第32話 侍、獣人の臣下をえる

 旅に同行したい、弓の腕を披露したかと思えば、カルアはそんなことを言いだした。

 

 理由は、推測はできる。昨夜俺たちは魔物の群れと魔導士を殲滅したが、戦いはそれで終わったわけじゃない。

 武士道においてもそうであるように泣き寝入りは論外だ。報復はせねばならない。そして、あの魔導士に雇い主がいると分かった以上、そいつを倒すまでは真の意味での安心は得られない。

 

 であれば、すべきことは――、


「つまり、今回の黒幕を探すためにも俺たちに同行したい。そういうわけか?」


「ああ! クロウ殿たちなら信用できるし、強いからな!」


 俺の問いに、答えになっているようでなっていない返答をしてくるカルア。

 信頼してくれるのは嬉しいが、それと旅に同行を許すかの話は別だ。


 いや、俺は構わないんだが、一人旅じゃない以上、勝手には決められない。

 しかし、相談したところで答えは見えている。あのコーデとクリスが自分たち以外の同行者が、それも女が増えることなんて承知するわけがない。


「……カルア、ありがたい申し出だが、生憎と――」


「頼む、クロウ殿! あの魔導士が何者であれ取引相手も人間の可能性が高い! 我ら狼の氏族は人間と交易こそしているが、人の世界に対しては無知だ! それに、大抵の街には獣人だけじゃ入り口までしかいけない……! クロウ殿の力を借りなくては敵を追えないんだ……!」


 カルアは必死の形相でそう迫ってくる。

 その必死さは村を想う責任感と優しさゆえだ。


 気持ちはわかる。

 本来ならば外敵から村を守るのは彼女ような氏族の戦士の役目だ。それを果たせなかった上に、襲ってくる敵を待つことしかできないというのは面目が立たない。


 戦士としての誇りの問題だ。このままでは戦う機会さえ失う。それだけは我慢できないという焦りは俺にも覚えのあるものだ。


 ……どうにかしてやりたいという気持ちがないといえば嘘になる。

 だが、どうしたものか……究極的には主君としてコーデとクリスに命じれば済む話なのだろうが、それはあまりやりたくない。身分を隠すために三姉弟の演技を始めた直後でもあるわけだし……、


「恩人に重ねてこんなことを頼む恥はわかっている……! でも、アタシにはこれしか思いつかない。それに、もちろんお礼はする! 少なくともアタシはクロウ殿のものだ! 戦士として貴方に仕える!」


 勢いのまま、カルアはその場に跪き、左手を心臓に当てて、右手を俺の方へと差し出した。

 この世界における臣下の礼だ。左手で心臓いのちを、右手で心を差し出すという意味がある。


「……カルア、その意味がわかってやってるのか?」


「ああ。言葉の勉強で騎士の絵物語を読んだ。それに、我が士族の掟もある。『同じ者に二度恩を受けたのなら、戦士はその者に身命を預けるべし』と」


「……一族の掟か」


 ……こういうのを持ち出されると俺は弱い。

 自身に課した掟をかたくなに守るという姿勢には侍にも相通ずる部分がある。それだけに、その掟を守るということがカルアにとってどれほど重要な意味を持つかも理解できてしまう。


