝。


 馬車の中は少し狭い。四頭立ての馬車には基本四人が定員だ──だからと言って四人いっぱいに乗ることも少ない──が今回は五人が箱の中に押し込められていた。

 アルカはベスとサミュエルに挟まれる形で腰を下ろしている。オリビアの隣はエドワードで、彼は相変わらずの辛気しんきくさい顔で流れゆく外の景色を眺めていた。


 歴史ある宮殿が立ち並ぶロクサニムス地区に入ってすぐ、馬車は減速する。オリビアが窓の外を見ると、オッキデンス・ラティオ地区と違った街並みが目に映った。この辺りは少しきりが薄い。この地区には工場がないからだろう。流れてきたスモッグだけが街を薄暗くしている。


「作戦通り、陽動ようどうはベスに任せる」


 到着したのは宮殿のすぐそば。きれいに手入れされた庭は一般人に公開されているために、オリビアたちは全く怪しく見えない。

 任せられたベスはスカートのフリルを揺らしながら両手を合わせる。


「あたしちゃん頑張るから、アルカ様、後で褒めてね」

「ボクがきみを褒めなかったことなんてないだろう」

「やったぁ」


 二人のやり取りを見ているうちに、オリビアは今更気づいてしまった、と思った。

 ベスは派手な格好をしているが、両手がふさがっているようなことはない。ヘッドドレスも大きく主張が強いが、それは注意を向けさせるための服装だったのだ。


「ベスが近衛兵このえへいを引き付けている間にボクたちは忍び込もう」

「あの……」


 オリビアはアルカの話の腰を折るようだが、手を上げた。


「どうした?」

「普通に入れてくださいって言ってもダメなんでしょうか。わたくしたち一応研究員ですし、研究をたてに……許してくれませんの?」


 アルカはオリビアの指摘に、ゆっくりと首をかしげながら横目で近衛このえ兵のいる方角を見た。


「無理だな」

「そうですのね……」

「あいつら頭が固いんだ。とはいえ、彼らは任務を果たしているだけだが」


 アルカは話の筋を戻して、宮殿と図書館の方へ指を向ける。


「作戦通り、ボクはあの隙間すきまから侵入する。換気のために、あそこの窓は定期的に開いているからな。それからきみたちが入れるようにボクが別の窓の鍵を開ける」


 アルカの最終確認に全員で顔を見合わせる。


「幸運を祈ろう」


 かくして研究員五人は王室図書館潜入作戦、もとい不法侵入を決行することとなった。






 ベスは一般の道を通って王室図書館の重厚な扉の前に立った。近衛兵はいたって普通に見える──比較的派手ではあるがウーヌス市内ではたびたび見かける範囲だ──彼女に近づくと、一礼をしてベスの前に立ちはだかった。


「お仕事お疲れ様でーす」


 ベスは締まりのない笑みを浮かべて近衛兵にならって敬礼する。無邪気に笑って見せるベスに近衛兵はやれやれといった風に眉を曲げた。困った人がやってきた、そんな声が聞こえてくる。


「お嬢さん。ここから先は立ち入り禁止です」


 近衛兵はよっぽどのことがない限り、勤務中に口を開くことは許されない。ベスは生温なまぬるい近衛兵に当たってよかったと心中でほくそ笑む。


「ねえ、ここってなに? あたしちゃん、観光客だからよくわかんないんだよねぇ」

「……どちらからのお越しですか?」

「聞いちゃうの? なまりで察してよ~」


 けたけたと笑って近衛兵の質問を受け流す。ベスは同時に、こいつは使えない人間だとも思った。自分であればとっくに首を切っている。


「ここは王室図書館です」

「へえー。ねえ、あっちは?」


 好奇心旺盛おうせいな女性を演じながら、少しずつ侵入経路が見えない位置に誘導する。


「あれは別の建物?」

「あれ……? どれでしょうか──」


 背の高い植木に囲まれた敷地の奥を指さしたその瞬間、ベスは一瞬だけ自分から視線をそらした近衛兵の脇腹をひじで突き、無防備になった利き手であろう右腕をひねり上げた。銃を背負う向きから利き手くらいはすぐにわかる。素早く近衛兵の腕をねじじり膝をつかせると、胸元の笛をうばい取る。


