第11話 突飛な提案
サミュエルが部屋の扉を閉めると、アルカは再び口を開いた。
「エドワードは今、外に出ている。この部屋にはボクときみの二人だけだ」
「そうでしたのね」
エドワードを見かけていない理由に納得しながらオリビアはソファに腰を下ろすと、アルカは話を続ける。
「……手紙にも書いたが、ここに帰って来てからあの金属と胞子の関係性について調べていた」
「はい」
「送ってもらったサンプルを解析したが、『
「盆地が特殊な環境を作り出した、ということですの?」
「さあ。外から要因を持ち込んだ可能性もある。まあ、そこはまだ分かっていないから
アルカは側に置かれたワイングラスを取り上げた。中にはオリビアがサンプルとして送った金属の小さな欠片が入っている。
アルカがグラスを揺らすと、金属が硬い音を立てて内側を転がった。
「グラスに笛の音やオペラ歌手の高音を聞かせると割れることがある」
「ええ。見たことがあります」
「あれは
オリビアは首を縦に振る。
四年前、大学一年の音響学の授業でオリビアは教授の手によるその実験を目にしていた。教授が得意の歯笛で目の前のグラスを粉微塵にしてみせたのだ。原理はわかっていれど、実際にその現象を目にするのは学生たちの心を煽った。もちろんオリビアも例外ではなかった。
「
アルカはグラスをデスクにおいて手を組んだ。
「そうだ。……あの鐘を鳴らしたとき、低い音と同時に強い振動が起きた。人の耳に聞こえない低周波は振動として人間に伝わる。実験によればおよそ十五
「十五Hz出す手段さえ用意出来れば、あの鐘でなくてもいいということですの?」
「そうだな。けれど、まあ……人間というのは理解できないことを神の力として解釈する方が楽なこともある。神という言葉の効果は絶大だからな、しばらくは定期的に鐘を鳴らしておけばいいんじゃないか」
ややこしい理屈を並べるより、神という人知を超えた架空の存在を利用した方がやりやすいだろう、というアルカの意見に異論はない。ただ騙しているような感覚が否めないのは、何故だろう。
「人間には知る権利がある。神という都合のいい言葉を信じたくないという人には理屈を教えてやればいい」
オリビアの煮え切らない表情を察してか、アルカはそう付け加えた。オリビアが顔を上げ直すと、アルカは片側の口角を上げて笑っている。話せば話すほどつかみどころのない人だ。
さあ、とアルカは仕切り直すように座り直して、オリビアの持って来たトランクを指さした。
「それは?」
アルカはデスクに軽く身を乗り出す。
「用件はそれだろう」
「これは……」
オリビアはトランクを開けると、一番上に重ねられていた書類を手にした。
「教会の管理書ですわ」
「あの教会はセルバンテスの土地だったのか。」
アルカはオリビアから手渡された書類を受け取る。紙は随分古くに書かれたものらしく黄ばんでいた。
オリビアは頷きながら続けた。
「あの一帯がセルバンテスの持ち物になった時に、それ以前からあった建物の権利書や当時の管理書類はうちで保管することになっていたらしいのです」
「なるほどな」
「四枚目に教会建設時の情報がありますわ」
オリビアが、アルカが手にしている紙を三枚分
「わたくし古語は苦手なのですが、古くからある地名は
「確かに、あの教会を作ったのはゲネシス王室になっているな。しかも依頼年はS.D.R.八五二年か」
東ソウウルプス教会、建設完了時点での名前はそう
オリビアは書類をぺらぺらとめくるアルカの顔を盗み見た。大学再入学の許可を得てくれたのには感謝しかない。この情報を気に入ってくれるといいのだが。
「興味深いな。王室図書館に行くか」
アルカは書類をページ番号中に並べなおしながらそう言った。
オリビアはほっと胸をなでおろすが、すぐに首を傾げる。
「王室図書館、ですか?」
このペルケトゥム研究所があるオッキデンス・ラティオ地区の有名施設、王立図書館ではなく。
アルカはまとめた紙の端をそろえながら
「そうだ。本人たちに聞いた方が早いだろう」
オリビアはアルカの発言に目を丸くした。
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