 …………いや、うだうだと悩むのは侍らしくない。

 一度、助太刀をすると決めた以上、決着がつくまでは俺に責任がある。きちんと今回の一件の黒幕を討ち果たす、その手伝いをカルアがしたいというなら受け入れるべきだ。


 それに、実利の面から考えても、カルアという臣下を得られるのは大きい。狼の士族との大きな繋がりになるし、何より、将来的にロンダインの武士団の要にもなってくれる。


「これでも足りないなら、アタシの首に首輪でもかけてくれ! いや、ぜひそうしてくれ! そうすれば、アタシが貴方の所有物だって一目でわかる!」


「そんな変態じみたことできるか! 少しは考えさせろ! 馬鹿者め!」


 俺が吠えると、カルアは「すまない」と正気を取り戻す。


 しかし、変態行為はしないとしてもこの機会を逃す手はない。

 だいたいコーデもクリスも俺の臣下なのだ。そえに配慮してチャンスを逃したのでは本末転倒。ここは主としてきちんと名を下すとしよう。


「わかった。同行を許す。ただし、一度臣下として誓いを立てたのだ。旅の間は臣下として扱うからな?」


「ああ! わかった! クロウ殿! いや、主殿!」


「クロウ殿でいい。それと、先に話しておくことがある。本当に臣下として仕えるかどうかはその話を聞いてから決めろ」


 そして、臣下として仕えることを許すなら俺も身分を偽っているわけにはいかない。本当のことを話して、それでもカルアが仕える事を望むなら俺に拒む理由はない。



 俺が実はソーディア王国の侯爵家の長男であることを明かすと、カルアは心底驚いていたが、それでも構わないと改めて仕える事を誓ってくれた。

 本人曰く、『人間の貴賤は分からないが、クロウ殿からは好きな匂いがする』とのこと。


 ……まあ、好きと言っても好感が持てるとか、親愛の情が沸くとかそっちの意味だろうし大丈夫だろう。


 というわけで、残る問題はコーデとクリスなわけだが、当然、この二人はカルアを旅の供として、ひいては臣下として召し抱えることについて反対してきた。

 

 だが、二人は理屈で反対しているのではなく、感情で反対しているのだと俺にはすぐにわかった。

 なにせ、二人とも「風紀が乱れてしまいます」だの「自分たちだけで旅の供は十分です」だのふにゃふにゃした言い訳ばかりを述べていたからな。


 まあ、理屈をつけようと思えばいくらでも付けられたのだろうが、二人はそれをしなかった。俺が公平さと公正さを重んじ、「獣人であるから」というだけで誰かを忌避するような姿勢を嫌うことを知っているからだ。 

 おまけに、体裁と実利であれば後者を取るのがロンダインの家風。2人ともそのことに関してもよく理解している。

 

 感情的なのはいささかどうかと思うが、その姿勢は臣下として立派なものだ。

 俺はそのことを褒めたうえで、二人に対してカルアを召し抱えることは主君としての決定であることを宣言した。


 これを受けて、二人はきちんと引き下がった。さすがはコーデとクリス、二人ともなんやかんや言って決して本分は損なわない。


 それに心情的な面でもそこまで心配はしていない。俺と別行動している間に二人も二人で狼の士族の人々と交流し、獣人への偏見を改めている。違いはあれど、獣人たちも同じ人間であり、この地に生きているのだと理解したのだ。


 特に、クリスなど約一日という短い時間だったにもかかわらず、氏族の子供たちにえらく懐かれていた。

 クリス本人も防備を固めるための知識を講義しつつも、楽しそうに子供たちに対して盾の扱い方などを教えていた。クリスも犬っぽいところがあるから気があったのだろうと言うと失礼だが、狼の士族たちの高潔さと忠誠を旨とする気質は彼女の価値観にも合致している。


 そういうわけで、最初は反発していた二人もいずれはカルアのことを受け入れるだろう。

 カルアの弓の腕は俺から見ても一級品だしな。一流の武芸者同士、惹かれ合う部分もあるはずだ。


 というわけで、翌日、狼の士族の戦士団の帰還を待ってから、俺たちは旅を再開することにした。

 目的地は、当初の予定通り『カールセン商国連合』の水上都市『トライセン』だ。


 トライセンの街はこの周辺で最も大きな都市であり、冒険者組合ギルドの本部が存在する。

 つまり、情報の集積地でもある。あの魔導士やその黒幕に関する手掛かりがあるとすれば、そういった場所だ。雲を掴むよう話だが、他に心当たりもない以上、まずは動いてみるしかない。


