第24話 侍、欲と戦う

 俺の侍としての師匠であるおじいちゃん曰く、武士道において食欲、睡眠欲、そして性欲の三大欲求を筆頭としたあらゆる欲は己の腹のうちに納めるものだ。

 

 これの大事なところは欲のすべてを否定していないことだ。

 例えば名誉欲がなければ出世に励むことはないし、性欲がなければ子孫を残すことはできない。だから、名誉を重んじ、家の存続を重視する武士道においてはことさらに欲を否定したりはしない。


 だが、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。あくまで腹の裡に収めておくことが大事なのだ。


 また武士道の手引書とも言える葉隠では「しのぶる恋こそが至上である」と述べている。侍にとって愛はみだりに口にするものではなく、想いは胸に秘めたまま死んでいくような恋こそが一番なのだと。

 俺もこれには同意だ。侍たるもの好きだの愛してるだのは容易く口にすべきじゃない。愛情も慕情も己の背中、行動一つでしめすのが侍たるものの心意気というものだ。


 その点で言えば、今目の前に立っているコーデは士道不覚悟だ。欲望がその全身からあふれているし、主君の息子相手に堂々と「夜這いに参りました」などと言い放つような状態なのだから。


 というか、自らを供して主君の無聊ぶりょうを慰める夜伽よとぎではなく自分から俺を襲う夜這いをしにきたのか、こいつ。ここら辺は男女の役割が逆転してるこの世界特有だな。ここまで来ると腹が立つを通り越して、いっそ納得してしまう。


 二十一歳メイドと十五歳侯爵家長男。現代日本では完全に違法だが、この世界では合法、なのかもしれない。


 いや、待て。コーデは確かに変質者だが、同時に優秀な従者、臣下でもある。

 そんな彼女がこんな暴挙を働いた。そこには何か理由があるはずだ。


 短慮はいけない。そう、何事もまずは落ち着くことから始まる。葉隠れにもそう書いていた。


「若様、不遜な真似をするコーデをどうか――」


「……ドアは閉めろ」


 俺が真剣に声を掛けると、その意味を察したのかコーデはしずしずと扉を閉めて、大浴場の中に入ってきた。

 

 どうやら俺の感情を察する程度の理性はまだ残されているようだ。というか、意外と正気なのかもしれない。


 ……だとすると、コーデはただ暴走しているのではなく何か思いつめるようなことがあるのかもしれない。

 なら、それを解きほぐしてやるのも侍の甲斐性か……、

 

「では、失礼して」


 コーデはそのまま部屋を横切って浴槽に、俺の隣に腰かける。恰好の割にはまだ羞恥心が残っているのか、少し離れたところにちょこんとしていた。

 

 二人分の体積に風呂の湯が少しあふれる。本能に負けてちらりと視線を横に向けると、そこには少し赤らんだコーデの顔があり、その下には美しい肢体があった。


 なんだか、喉が渇く。

 目の前の女性、21歳になったばかりのコーデが妙に艶めかしくみえて、脳の奥にある本能がにわかに騒ぎ始める。


 単にコーデがタオル一枚しかもっておらずほとんど全裸だから、というだけではない。

 普段は大抵のことでは眉一つ動かさないコーデが、頬を赤く染めて、身を抱えるようにしている。その艶姿がどうにも刺激的で、辛抱が利かない。


 ……そういえば、若妻物語にも普段は強気なものがたまに見せる弱いところほど格別の味わいがあるとかなんとか書かれていたな。

 それが、これか。確かにこればかりは経験してみないと分からない。


 身体の方もこうして見ると、その、意外と肉付きがいいというか、いい意味で豊かだ。

 湯煙に隠された胸部もだが、普段から剣士として鍛えているためか、太ももから臀部にかけての稜線がなんとも蠱惑的だ。見ているだけで、感触を掌に思い描いてしまう。


 比べるのは失礼だが、クリスやオルフェリアともまた違う魅力がある。

 引き締まって、鍛えられた女の肢体。それには男の本能を刺激する色香があった。


「わ、わかさま、そ、そのように見られますと、女子おなごであっても恥ずかしゅうございます……」


 俺の視線に恥じらい、身体を隠しながら、熱い息を漏らすコーデ。ちらりと見えたうなじは少し汗ばんでいて、それがまた――、


「――っ」


 据え膳食わぬは男の恥という言葉が脳裏をよぎり、すんでのところで呑み込む。

 

