第29話 侍、無双する

 夜明け前の村、炎に照らされた戦場で俺は巨大なオークを一太刀で切り捨てた。


 身の丈八尺を超すオークは三年前の俺であれば、手こずった相手だ。


 だが、今の俺の手には左近殿の愛刀がある。

 侍の手に刀があるのだ。であれば、この世の中に斬れぬものなどない。


 立ちふさがる魔物どもも理性ではなく本能で俺の力を理解している。

 包囲のど真ん中にいる俺に対して、攻撃を仕掛けられずにまごついている。腰が引けているのだ。


 今のところ作戦は順調。

 魔導士と魔物どもの注意は俺一人に集中している。このまま、コーデの方から報せがあるまでは持久戦を続ける。それが今作戦における俺の役目だ。


『な、なにをしている! お前たち! 敵はたったの二人だ! 囲んで殺せ!』


 魔導士が吠える。

 魔術による号令を受けて、怖気づいていた魔物たちの眼の色が変わる。獣の如き狂暴性は鳴りを潜め、物言わぬ人形となった。


 コーデの予想通り、こいつは魔術で魔物どもの意識を奪い、自ら操っている。だから、本来、調教できぬはずの魔物を従えることができている。


 便利だ。

 戦に用いれば、戦局をひっくり返しうる。


 だが、万能でも無敵でもない。破るのは容易い。


 もっとも、そうは言っても敵の数は多い。虎の子のオークの内片割れは片づけたが、もう片方が残っている。

 完全に包囲される危機だが、今の俺ならどうとでもなる。もっとも、我が従者がいる限り、そんな事態に俺が陥ることはありえないのだが。


「――はあああああああ!」


 こちらを包囲しようとしていたゴブリンの一団。まとめて五体が吹き飛ばされて、天高く舞う。そのどれもが地面にたたきつけられるより先に、空中で絶命していた。

 いくら魔物の生命力が凄まじいとはいえ、全身の骨を一撃で砕かれればこうもなろう。


 今のクリスの大楯での突撃にはそれくらいの威力がある。さながら、猛牛の突進か、あるいはトラックの衝突だ。下手な城の門なら一人でぶち破るだろう。

 この三年間で俺は強くなったが、共に鍛えていたクリスもそれは同じことだ。背が伸び、体格が良くなっただけじゃない、あらゆる部分が成長した。おかげで昔みたいに抱き着かれるとこっちは気が気じゃない。

 

「若様……!」


「兄様だ。まあ、これから死ぬ相手に演技も何もないがな」


 背後の敵を蹴散らしたクリスが、俺とくつわを並べる。一人でもどうにかできただろうが、やはり、こうして臣下と共に戦えるのは喜ばしい。

 

 臣下に背中を預けて、存分に武を振るう。これぞまさしく俺の憧れた侍の戦い。やはり戦場にこそ我が誉れはある……!


「蹴散らすぞ、クリス」


「は、はい、わかさ、クロウ兄様!」


 弾かれるように二人同時に前に出る。

 先に突っ込むのは、クリス。立ちはだかるもう一体のオークの巨体に真正面からぶつかっていく。


 オークもまた棍棒でそれに応じる。三年前は相打ちだったが、さて今回はどうなるか。

 

 ――ドゴン!

 夜の村に轟音が響く。続けて聞こえてくるのは肉が裂け、骨の砕ける音だ。


「――グオオオオオオオオオ!」


 オークは悲鳴を上げて、背中から倒れ込む。振り下ろした右腕は棍棒ごと砕けて、血しぶきをまき散らした。

 さすがはクリスだ。もはや、オーク程度の魔物であれば相手にならない。


 そのままクリスは倒れたオークの頭部に大楯を振り下ろす。鈍い音がして、オークは絶命した。


「ぬん!」


 俺も負けじと敵陣のただなかで、刀を振るう。

 もはやゴブリン程度、雑兵と同じ。いや、魔導士に操られ本能を失って画一的な動きしかしない以上、訓練用の案山子かかしとそう大差ない。


 瞬く間に、五つの首級を俺は刎ねる。これでクリスが倒した分も合わせて、残りはちょうど半数。そろそろ、魔導士が焦りだす頃合いだ。


 コーデが間に合っているといいのだが――。


『く、くそ! こいつら、手練れの冒険者か! なら、村人どもを――なに!?』


 魔導士の思考が駄々洩れになっている。魔術の腕はどうだか知らないが、戦には慣れていないようだ。おかげで向こうの状況が手に取るようにわかる。


 それを証明するように、村の中心側の空に、小さな火の玉が打ちあがり、弾けた。

 コーデからの村人たちを解放したという合図だ。例え魔導士が魔術で村人たちを害そうにも、コーデが防いでくれる。


 これが作戦の第二段階目、『救出』だ。予定ではもう少し苦戦するはずだったのだが、俺とクリスが強くなりすぎていて少々、勝ちすぎた。次からはもう少し自分たちの力量を考慮しないとな。