「大人しくして、女王陛下に伝えなさい。アルカ様のために騒ぎにするなって。まあ、王室からしても一般人にこんなことを許してしまったことは、大事にしたくないだろうけど」


 抵抗しようとする近衛兵の肩にベスはかたいヒールのかかとを落とす。これでしばらくはしびれて力が入らない。


「あたしのことは捕まえていい。ヴィクトリア女王陛下がおっしゃるなら死刑にでもしたらいいわ。できるならね」


 ベスは近衛兵のつかんでいた腕を離すと、両手首を差し出した。


「さあ、どうぞ。あたしを女王様のもとに連れて行って」






「……どういうことですの?」

「本人に聞いてみなよ」

「確かに不思議な訛りだとは思っていましたわ。でも、ほとんど気にならないレベルでしたし、ただの方言の一種だと思ってましたのよ。ベスさまはゲネシスではないどこかの別の国出身ですの?」

「だから本人に──あ、鍵が開いたみたいだ」


 ベスの素晴らしい手さばきにオリビアは気を取られていた。サミュエルもまた平然としているように見せているが、冷や汗が浮かんでいる。オリビアの疑問にそっけないのも気が散るからだ。そしてエドワードは無表情。

 アルカが、三人が待っていた目の前の窓を開けると手招きをする。


「早く!」


 三人は作戦通りの順番で侵入を終えた。

 王室図書館はずいぶん大きな建物に見えたため、何階建てかと危惧きぐしていたが、実際は一階建てで天井が高い建物だった。その上本棚は低く書物の数もそう多くはなさそうだ。

 部屋はおよそ四部屋に分かれているらしく、四人がはじめに侵入した部屋は偶然にもゲネシス王国建国からおおよそ百年の歴史、つまりS.D.R.八四五年から九四八年の七代目国王の死去までの歴史がまとめられている部屋だった。


 四人は事前の打ち合わせ通り、ある内容を探すために奮闘ふんとうする。それは東ソウウルプス教会を建設した八五二年に、王室にいた人間の情報。誰があの教会を建てようと画策かくさくしたのかを探し出すのだ。


 二代目国王のアーサー二世を筆頭に王妃イザベル、彼女の親族まで調べつくす必要がある。

 まず、アーサー二世は二代目国王にして養子という特殊な人間だ。そして王妃イザベルは初代国王アーサー一世の従弟いとこの娘に当たる。戦争で子を望めなかった初代国王は、少なくとも自身に近い血──イザベルと、高い頭脳を持つ男──当初部下であったアーサー二世に国を継がせることにした。初代国王の苦肉くにくさくだった。


「イザベル王妃の出身地……ソウウルプス?」


 アルカは書物の一部分に手を止めて目を細める。


「え?」

「イザベル王妃がというより、彼女の家族はそもそもソウウルプスで暮らしていたようだ」


 オリビアはアルカに駆け寄る。


「ああ、だめだな。人物別に情報がまとめられている。これでは情報を見落としやすいだろうな。王妃も候補の一人だが、彼女の両親から親戚にわたって詳しく調べる必要がありそうだ。当時の年齢に換算するとイザベル王妃は教会建設建設契約けいやく年時点でよわい十八。計画者が両親である可能性は大いにある」


 そこに書かれた文字がオリビアはまるっきり読めなかった。人の文字であるということと、古語という組み合わせは読みにくいことこの上ない。オリビアはアルカにイザベル王妃の親族の名前を挙げてもらいながら、参考になりそうな書物を探すしかなかった。


「ええと、イザベル──」


──かちゃり


 それは小さな音だった。

 四人が音のした扉の方にくぎ付けになる。蝶番ちょうつがいのきしむ音と、ノブの回転から目が離せない。


 見つかった。


 オリビアは体温が下がっていくのを感じた。

 手の中の本を閉じようとも思えず、また、逃げようとも思えない。それは全員同じなのか、オリビアと同じように立ち尽くしていた。


 扉開けたのは木製の車椅子に乗った白髪の老齢ろうれいの女性と、ソウウルプスで出会ったヘンリー・グレイだった。

 おそらくこの女性はゲネシス国女王陛下。またの名をクイーン・ヴィクトリア。


 奇妙だったのは女性も、グレイきょうも取り乱すことなく落ち着いていたことだ。侵入者だと騒ぎ立てることもなくそこに立っている。オリビアには二人は確認に来たのかもしれないとさえ思った。


