第28話 侍、村を救わんとす
ルウィンの先導の元、俺、コーデ、クリスの三人は夜の森を走っていた。
俺が「村を救う」と宣言した当初、ルウィンは非常に懐疑的だった。
当然と言えば当然の反応ではある。
なにせ、俺たちはたった三人しかおらず、相手は謎の魔導士も含めた魔物の群れだ。普通なら勝ち目はない。
だが、俺たちは普通ではない。この大陸唯一の侍とその忠勇なる臣下二人だ。魔物と魔導士程度容易く蹴散らせる。
と、最初はそう説明したのだが、ルウィンは納得しなかった。
おのれ、侍のことを彼女が知っていればすぐさま頷いていたのだろうが、この世界にまだ侍が俺しかいないから……!
なので、自分の未熟を恥じつつも、俺は改めてルウィンに状況を伝えた。
ここから最寄りの人間のまちまではまだ三日ほどの距離があること。そして、街にたどり着けたとして冒険者組合が金にならない依頼を、それも、獣人からの依頼を受け付ける可能性は低いこと。
どれも残酷ではあるが、事実だ。このままルウィンが命懸けで走ったとしても徒労に終わるのは目に見えている。
それに、話を聞いてみれば、村の本来の守り手である大人の戦士たちも所在も分からないという。狩りに出かけたらしいが、狩り場は複数個所に点在しており、今どこの狩り場にいるかは行ってみないとはっきりしないのだそうだ。
以上の状況を鑑みても、今すぐルウィンの村を救援できるのは俺たちのみだ。
そのことを理解したルウィンは不信感を呑み込んで、案内を引き受けてくれた。
年若いというのに聡く、勇敢な子だ。その勇敢さに俺も報いねば、侍の名が廃る。
というわけで、俺たち三人とルウィンは夜の森を走っている。
ルウィンには獣人としての身体能力があり、俺とクリスは
魔術の技だ。本人にそのことについて尋ねると魔術を使って自分の体重を鳥の羽根一枚分ほどにしているのだと答えてくれた。
魔術とは便利なものだ。
他の貴族共がこれを忌避する理由がまるでわからない。ああいや、女神教の教えに反するというのは知っているが、そういうのは表向きだけやっておけばいいのだ。うちの母上だって一応女神教の顔を立てつつ、教会では奨励されていないはずの商工業に対して保護を行っている。
ようは本音と建前だ。あの明智光秀も一つだけいいことを言った。坊主の嘘は方便、武士の嘘は武略。ときに、上に立つものにはそういった清濁併せ呑む器量が必要だ。
事実、コーデの魔術がなければこれほどの速度での移動は不可能。この調子ならちょうど夜明け前に村に到着するだろう。
『夜討ち朝駆け』。兵法の基本通り、相手の眠りと夜の闇が最も深い夜明け前に戦える。天の運も俺たちの味方だ。
「ルウィン、あとどれくらいだ?」
「もう、見えてくる……!」
ルウィンの体力も大したものだ。
今は獣さながらの四足歩行で、俺たちにも匹敵する速度で走っている。しかし、さっきまでは飢え死に寸前の有様だった。
それがうさぎのシチューにくわえて非常食の干し肉まで平らげると、あっという間に血色がよくなり、再び走れるようになった。
本人曰く「獣人はみんなそういうふうにできている」だそうだが、実に素晴らしい。獣の速度に隠密性、人間の知性。この三つが揃っていれば物見、斥候としてこれ以上ない人材になれる。
ぜひ未来の我が『ロンダイン武士団』には獣人の斥候を招くとしよう。皆の話を聞く限り獣人を雇う貴族は少ないように思えるし、十全に活用できれば戦の常識を変えられるかもしれない。
「見えた……! あそこ……!」
ルウィンがそう言った瞬間、俺は背後の二人に立ち止まるように指示を出す。
さすが優秀だ。俺の手信号を見た瞬間に、コーデとクリスはピタリと停止していた。
そのまま俺たちはルウィンの案内で村を見下ろせる高台へと移動した。敵がそこに見張りを置いていることも考慮して息を殺していたが、俺の感覚にもルウィンの鼻にも引っかかるものは何もなかった。
ルウィンの話通り、村は小さい。
建物の数は六棟ほどで、どれも木製の掘立小屋だ。敵を防ぐ柵の類も見て取れないし、襲うのも、奪還するのも容易い。
問題は、魔導士が人質に取っているであろう村人たちの救出。例え敵を皆殺しにして村を取り戻したとしても、村人たちに大きな犠牲が出たのではここに来た意味がない。
当然、作戦は考えてある。情報さえそろえば決行は可能だ。
「姉さん、どうだ?」
隣で目を瞑り、集中状態にあるコーデにそう問いかける。彼女の端正な唇が忙しなく動き、俺には理解できない呪文を紡いでいた。
コーデは今、魔術的な
本人が言うには、魔術が使用されているのなら魔力の流れに身をゆだねることで術者の位置が分かるのだという。
「……確かに感じます。この魔力の淀みが、あの真ん中の広場の建物から村全体に広がっています。おそらくそこにいるのが魔導士かと」
「人質はどうだ? 位置まで追えそうか?」
「……魔導士の周囲に無数の気配がありますね。ルウィン殿の話の通りかと」
「さすがだ、姉さん」
期待通り、いや、期待以上の情報量だ。
コーデに旅に同行してもらったのは大正解だった。クリスとの口喧嘩は困りものだが、補って余りある。
「そんな、姉さん、すごい、愛してる、だなんて、クロウくん、わたくし、戦う前に嬉し死にしてしまいます……!」
「そこまでは言っていない」
あとは、俺が姉さんと呼びかけるたびに頬を染めて熱っぽく歓ぶのも差し引けば、コーデは最高の旅の供だ。あと、姉さん呼びは本来の身分を隠すための演技だとわかってるのか、こいつ……、
だいたいなんだ、嬉し死にって。母上もよく言ってたが、この世界では普通に存在する概念なのか……?
