閑話 セレス視点 私はトオルを昔から知っていました。
「つっ!? ゴホン」
それなのに何故!? 「私の名前はセレスです」私の口は事務的に名前を言うばかり。『……』心と体が今おかしい気がするのです。
これは…… 私は自分の体を探ってみましたが瘴気に侵されて衰弱している事以外は特に変化を感じませんでした。強いて言うなら……
『一体どう言うことかしら? ああそう言うことね……』『貴方は……まさかミリオニア様!?』『あら、私の事まで覚えてるなんて…… トオル君の今生はイレギュラーが多いわよねえ』『まさか……またトオルを転生させたのですか?』
『そうよ? 何か悪い?』『またそうやってトオルの人生を弄ぶのですか?」『何よ、その言い草。私はトオルと何度でも添い遂げる。そのために女神になったのに。セレスも人のこと言えるの? いわばセレスも共犯者よ』『それは……』
『ビリオニア様は元気ですか?』『はぁ? 誰よその女? いや……何か聞き覚えがあるような……』『やはり覚えておられないのか……』
ミリア様は少しの間何かを考え込んでいるご様子でしたが、やがて考えるのを諦めた様子でこちらに話しかけてきました。『ダメね、思い出せない。でも何か心当たりがあるわ。まあその知らないやつはいいわ。セレスはトオル君の今生で初めて会うのよね?
トオル君の記憶が戻らない限り、何回も転生していることは言えないの。それは
トオルはまさか…… いえこの事は心に秘めておきましょう。ミリア様のように神格をあげられないと言えないでしょうし。私如きでは……とにかくトオルに言えないことができてしまいました。この事はトオル自身が気付くしかないのでしょう。
『もう念話を切るけどセレスも消されないようにするのよ? 今の状況はトオルが助けてくれるから。じゃあこの念話は一応記憶に残してあげるけど不必要に思い出さないように封印することね』
『そうしておきます。ミリオニア様もお元気で……』すぐに会えるわ、と意味深な言葉を残して、念話は途切れました。
それにしても、どうして私は瘴気に汚染され、あの状況から命からがら逃げ帰ることができたのでしょうか……その事について振り返る事にしましょう。まずアニーが攫われてしまった朝から振り返る事にしましょう。
あの時は…… 美しい妖精の庭園が朝日に輝いていました。花々は鮮やかに彩られ、妖精たちは蝶々と共に舞っている。そして私は優雅に黒パンを
なぜ柔らかい黒パンが食べられるのかって? オーラン村で開発されたことを知って作り方を妖精たちに探らせていました。オーラン村に見慣れない人間が来たと話題になっていましたから。
実は妖精たちは空気に溶け込み、どこでも情報を探ることができます。精霊も同じくできますけど精霊使いやエルフ族じゃないと精霊って会話できないんですよ。だから誰でも会話できる妖精ってすごいんですよ、エッヘン。
パンの話に戻りましょう。私は何故か昔から知っていたように感じて驚きませんでした。「わーい! 柔らかい黒パン美味しい!」他の妖精たちは大層驚いてもう硬い黒パンを食べなくていい!! と喜びの舞をしていました。何故かアニーもそこまで驚いていませんでしたが……何だったんでしょう。
そんな優雅な朝を過ごしていた私に森に見かけない人間が入ってきて、妖精たちの庭園の在処を探っていると知らせてきたのはアニーでした。
オーラン村にいるという人間のことかと思いましたが、話を聞くと3人組で商人のような格好をした恰幅の良い中年の男とフードを被った長身の人間と鋭い眼光をした長剣を背負った冒険者のような小柄な女だとか。
私は結界があるから、妖精たちの庭園の在処は見つからないから大丈夫だと言ってアニーを落ち着かせようと思ったのですが、私が人間たちを追い払う! と言って、出ていってしまいました。
「もうアニーは本当に落ち着きがないですね! そこの貴方、こっそりアニーの様子を探ってあげてください。私は結界が万全な状態になっているか確認しないといけません」
はい! わかりました女王様! と言って指示を出した比較的真面目な妖精が姿を消して、結界の外に行きました。しばらく庭園の中を飛び回って結界に異常がないことを確認した後、驚きの報告が届きました。
「女王様! アニーが人間たちに連れ去られました!」「何ですって!? 何が起きたのですか?」私はわなわなと体を震わせました。アニーは精霊たちの中でもある程度戦える方でした。それが何故!?
