第6話 真相

 時計のベルが鼓膜こまくを震わせる。エドワードはアルカを起こさないうちに時計へ手を伸ばした。外は依然いぜんとして暗く、日の光で目覚めることが出来ないとはこれほどの苦痛なのだと思い知らされた。これでは街の活気もどんどん落ち込んでいくに決まっている。


 慣れない屋敷でようやくリビングを見つけたエドワードは、重厚そうな戸を叩くことなく見上げた。このような作りは実家を思い出す。


 エドワードには芸術の才能があったらしい。

 少なくとも両親、親戚、そして彼らの仲間たちからエドワードは称賛しょうさんを受けて育った。

 けれどエドワードは絵も、楽器も、劇も好きになれなかった。けれどり込みとは恐ろしいもので、絵画をみてこれはいつの時代のどういう思想を受け継いでいるだとか、すぐにでも分かってしまう。


 アルカの存在を知ったのはエドワードが十四の時だ。少女の見た目をした天才研究者の存在はかつてから聞いていたが、あるとき両親の知り合いがエドワードへ熱心に話してくれた。はじめは全く興味がなかったが『蓄音機ちくおんき』という聞きなれない単語がエドワードの心を動かせた。

 板に針を当てるだけで音が流れてくる機械。その人はエドワードに、絵に描いて見せた。まるで花のように広がるホーンや黒の円盤に芸術性を感じながらも、その技術力はエドワードの幼心おさなごごろを引き込んだ。


 そしてその人は素晴らしい話術を持っていたのだろうと思う。アルカをまるで英雄のように語ってみせた。蓄音機を完成させるまでに起きた事故で研究仲間を失い、本人も片目が弱視じゃくしとなったにもかかわらず、アルカはその後二年も諦めずに研究を続けた。蓄音機が事故を起きたきっかけとなる実験と全く違う方法で発明されたのは、亡くなった人間に対して悲しい話でもあるが、そのドラマもまたエドワードをきつけた。


 芸術家としての道が決まりそうだった十六の冬、反抗期ながらにアルカに幻想を抱いて家を飛び出した日を思い出す。あれからもう五年、エドワードは歴史学の研究員としてアルカの隣に居させてもらっている。


「エドワードさま」


 独白に浸っていたエドワードは、後ろから掛けられた声に振り返った。

 昨日と違うデザインのドレスを身にまとったオリビアが首を傾げて立っている。相変わらずモノトーン仕立てだが、昨日よりもボタンなどの装飾が少し豪華になっている。


 彼女の手には、ティーセットのそろった銀のハンドルトレイが握られていた。


「すみません、開けてくださいませんか?」

「え?」


 オリビアの視線の先は、エドワードが背にしているリビングへつながる扉だった。

 オリビアは両手がふさがっていたのだ。エドワードは言われるまま戸を押し開く。


「ありがとうございます。……実はうっかり、扉を閉めたまま用意をしに行ってしまって」


 トレイの上には三人分のティーカップ。一つだけ黒いラインが入っているのはオリビアが日常的に使用しているものだろう。


 オリビアはティーポットを軽く揺すってから、ティーストレーナーを通してカップに液体を注いでいく。高い紅茶葉を使っているのだろう、紅い鮮やかな液体が白の中で揺れた。


「どうぞ」

「いただきます」


 エドワードは差し出されたカップに口をつける。ローズの甘い香りと特徴的な苦みのある紅茶は甘すぎなくてちょうどいい。出がらしのような不快なしぶみはないのが素晴らしい。


「アルカさまは」

「あの方はまだおやすみです。久々に動いて疲れたのでしょう」

「そうですのね」


 オリビアが聞きたいのはアルカのことではないだろう、というのは分かっていた。目が泳いでいて、意識をらそうとティーカップのハンドルに触れたりでたりを繰り返している。


「『冥府の女神と命の光』」

「……そうですわ」


 エドワードが話を切り出すと、オリビアは肩を揺らして顔を上げた。図星だった。


「伝承に解決方法はありませんでした。人々は大人しく太刀打ちできない長い冬から逃れることしかできないのかしら、そう思うと工場なんかどうでもいい気がしてきますの」


 オリビアは暗い外と室内を分断する窓ガラスに映る、自分自身と目を合わせた。


「そして、そう思ってしまう自分が許せませんのね」

「……怖いですか?」

「自然に人類は打ち勝てませんもの。昨晩書棚を整理しているうちに、東の教会の地図を見つけましたが……気休め程度にしかなり得ませんわね」


 オリビアはカップに口をつけると、喉を動かした。どうにか自分で感情の落としどころを見つけようとしている。

 そんな暗い空気を少しでも断ち切るかのように、玄関の方からノッカーを叩く音が聞こえてきた。


「郵便でーす」


 オリビアはカップをソーサーに戻して、驚いた表情で椅子から尻を浮かせるが、それよりも先に廊下を駆ける足音が響く。そしてリビングの空気にそぐわない底抜けに明るい声が二人の名前を呼んだ。


「研究所から返答が来たぞ!」


 リビングの扉を叩く音にエドワードは思わず立ち上がり扉を開いた。アルカが唇に手紙をくわえて立っている。


「すみません、腕の螺子ねじを緩めたままでした」

「それはあとだ!」


 アルカは興奮した様子でソファに腰掛けると、手紙を取るようにオリビアへ顔を突き出した。オリビアは躊躇ためらいつつも受け取りながら便箋びんせんろうがす。


「ほら、読むぞ」


 エドワードは忙しないアルカの身体を引っ張り、緩めたままの義手のつまみを螺子締ねじしめで締めていく。アルカは左手の作業が終えていないのも構わずに、トレイ上の誰も口をつけていないティーカップを取って、そのままポットから紅茶を注ぎだした。ティーストレーナーを通していないので、茶葉が底にたまっている。アルカは茶葉に気にも留めず唇を湿らせると、そこに広げた手紙を一行目に指をわせた。


「敬愛なる──ああ、定型文はらないな。ええと、


『キノコ──ソルマラキアと名付けた──の発光原因はホタルなどに見られるルシフェリン・ルシフェラーゼ系の発光反応はっこうはんのうだと思われる。ヒトヨダケのような一般的な発光キノコと同じ原理である。そのため、やはり発光量に異常性を感じるという点において、アルカ様から頂いた資料をもとに実験を行った』」


「一晩でこれを……?」


 オリビアは目を丸くする。

 ゲネシス王国で一番の研究者をうたわれているアルカの同僚であるので、優秀に違いないのはわかりきっていることだが、ほぼ毎日顔を突き合わせているエドワードでさえも未だ慣れなかった。


「よくできた研究員だろう。……続きを読むぞ。


『その結果、摂氏せっし十五度──二八八ケルビン──かつ、湿度九○パーセント以上の環境下において、胞子ほうしの異常発生が確認できた』。


なるほど、胞子か。盲点もうてんだったな」

「胞子って何ですか?」


 聞いたことはあるが、詳しくそれについてエドワードは知識を持ち合わせていなかった。


「胞子は種子植物で言うタネだ。


『ソルマラキアの胞子はドーム状であり、空気中にただよう間はドームが下に、つまりまるで受け皿のように浮かぶ。その上、この胞子は光の反射率が非常に高い。


 私個人の仮説を述べる。ソルマラキアの胞子はとある気候の条件下で大量発生する。すると盆地ぼんち一帯いったい上空じょうくうを光の反射率が高い胞子によって埋め尽くされてしまう。


 それによって地上には太陽光が届かなくなり、まるで夜が明けないように見えている』


だそうだ」


 つまり要約すると、キノコの発光量に伴って、胞子も異常発生している。ソウウルプスを囲うようにキノコが生えているため、胞子の量は莫大ばくだいになり、簡単に盆地であるソウウルプス上空を埋め尽くしてしまう。そして胞子は太陽の光を反射するため、地上は暗くなる。


 エドワードはベスの仮説になるほど、とこぶしを打った。筋は通っている。そして、アルカもこの説に賛成のようだった。オリビアも感嘆かんたんの息をらしている。


「木については特筆すべき点もない、ただの新種のマツ科だろうと書かれているな。まあ、それは良いとして、これはかなりの進展だぞ。試す価値はある」


 意気込むアルカに便乗してエドワードも握りこぶしを作ると、でも、とオリビアがおずおず挙手をした。


「なんだ?」

「……どのように解決いたしますの?」

「……」


 アルカはオリビアの質問にぱちり、と瞬きをした。


「ここは盆地ですから滅多に風は吹きません。吹いてもそよ風程度ですわ。おそらく、だから胞子も上空に停滞したまま、ソウウルプスをおおい続けているのですわよね?」


 エドワードは握り締めていた手をあごに添えた。


 確かに原因は解明したが、どう解決すればいいだろう。大きな人力風車を建てる? いや、そんなことをしていては間に合わないだろう。

 ふと、エドワードはオリビアの言葉を思い出した。


──昨晩書棚を整理しているうちに、東の教会の地図を見つけましたが……


「……教会、教会はどうですか? 何かあるかもしれません。かつての知の源は教会と言いますし」

「教会?」

「教会ですの?」


 二人の視線を集めたエドワードは尻込みしてしまう。


「教会って何の話だ?」


 アルカの疑問符を解消すべく、オリビアは昨晩見つけた地図の話をアルカにする。

 すると、アルカはみるみる顔色を変えてオリビアに掴みかかった。


「なんでそれを先に言わないんだ! 教会なんて、伝承の宝庫じゃないか!」

「も、申し訳ありませんわ。アルカさまがお手紙を嬉しそうに読まれていたので、切り出すタイミングが無く……」

「今からその教会に向かうぞ。もしかしたら先人の知恵があるかもしれない」


 エドワードの手を引いてリビングを去るアルカの背中を見送りながら、オリビアは自分にも聞こえないほどのため息をついた。オリビアの目の下には化粧で隠したくまが透けていた。












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