「……ずるい」
そして、テレテレしているコーデを見て、クリスは嫉妬心を燃やしている。普段ならば言葉でフォローするなり、励ますなりするが、今回はなしだ。
嫉妬心も転じれば闘志となる。これから戦うという時にわざわざ勢いを削ぐ必要はない。
「作戦通りに仕掛けるぞ。まずは俺とクリスがいく。ルウィンは姉さんと一緒に」
「承知しました」
「はい!」
そうして、二手に分かれる。
すでに作戦内容は道中で共有済み。これから必要なのは、言葉ではなく、鍛え上げた技と武器のきらめきだ。
ふ、腰の名刀が敵の血を吸わせろと吠えているのが分かる……!
逸る心を武士道の教えで収め、俺たちは高台を降りていった。
◇
道中、俺が建てた村奪還のための作戦は二段階に分かれる。
第一段階は『急襲』。これにより敵の耳目を一手に集める。
そのために効果的方法とは――、
「――鳴らせ、クリス!」
「はい!」
高台から降り立った村の入り口、夜の暗い闇の中でクリスが手にした大楯に、愛用のメイスを叩きつける。
響き渡ったその音に、村中の魔物どもが一気に動き出すのが分かった。
同時に俺は使われていない家屋に火をつける。ルウィンの話では誰も使っていない家だそうだし、ほかの家屋からも離れているので燃え移る心配も少ない。
すぐに燃え上がった炎が、俺たちと周囲を照らす。同時に、こちらを包囲しようとしている小鬼とオークの影もまた照らし出された。
……こんなものか。
魔導士本人もまず間違いなくこちらに注意を向けている。作戦は今のところ順調といってよい。
今回の作戦立案においては、俺には二つの選択肢があった。
一つは闇にまぎれて村に潜入、眠っている魔物どもを始末していく隠密作戦。
もう一つが今行っている陽動作戦だ。
究極的には戦わずして勝つことを至上とする兵法に従えば、前者の作戦の方が正しい。
しかし、今回の場合は相手は魔物と魔導士だ。潜入しようにも結界等で気付かれる可能性もあったし、魔物を一匹殺した段階で気取られたら人質が危ない。
それゆえ、リスクを承知で俺は陽動作戦を選んだ。それが正解だったかどうかは結果のみが証明する。兵家の常だ。心が躍る。
『――何者だ?』
そうして、狙い通り、魔物たちの向こうの闇から声が響いた。
魔術により届けられたものだが、魔導士の声だ。それもありがたいことに男だ。男であるなら容赦なく首を刎ねられる。
そして、街に待った名乗りの瞬間だ。前世では機会がなかったが、練習だけは十分にしてある。
「――我は侍! 名はクロウ! 義によってこの村と村人の助太刀に推参した!」
左近殿の刀を抜き放ち、
俺の声が闇に響き渡り、魔物たちがざわついた。
ふ、知性のない魔物でも侍の偉大さを本能で感じているらしい。
「わ、我が名はクリス! 同じく助太刀に参った!」
続けて、クリスが名乗る。俺に比べると迫力不足だが、まあ、及第点だ。
「邪悪なる魔導士よ! 我ら二人がこうして揃った以上、悪事はこれまでと知れ!」
二人、の部分を強調してそう続ける。案の定、俺たちをいぶかしげに見ていた魔導士の視線が侮りを込めたものに変わった。
『――下らぬな。潰せ』
魔導士がそう命じると、一匹のオークが前にでる。
三年前、あの
僥倖だ。これが相手ならば、左近殿の名刀も、いやさ、我が愛刀も喜んでくれる。
「手を出すなよ、クリス!」
突っ込んでくるオークに、俺もまた正面から間合いを詰める。
振り上げられる棍棒。それが振り下ろされる先を見極め、あえて紙一重でかわす。
棍棒が俺の鼻先を掠め、地面を砕き、煙を巻き上げた。
その棍棒を足場に、跳躍。
刀を両手で握り、空中でオークに向かって袈裟懸けに振りぬいた。
そう振りぬいた。
するりとすり抜けるような手応えの後、俺はオークとすれ違い、敵の背後に着地した。
残心。
周囲を威圧しながらゆっくりと構えると、背中でドスンという鈍い音が響いた。
「お見事!」
クリスが歓声を上げているが、何が起きたのか見ずとも分かる。
オークの巨体、五メートル近くはあったその肉体が肩口から脇腹に掛けて袈裟懸けに両断されている。先ほどの手ごたえは俺にそう伝えていた。
当然の結果だ。
俺はこの三年、休まず鍛え続けてきた。
その俺が、侍として、刀を振るったのだ。オークどころかこの世界で最も硬いとされる古代の竜の鱗でさえ両断してみせるとも。
『――バカな! あのオークは、私が魔術で強化した個体だぞ!? 皮膚は鉄の硬度だ! それをこんなにあっさり……貴様、何者だ!?』
そうして、魔導士が驚きとともに、再び尋ねてくる。
ふ、期待通りの反応をしてくれて助かる。
「もう言っただろう。俺は侍だ」
俺の答えに、その意味を知ってか、知らずか、魔物どもが吠え声をあげて、後ずさる。
さあ、武勇譚の始まりだ。血沸き肉躍る戦の時間にしようじゃないか……!
――
あとがき
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