閑話:ドレイクの過去と真意。

わたしは、あの方を、セレスを諦めるわけにはいかないのです。私の一族の悲願のために……」

 ドレイクはセレスに切り飛ばされた左手の痛みをこらえながら、うめくように呟く。


「その話、何度目だよ。あたしを書斎に呼びつけといて、くだらない話すんじゃねえよ」


 ドレイクが部屋の机で右手で古びた日記をめくると、若かりし頃の記憶が蘇る。「あれは、私がまだ幼い頃、ご先祖様が言われていた美しい妖精に出会うことから始まるのです……」ドレイクは興奮した様子で魔族のキアラに語る。


「全く人の話を聞いちゃいねえ……瘴気の汚染が進みすぎたか?」


 ドレイクの目は黒く濁り、欲望に浸かりきったいたましい表情になっていた。だが一筋の光というかギリギリの知性をまだ残してもいた。


「あたしとマリルがこいつの奴隷になったように見せかけていいように操ってきたが、まさか妖精女王のそばにとんでもない神の使徒がいるなんてな……これ以上ドレイクを利用して「邪神様」の瘴気をばら撒くのは潮時かもしれねえな」


 どうやらアニーの心魔法はキアラとマリルには効いていなかったようだ。それを今のドレイクは知る由もなかったが……


 ドレイクは過去の美しい思い出に浸っていてキアラの話を全く聞いていない。キアラの話を完全に無視して古びた日記をめくり始めた。


 回想シーン:妖精との出会い

 

 あれは、私がまだ8歳の頃のことだった。父の仕事で訪れた古い館から抜け出し、館の近くの森へと足を踏み入れていた。森は静かで、まるで時が止まったかのような不思議な感覚に包まれていた。木々の間を歩き回っていると、突然、美しい歌声が耳に届いた。


 その声の主を探して奥へ進むと、そこには信じられないほど美しい女性が佇んでいた。彼女の名前はセレス。彼女は私の存在に気づき、目を細めて微笑んだ。


「小さな人間の子ですか、どうしてこんなところに?」と、彼女は優しい声で問いかけた。私の心は一瞬で彼女に引き込まれ、その場で凍りついてしまった。彼女の姿は、まるで夢の中の存在のようだった。透き通るような白い肌、輝く虹色の羽根、そして深い青の瞳が私を見つめていた。


「っ……私は……道に迷ってしまったのです」と、ようやく声を振り絞って答えた私に、彼女はさらに微笑みを浮かべて近づいてきた。彼女は私の手を取り、温かいぬくもりが伝わってきた。


「心配しなくていいわ。私が君を助けてあげる」と彼女は言い、優しく私を導いてくれた。私はこの時のことを生涯忘れないだろう。セレスという美しい妖精の深い青の瞳に恋をしてしまったのだ。


 その日から、私は彼女に強くかれるようになり、彼女が人間の世界ではなく、妖精の世界に存在することを知った。そして、彼女に胸を張れる立派な男になろうと誓った。


 父さんは奴隷商人だったが、奴隷の扱いが優しく、買い手からも奴隷からも人気がある商人だった。私もああいう奴隷商人になりたい。そう思っていた。


 だが、この国では人間至上主義が掲げられ、奴隷でも人間以外の種族には扱いが良くないようにされるのが当たり前だった。具体的には鞭打ちや拷問、強姦など……「クソ!! 何でこんな酷いことが他種族にできるんだ!!」「父さん……」父さんはそんな腐った買い手には奴隷は売らないと決めた。


 その後も、父さんはアルカード王国の政策に反抗するように、優しい奴隷商人であり続けた。だが……ある時、いわれのない奴隷殺しという重い罪を課せられ……拷問や鞭打ちに耐えられず、父さんは逝ってしまった。


 私はこの時、優しい奴隷商人になることをやめた。怖かったのだ、謂れのない罪で尊厳を踏みにじられることが…… 父さんみたいになりたくない、その一心で奴隷商人の仕事を引き継いだ後、どんな悪どい腐ったやつにも奴隷を売った。


 だんだん魂が腐っていくような感覚だった。セレスに会えたとしてもこんな私では釣り合わない。でもセレスに会いたい、自分だけのものにしたいという欲求が膨らんでいく。


 そんなときに、一族に代々伝わる「妖精を見る力」が呪いであることを知るようになった。この呪いは、妖精を見る能力を持つ者が恋をしても、決して成就することはないという悲しい運命だった。


 それを教えてくれたのは、自分から奴隷にしてくれ、と言ってきた生意気な魔族のキアラだった。私はそんな話は信じられないと、初めて自ら鞭打ちをキアラにしたが、この女は全くこたえる様子がなかった。鞭打ちをするたびに自分が自分でなくなっていく感覚になった。


 キアラはニタニタと笑いながら言ったのだ。呪いがどうした、セレスが自分からお前のものになるようにすればいいと。その方法を聞くと瘴気を操って相手の意思を反転させる方法があるというではないか。


 どんな嫌がる相手も屈服し、私に自ら服従させることができる。私はその方法ならセレスと一緒になれると喜んだ。だが、その方法を別の奴隷にまず試すように言われたときは拒否した。なぜかは自分でもわからない。


 私はキアラとマリルと相談しながら、妖精女王セレスを手に入れる計画を立てた。そんな折、キアラが妖精女王の居場所がわかったと報告してきた。それは私がセレスと初めて出会った森よりとても深い場所にあった。


 計画は簡単だった。まずは誰でもいいので妖精を捕まえ、セレスが取り返しに来たところで、逃げられないようにして、瘴気で陥れ、意思を反転させて私のものにする。


 途中まで上手くいっていたはずだった。しかし、セレスの決死の抵抗によりアニーという最初に捕まえた妖精と一緒に逃げられてしまった。それでも意思が反転し、私の元に来るように仕向けたはずだが、誰かに解除された、とキアラが語っていた。


 何故だ! 何故私はこんなにも頑張っているのに報われないんだ! 私は! セレスと一緒に過ごしたいんだけなんだ。この想像を実現するためには瘴気まで受け入れたというのに……


 日記はここで途切れている。


「クソっ!私に何が足りないんだ!」バンッと机を殴りつける、ドレイク。そんな様子をニタニタした様子で見ていたキアラは上機嫌で喋り出す。


「おー感情が戻ってきたじゃねえか。何が足りない? 全部足りないよ! あのセレスとかいう妖精女王に対する愛も足りない。お前の知恵も足りてない。ドレイク、お前はもっとできるはずだ」


 じゃあどうすれば……? と思い詰めるドレイクにキアラはさらに追い込んでいく。お前の優しい部分を全部捨てろ、と言い、悪魔になって妖精女王の住処を壊し、セレスの大切なものを全部奪って自分のものにしろ、と言った。 


 そんなことは……とまだ理性を捨てきれないドレイクに一晩考えろ、と言ってキアラは書斎から去った。ドレイクは苦悩するばかりであった。


 一方、妖精たちの庭園のアニーは……


『あのドレイクという男の瘴気と苦悩が高まってきている。この様子ではいつか負の感情に囚われてこちらに攻撃をしかけてくるかもしれない…… トオルとセレス女王様に報告すべきか…… いやこれを利用してトオルに錬菌術のレベル上げをさせた方がいいかも』


『すべてはビリオニア様のために……』


















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