第5話 ペルケトゥム研究所宛て

──ソウウルプスを囲む山があるだろう


 挨拶もないそんな書き出しはアルカらしい。無駄むだを省いた文章は簡潔だが、エドワードはたびたびそれをむずがゆく感じていた。


──そこに生えるキノコと、それと共生関係にあるマツらしい樹木について調べて欲しい。サンプルは同封している袋の中だ


 エドワードは試料入りの袋を手にすると、その上から二重になるよう麻袋の中に入れる。運ぶ途中でサンプルを失ってしまってはいけないので、アルカのいびつな結び目を解いて固結びに直した。


──キノコは青緑色に発光する菌根菌きんこんきんだ。伝承によると、涼しく湿度の高い夏の後にキノコの光の量が多くなる。そしてその少し後に太陽が姿を消すらしい。詳しい気温や湿度の数値は分からないが、今年は凶作や作物の腐敗が酷いと言っていた。出来れば光の量の変動について詳しく調べてもらいたい


 エドワードはトランクの中からブリキでできたつぎはぎの小鳥を取り出すと、小さなテーブルの上にちょこんと乗せる。小鳥は機械らしくしばらく黙っていたが、次第に足踏みを始めて硬い羽を広げた。


 セルバンテス邸はエドワードが想像する以上に格式高い、それでいて手入れの行き届いた屋敷だった。急な訪問にもかかわらず、すぐに部屋が用意できるのはこまめに掃除をしているということだろう。


──マツらしい樹木の方は、樹高三十メートルほどの針葉樹林だった。鱗片りんぺん状の樹皮が特徴だ


 ブリキの小鳥をひっくり返し、足を引っ張ると袋の紐を縛り付ける。手のひらの上に乗せると、小鳥はじたばたともがいた後に体を上手に起こした。


──明日の朝、研究結果が届くようにしてほしい。まだ秋初めだというのに、ソウウルプスはすでに極寒だ。雪が降っていないのが唯一の幸運と言っていい。よろしく頼む、ベス。手が空いていればサミュエルもよろしく


 生物学に特化した同僚二人の名前を連ねて手紙は締められている。アルカの手紙に一度目を通し終えると、エドワードは紙を細く巻いてひもで縛った。手紙の方は小鳥の首にくくりつける。


 上げ下げ窓を薄く開けると小鳥を窓枠に立たせた。


「よろしくお願いします」


 小鳥はチチチ、と可愛らしい声で挨拶するとウーヌスの方へと飛び立つ。

 エドワードは一息つくと、扉側のベッドでうつ伏せになって眠りこけるアルカに目をやった。


 エドワードは天蓋てんがい付きのベッドと縁がなかったのでいささか心が落ち着かないが、アルカはそうでもないらしい。というより、アルカはどこでも眠れる性分だ。度々書庫のソファで眠っているのを見ると、学者らしいと思ってしまう。


 エドワードはアルカの眠るベッドに腰かけると、そっとネグリジェの袖を捲った。片手に持った螺子締ねじしめで腕のつまみを緩めると、次はすそを持ち上げる。手間だが、この小さな作業が劣化を遅らせるらしい。使い慣れた身体から新しいものに変えるとなった時、慣れるまでに時間がかかるそうだ。


 関節部分に布が引っかかって朝泣くことが無いように、エドワードはそっと脚を持ち上げた。










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