「そ、それがよくわからないのです。アニーは戦闘態勢で人間たちに向かったのですが、フードの人間がオーラを身に
「大丈夫、貴方は悪くないわ。アニーを一発で吹き飛ばす戦闘能力。立ち向わずに報告に来た判断は正しい。」私は動揺を隠しながらその妖精をねぎらい、下がらせました。もしかしたら魔封じの術を使ってくるかもしれない。ちょっとまずいかも。
「仕方ないわね。アニーは私が助けに行くしかありませんね。あの子は本当に世話がかかるんだから」私は明るく振る舞いながら周りの妖精達を鼓舞するように振る舞う。しかし周りを飛んでいる妖精は不安そうに私に話しかけてくる。
「女王様お一人では危ないよ! 私たちもアニーちゃん助ける!」「ダメです。貴方達は魔法しか使えない。せめて纏い術を使えるものでないと連れていけません」「どうしてなの?」「魔封じの術もしくは魔道具を持っている可能性があるからです」
アニーも魔法しか使えなかったはずだ。妖精は素早く動ける方だが、纏い術を使って速さをあげられると打たれ弱いので物理的に負けてしまう。魔封じの術や道具を使われたら敵わないはずだ。
しかし心の隅でこうも思いました。アニーはなぜ初めから戦おうとしたのだろうか? と。しかしそんな疑問はすぐに消えて、気にもしませんでした。
商人達はアニーを馬車にいれたあと、少し移動してから馬車ごと忽然と消えたとのこと。どうやら転移持ちの術者が居るようですね。これは手強い救出になるかもしれません。魔力の残滓の向きからアルカード王国がある北に飛んだと思われます。
私は心配する周りの妖精達を落ち着かせて、楽園から出ないように厳命し自身は魔物達の楽園の北にあるアルカード王国に向かいました。妖精は魔法で転移ができるので行ったことがある場所にはすぐに向かうことができます。
アルカード王国の天気はまだ肌寒い空気が広がっています。森より北にあるので気温も森より低いのです。妖精は自分で体温管理できるので寒く感じませんが人間にとってはまだ寒いと感じる人も多いでしょう。
アルカード王国は500年程前にできた由緒ある歴史を持った王国です。しかし王国の政治は善政であるとは言えず、王様やある一部の貴族を除いて、貧しい暮らしをしている人間が多いと聞きます。
魔物達の楽園は貧しい生活ではありますが、食べ物がなくても生きていけるので何とかなっています。しかし人間や他種族はそうはいかない。転移先の適当な廃屋に着きました。なぜこの廃屋を知っているのかって?
昔妖精や精霊が実体化していないのに見える子供がいましてね。その子供とよく遊んだのですよ。私が女王になる前の話です。もう生きていませんよ。200年くらい前の話ですからね。私は感慨深い気持ちになりました。この話はまた今度しましょう。
それにしてもスラムの様子は変わりません。オーラン村の村人が住んでいる木造の家の方がまだマシです。布が屋根の代わりになっている、支えがしっかりしていないテントみたいな感じです。たまに木造の廃屋があります。私が出てきたのはこういう廃屋からです。
姿を消したままスラムを移動しますが、浮浪者や子供が飢えてゴミを漁っている様子が印象的でした。スラムを出ると煉瓦造りの家々が立ち並んでいるのが見えます。屋根には煙突がついていて黒々とした煙を出していました。
通りを見ると朝だからなのかわかりませんがまだあまり人は居ません。奴隷紋が入れられた人間や獣人、エルフやドワーフが鞭を打たれて働かされていました。衛生的な環境ではないらしく、実体化していたら顔をしかめる位の匂いが漂っているでしょう。
「全く……ひどい国ですね……」こんな国に長くいたくないと心で強く感じました。アニーの居場所を早く見つけて庭園に帰る事にしましょう。
街の人がこんな噂をしていました。「おい! 悪徳奴隷商人のドレイクが妖精を捕まえてきたそうだぞ! しかも傷ひとつない良品で買い手を探しているらしい。王国金貨3000枚で売るそうだ!」
「おいおい、そんな大金、俺たちのどこにあるってんだ! しかし妖精ってのはイタズラしかしない種族だって言うじゃねえか! 買ったって愛玩道具にしかならねえよ!」「言えてるな! ギャハハハハハ!」
ひどい言い草です。妖精はイタズラばかりする種族だと思われがちですが、森の環境を整える仕事をしています。空気中の魔力を集めて育ちが悪い木や花を助けたりするのに役立っています。まあその事を知っている者はほとんどいませんが……
さてアニーの居場所はドレイクとかいう奴隷商人の屋敷で間違いないでしょう。アニーの魔力もおぼろげに感知しましたし、とっとと屋敷に向かいます。そしてついた屋敷の趣味はお世辞にも良いものとは言えませんでした。
金と銀でコーティングされた木造と煉瓦の壁でできた屋敷です。大きさはオーラン村に新しく建てられた屋敷の2倍くらいです。太陽の光を浴びてギラギラと輝く様子はとても不快でした。
金色にコーティングされた馬車も屋敷の車庫に入れてありました。そういえば馬も一緒に転移させたのかしら。転移持ちとしてかなりの力量です。他の魔法にも習熟しているかもしれません。妖精は実体化していない時は姿も気配も悟らせませんが何らかの魔法罠が置かれているかもしれません。
私は警戒しながらドレイクの屋敷に踏み込むのでした。先ほどまで晴れていた空にはポツポツと暗雲が立ち込めていました。
小説をいつも読んで頂きありがとうございます。面白かった、また読みたいという方は高評価やフォローをお願いします。作者の励みになります\( 'ω')/
⭐︎⭐︎⭐︎を★★★にしてくださると作者が大変喜んで更新頻度が増えるかもしれません。よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます