朝の5時に起床した。気温を見ると28度だ。暑いはずなのに涼しく感じているのは猛暑が続いて体がバグっているせいだろう。それから、夏休みに突入した健を起こして、一緒に近所の公園までジョンの散歩をした。

 外に出て直射日光を浴びると身体中から汗が出た。健も肌に薄らと汗をかいていて、汗に陽光が反射して輝いて見えた。ジョンは羽毛で暑いのだろう。口呼吸を頻繁にして体温調節をしていた。

 家に帰ると私は、チーズ入りのスクランブルエッグを作りベーコンを焼いた。

「お、今日はスクランブルエッグか」と雅人が言うとダイニングチェアに腰掛けて朝食を食べた。

 8時に雅人が職場に向かった。

「ねえ、ママ。一緒にスプラトゥーンやろうよ」

「今日も仕事だから、終わったらね」

「昨日もそう言ってゲームしなかったじゃないか」

「仕方ないでしょ。仕事が終わらないだから。オンラインで友達とやったらどう?」

「みんな、夏休みだから出掛けているよ」

「なら、オンラインで友達以外とやるのはどう?」

「嫌だよ。みんな強くて負けるから」

「試しにやってみなさいよ。強くなれるかもしれないよ」

「わかったよ。オンラインで遊ぶよ」と健は不満そうにしてSwitchを起動してスプラトゥーンを始めた。

 私は、机に向かいMacBookProを起動して仕事に取り掛かった。

 今回の案件は厄介だ。スマフォのゲームアプリの開発だ。9割は完成している。しかし、任されていたプログラマーが途中で体調を崩し休職をしたのだ。

 プログラマーの名前は鈴木隆。20代後半で、どこか繊細そうな雰囲気のある青年だった。彼なら体調を壊しても仕方ないと思った。推測でしかないが彼は恐らく、このまま仕事を辞めるのではないかと思っている。

 そういえば、職場の同僚にもう半年ほど会っていない。2ヶ月に1回、本社がある新宿で懇親会をやるのだが、私は健を出汁に使って断り続けた。懇親会は嫌いだ。

 私が、プログラマーになったのは大学を卒業してからのことだった。大学ではコンピューター学部を卒業していたので、プログラミングにはあまり苦労はしなかった。しかし、残業が酷かった。毎日4時間は当たり前で、納期になると家に帰れない日もよくあった。だが、働き方改革で残業を減るようになり、社長が変わった事で会社の方針が変わった。それから、しばらくして、コロナが流行してから仕事はリモートワークへと変わった。おかげで健との時間が増えて嬉しいかぎりだ。

 今回のコードはとても難しい。鈴木が気を病むのも無理はない。それに、他人が途中で作ったコードを直すのは難しい。プログラミングにはその人の癖が出る。鈴木の書いたコードを書く前から気を病んでいたのかもしれない。どれも無茶苦茶だ。1から書き直した方が早いのではないかと思うくらいだが、納期が迫っている。どうにか終わらせなければ。


   *


 気づくと、午後の5時を回っていた。集中し過ぎて時間の感覚がなくなっていた。

 ふと、テレビの方向を見る。ジョンが寝ていて健がいない。

 そういえば、お昼ご飯を作るのを忘れていた。私は申し訳ない気持ちになった。それにしても、健はどこにいるのだろうか?多分部屋にいるはずだ。

 2階に上がり健の部屋のドアを開けようとした時だった。話し声が聞こえた。健が何やら話しているみたいだ。

 きっとiPadを使ってZoomで以前に在籍していた学校の友達と話しているに違いない。

 私は、ドアを開けた。健がいた。部屋は、ティラノサウルスとゴジラの人形と散らかったレゴブロックが散乱していた。

「ねえ、健。ごめんね。お昼は食べた?」

「カップヌードルを食べたよ」

「カップラーメンは食べちゃダメって言ったでしょ。体に悪いから」

「でも、母さんは食べているじゃないか」

「子供は食べちゃダメなの」

「だって、ママが仕事に熱中していたから」

「そうだったのね。ごめん」

「いいよ。別に」

 改めて部屋を見る。iPadが無いことに気づいた。

「ねえ、健。話し声が聞こえたけど誰かと喋っていたの?」

「話してないよ」

「じゃあ、ごっこ遊び?」

「そんな幼稚なことしないよ」

「じゃあ、誰と話していたの?」

「それは、秘密」

「秘密?何か悪い事でもしていたの?」

「だから、秘密だって」と健が怒った表情をした。

 なぜ、こんなに健に言い寄っているのか自分でも分からなくなって会話をやめることにした。きっと、一人遊びだろう。

「ねえ、夕飯は何?」

「まだ、決めてない。何がいい?」

「ハンバーグ」

「ハンバーグは1週間前に食べたでしょ」

「じゃあ、餃子」

「餃子ね。悪くないわね」

「やった、餃子だ!餃子!」とはしゃぐ健を見てなんだか嬉しくなった。

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