 ともかく、人質を取られる心配もなくなった。詰みの一手を打つとしよう。


「クリス! 足場だ!」


「っはい!」


 俺の呼びかけにクリスが応える。彼女の構えた大楯を発射台にして、天高く跳躍した。


 跳んだ先にあるのは、村の端の方にある見張用の尖塔。その屋根の上に魔導士はいる。先ほどの動揺で隠れ身の術が乱れたのか、魔術師の気配をはっきりと感じられた。


「き、貴様! 死ね!」


 俺に気付いた魔術師が杖を振るう。その先端から放たれたのは、蒼い雷だ。

 背筋が泡立ち、死の予感が脳裏をよぎる。瞬間、俺の中でさらなる力が沸き立った。


 『一所懸命』だ。その力が俺に『為せば成る』と呼びかけていた。


「――はっ!」


 直感を信じて、刀を振るう。磨き上げられた刀身が雷の光を反射して、輝きを放った。


 そうして、我が刃は雷を両断する。やはり、侍の一刀は雷さえも切り裂くのだ。


 我が一撃を受けた魔術の雷はそのまま霧散する。当然だ、侍が切ったのだからな。


「バカな――っ!?」


 その勢いのまま、屋根の上に降り立つ。

 目の前にはローブに身を包んだ魔導士の姿。一足一刀の間合いだ。この間合いで侍の刃より早く動けるものは存在しない。


「あ、ありえない! 魔術を切るなど! そんなことできるはずがない!」


「ふん。あの程度の雷、斬れて当然。侍を舐めるな」


 そう、侍であるならもっと巨大な雷とて斬り伏せることができる。

 実例もある。

 戦国時代、九州に雷神と呼ばれた『立花道雪』という名将がいた。

 その異名の由来は道雪がかつて刀で雷を、そして、その中にいた『雷神』を切ったという逸話から来ている。


 この逸話の凄いところは、実際道雪の愛刀、のちに『雷切らいきり』と呼ばれる刀に雷に打たれた跡があったこと。

 つまり、道雪は本当に雷を断ち切ったのだ。


 それに比べれば、俺のやったことはまだまだだ。あの程度の電気を切った程度では自慢にもならない。


「ば、バケモノが! 私の魔術は--」


「遅い」


魔導士が杖先をこちらに向けた瞬間、俺は刀を返してその首に峰打ちを叩き込む。 

 白目を剥いて意識を失う魔導士。屋根の瓦を滑っていくので、足で踏んで止めた。


 手加減はした。聞きたいこともあるし、首を刎ねるのはあとでいいだろう。


 しかし、一撃でこのザマとは。これだから侍じゃないやつは。性根がなっとらんぞ、性根が。

 

 コーデからの助言通り、魔導士の口は布でふさいで、縄で縛りあげる。

 多少拍子抜けだが、この戦は俺たちの勝ちだ。初陣としては上出来。我が先祖たる島左近殿もきっとほめてくださるに違いない。



 魔導士という指揮者を失った魔物の群れは完全な放心状態へと陥っていた。

 抵抗らしい抵抗もなく、逃げ出す様子もない。俺とクリスだけでもごく短時間で魔物たちを殲滅できた。


 つまらない戦だ。

 戦士の意地もなければほまれもない。ただ戦い、ただ勝った。せっかくの初陣、もっと血沸き肉躍る激戦を期待したんだが、それはこの先に取っておくとするか。


 兎にも角にも、戦に勝った。大事なのはその一点だ。


「クロウ君! 大丈夫ですか!?」


 数分もしないうちに、村人たちを連れてコーデが合流する。彼女は真っ先に俺に走り寄ってくると、両手で俺の身体に触れて無事を確認してくる。


 いつもの欲にまみれたボディタッチとは違い、手つきからは本気の心配と愛情が伝わってくる。まったく普段からこの調子なら俺も心置きなく『姉』と呼んでもいいのだがな。


「お、おう、かすり傷一つないよ、姉さん」


「本当ですか!? 強がってはいけませんよ! くらくらするとか、吐き気がするとか、ムラムラするとかそういうのがあればすぐに言うのですよ!」


 真剣な顔でそう迫ってくるコーデ。一見すると下心がしっぽを出したように見えるが、今回に限っては本気で心配しているらしい。

 まあ、戦の後だ。肉体が昂って仕方がないということもあるにはあるが、今回は抑えられないほどじゃない。


 なので、今回はそういうのは不要だ。だから、そうにらむな、クリスよ。そんな親の仇みたいな目で姉をにらむ妹なんてそうはいないぞ。


「クリスの方も無事なようですね。騎士としての役目はきちんと果たしたようで」


「……姉上の方も任務を果たされたようで」


 それでも、互いに労いの挨拶くらいは交わせるようになったか。この程度の戦でも進歩はあったらしい。


「ところで、姉上? クロウ兄さまが嫌がっておられますよ? そろそろ離れるべきでは?」


「あら、我が妹ながら節穴なのね。これは姉弟として、そう、姉と弟として当然のふれあい。愛情表現ですよ。ちなみに、妹と兄の間では成り立たないので、あしからず」


「……敵はここにもいたか」


 と思ったら、このありさまだ。せっかく助けた村の人々が完全に困惑してしまっている。


 ここは困惑がドン引きに変わるより先に、一つ挨拶をかましておくか。


「ルウィン。通訳を頼む」


「う、うん。そ、そのありがとう、たすけて、くれて」


「礼は無用だ。俺は侍。お前たちを助けたのはそれが『義』だと思ったからだからな」


「ぎ……?」


「正しい行いだと信じたから助けたということだ」


 よくわかっていない様子のルウィンだが、いずれ分かる。

 俺が真の侍であるならば、その生きざまは皆の手本となり、心に武士道を根付かせる。そして、いずれはその根が侍の国の礎となるのだ。


「村人諸君、我が名はクロウ。侍である。この通り、諸君らを脅かしていた魔導士と魔物は我らが退治した。これからは安心して――」


「――待て! アタシらの家に火をつけたのは貴様か!」


 勝ち名乗りの最中、そんな声が遮ってくる。

 いい度胸だと村の入り口方向を振り返ると、そこには女が立っていた。


 胸当てと腰布だけという痴女のような服装をした獣人の女。

 褐色の肌に白い髪。三角耳を生やして、美しく、気の強そうな顔立ちをしているその女に、俺はどこか見覚えがある。


 はて、獣人の知り合いなんていないはずなんだが……、


――

あとがき

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次の更新は明日の18時ごろです!

 

 

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