女王陛下Your Majesty、いらっしゃいました」

「いらっしゃったわねぇ」


 せた老婦人は緊迫きんぱくした空気を感じさせるような素振りもなく、くすくすと笑う。

 ヘンリーはヴィクトリア女王の乗る車椅子を少しだけ押し進めると、室内に足を踏み入れ扉を閉めた。


「お久しぶりね」


 ヴィクトリア女王はアルカに視線を向けてそう言った。アルカは黙ったまま、瞬きで返答をする。


「貴方のところのお転婆てんばな研究員さん、あの子気に入ったわ。どこかの傭兵ようへい出身かしら」

「まさか。……いえ、お気にしたようで何よりです」


 アルカは何かを心に決めたようにその場に膝をついた。オリビアも、サミュエルもエドワードも、思い出したように膝をつく。そう、彼女は女王陛下。

 オリビアは頭を下げたまま高鳴たかなる心臓の音を聞いていた。アルカが敬語を使う相手だ。


「敬語はやめて頂戴ちょうだい、アルカ。小さいころそういう約束をしたのは忘れてしまった?」


 ヴィクトリア女王の言葉に、アルカは静かに立ち上がった。三人もまた、ヴィクトリア女王に立つことを許される。


「何を調べたいのかしら」


 ヴィクトリア女王はアルカに向かって問うた。アルカは落ち着いた様子で、ソウウルプスについて、と答える。

 すると女王はにっこりと笑った。しわの多い顔に、より皺を刻んで微笑む。けれど彼女の口から出たのは拒絶に近い言葉だった。


「残念だけど、アルカに知る権利はないわ」

「きみは昔からそうだな」

「私は女王ですから」

「……きみは決まってボクにだけを調べられないようにする」

「そうね」


 女王は否定しない。

 オリビアは心の中で眉をひそめた。アルカに言えない秘密が王室にある?


「アルカ。今日はお茶会の用意もできていないの」


 ヴィクトリア女王は眉を下げて告げた。つまり、もうお帰りなさい、と言っている。アルカはその意図をきちんとみ取ったようで、女王陛下に再び膝をついて礼をすると背を向けた。


 オリビアを含む三人も同じように深々と頭を下げ去ろうとすると、オリビアだけはヘンリーによって引き留められた。そのことに誰も気づかず図書館を後にしようとする。

 オリビアが前を行く三人を呼び止めようとすると、ヘンリーが静かにするようオリビアに求めた。


「オリビア・セルバンテス。これを」


 ヴィクトリア女王がオリビアに差し出したのは一冊の本。

 表紙には『Arthur II's Diarium』と書かれている。言葉の意味は『アーサー二世の日記』。


「ソウウルプスからいらしたお嬢さん、貴方に貸し出しましょう」


 ヴィクトリア女王がかすれた声でオリビアにささやく。ヴィクトリア女王はオリビアがソウウルプスからやってきたことを知っているようだ。王室の情報伝達能力は恐ろしいものがある。


「どうしてこれを」


 今彼女がこれを手にしているということは、ヴィクトリア女王は端からこの一冊を本棚から抜き取っていたということだ。つまり、この一冊には一番アルカに知られたくないことが書かれていると考えてもいいだろう。


「貴方は知りたいことを調べなさい。ただ一つ約束して、アルカには絶対内緒にして頂戴ちょうだい


 オリビアは呆気にとられる。


「信用に足ると思うなら、あの同僚たちにも協力してもらいなさい。でも、アルカにだけはまだ秘密でいて」

「それは……どうしてなのか、聞いてもよろしいですの?」


 ヴィクトリア女王は先ほどより悲しそうな表情をしてこうべをうなだれた。


「ごめんなさいね」


 ヘンリーは一歩踏み出すと、出口に向かって手を差し出す。オリビアが知れることはもうない。

 オリビアは後ろ髪をひかれる気持ちで、出口に向かう道の前を行く三人に駆け寄った。










ここまで読んでいただきありがとうございます。


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次回:アーサー二世の日記

明日22:00~投稿予定

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