 カルアたち狼の士族の村からトライセンの街までは約三日ほど。少し遠回りにはなったが、結局、目的地につくのだから、俺は運がいい。


 そうして、早朝。村を出る俺たちを士族の人々は総出で見送ってくれた。


「じゃあ、子供たち。短い間だったけど、教えたことを忘れずに。お互いにきちんと守りあうんだよ?」


 クリスがそう声を掛けると、子供たちが手製の木盾を鳴らして応える。満足げに頷き、微笑む従者の横顔に俺もまた嬉しく思う。

 クリスの望みは俺の傍に仕える事と騎士としての理想を体現することだ。弱きものを救い、それを導く。その行いはまさしく騎士としての理想に適うものだったのだろう。


 一方、コーデの方もコーデの方で面白いことになっている。


「ちょっ、は、離れてくださいませ! か、感謝しているのはわかっていいます! ク、クロウくん、見てないで助けて!」


 コーデは村の女性たちに囲まれて、鼻を押し付けられて匂いをかがれている。

 なんでもあの鼻を押し付ける動作はこの士族における感謝と親愛のジャスチャーとのこと。であれば、止める理由はない。


 なんやかんやで負傷者や病人の手当てを持っても献身的にやっていたのはコーデだと俺は知っている。人質を救いだしたのもコーデだし、彼女の働きがなければ死者が出ていた可能性もある。

 信賞必罰は世の決まり。よいことをしたのだから、きちんと感謝はされるべきだな。


「――く、くろう、こ、これ、あげる!」


 そんなことを考えていると、カルアと共にやってきた妹のルウィンが両手であるものを差し出してくれる。

 

 弓だ。

 獣の骨を削り出して作られたそれは無骨ではあるものの、丁寧に弦が貼られており、そこに美しさがあった。


姉さんルクといっしょにつくった弓。くろうにあげる。しんあいの、あかし」


「そういうことならば、受け取らねばなるまい」


 お礼ならば受け取るのに理屈を付けねばならないが、贈り物であれば仕方ない。

 それに、侍である俺としては確かに弓があった方がより完成形に近づく。


 試しにゆっくりと弦を引いてみると、結構な手ごたえがある。三人張り、つまり、二人がかりで弓を曲げて残る一人で弦を掛けるくらいの強度だ。


 和弓に近い。これならば、俺の手にも馴染みそうだ。


「ありがとう、ルウィン。この弓ならば雀の目玉も射抜けそうだ」


 ルウィンの頭をなでると彼女は心地よさそうに目を細めて、尻尾を左右に振る。他の村人たちも、俺の姿を讃えるように見ていた。

 

 この村に来てよかった、改めてそう思う。

 この弓やカルアという臣下を得たこともそうだが、なにより、侍として為すべきことを為せた。村人たちの尊敬を勝ち取れたのはその証だ。俺はこの武者修行の旅でこういうことがしたかった。


 だからこそ、ここに長居はできない。時代劇の某ご老公ではないが、一つの場所で人助けをしたらまた次の場所を救うのが侍の旅だ。

 でなければ、居心地のよい場所にとどまって安穏としてしまう。それでは、武者修行にならない。


「それでは皆の衆! そなたらは我が盟友となった! 盟友の敵は我の敵! 敵はこのクロウとカルアが討ち取る! 吉報を待つがいい!」


 最後に、俺は右のこぶしを突き上げて、村人たちにそう宣言する。

 彼女たちの大半は俺の言葉を理解できていないが、それでも、遠吠えの唱和で応えてくれる。


 恩を売るつもりはない。だが、情けは人の為ならず。俺が侍として大成するためにもこの宣言は必ず果たす。



 その宣言から三日後、俺たちは『トライセン』の街に到着した。

 しかし、噂に聞く美しき水の都は変わり果てた姿で俺たちを待っていた。


 天に蠢く『生ける雷雲』と『魔女』の噂。様々な出会いと試練が、俺たちの行く手には立ちふさがっている。

 ……ついでに、いくらかの女難も待ち受けているのだが、そちらに関しては考えないこととする。


――

あとがき

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