 ……武士道はことさら欲望を否定していない。

 そして、精神はともかく俺の肉体は十五歳になったばかり。三大欲求は減退するどころか、最高潮といってもよい。


 正直なところ、最近食っても食っても腹が減る。武士は食わねど高楊枝というが、すごくお米が食べたい。炊き立てのやつを、赤みその味噌汁で掻き込みたい。主菜は秋刀魚がいい……お、食欲のことを考えていたら、だんだん平常心に戻ってきた。


 さすがは。武士道とは死ぬことと見つけたり、常に死を覚悟していれば何事にも動じることはないのだ。


「若様、このような無礼をするコーデをどうかお許しください。ですが、もう、我慢が、できないのです」


 そんな俺に対して、コーデは覚悟を決めるように息を吐くとそのままにじり寄ってくる。

 気圧されそうになるが、ぐっとこらえて俺はコーデと向き合った。


 俺が動じていないのを見て、コーデは驚きと安心の入り混じった表情を浮かべる。

 それも当然か。まだ実物にはあったことがないが、若妻物語が正しければこの世界の男子は大抵軟弱だ。こう、精神も肉体も弱い。


 その点、俺は侍。心身ともに頑強であるがために、コーデも感心しているのだ。


「なにが我慢できないのだ?」


「そ、それは、そ、その、恥ずかしながら、劣情、です。若様を慕う心があふれて致し方なく、こうしてまかり越したのです」


 こちらに伸ばされた白魚のようなコーデの指。それをむんずと掴んで、俺は浴槽の中にあぐらをかき、彼女と正対した。


 いつもの鉄面皮はどこへやら。熱に浮かされた顔をコーデはたまらず背ける。その顎に手を添えて、優しく俺の方へと向けさせる。


 男女の機微、ましてや、男女の役割が逆転したこの世界での正解など俺には分からない。なので、参考になるのは唯一読んだ恋物語である『若妻物語』と武士道の精神のみ。


 そして、若妻物語でも武士道においてもこういう場合は相手の眼を見て、腹を割って話し合うことが肝要とされている。今回はその教えにしたがうとしよう。


「それだけではあるまい」


「そ、それは……」


 熱に潤んだ翠の瞳と見つめ合う。


 今のコーデは情欲に浮かされているが、その瞳の奥にはまだ他の感情がある。

 嘘をついているわけではない。ただ俺に言っていないことがある、あるいは彼女自身でさえ気づいていない複雑な理がそのうちでは働いているのだ。


「俺を慕っているのだろう? であれば、隠しごとはなしだ。なぜ、今宵、ここに来た? なぜ、今でなければならないのだ?」


「若様……わたくしは……」


「俺の問いに答えよ、コーデ。愛に嘘を混ぜるようなものには貞操はやれんな」


 俺が『若妻物語』の台詞を引用すると、コーデははっとした顔をする。観念したらしく、顎に据えられた俺の手を自らとり、湯船の中で強く握るととうとうと話し始めた。


「――若様もご存じの通り、わたくしは侯爵閣下、ヴァレリア様に、戦場いくさばで拾っていただきました。戦禍で両親を亡くし、魔術の才ゆえに親族からも疎まれ、戦場で死体漁りをしていたわたくしをヴァレリア様は憐れんでくださったのです」


「……仔細を聞くのはこれが初めてだ」


「わたくしのことなど本来、若様のお耳に入れることではありませんから……」


 そう言うと少し悲し気な笑みを浮かべるコーデ。

 母上がコーデを拾い、家令のソネッタに預けたことは知っていたが、そんな経緯があったとは知らなかった。


 両親を亡くし、魔術を使えるがゆえに援助も得られずに飢える。それがどれだけのことなのか、俺には想像もできない。

 いや、これからおそらく彼女のような不幸を生みだす側の俺にはその痛みが分かるなどとは口が裂けても言えない。


 ゆえにこそ、母上はコーデを連れ帰ったのだろう。単に償いや情けのためだけではなく、自分たちの生業なりわいに伴う犠牲、その重さと意味を忘れぬためにも。

 

 まさしく業だ。

 これは騎士であっても、侍でもあっても戦場に出るものが必ず背負うもの。歴史に名を遺す綺羅星のような侍の方々でも例外ではない。


 その業と向き合うためにある者は出家して仏道に励み、ある者は『厭離穢土欣求浄土おんりえどごんぐじょうど』、つまり『この現世に浄土のような平和をもたらす』という意味の旗を掲げた。


 俺も侍であるからには、業との向き合い方を見つけねばならない。


「……ローズ様がお生まれになられたすこし後のことです。侯爵閣下、ヴァレリア様とフィリップ様から、わたくしを養子として迎えるというお話を頂きました。ですが、わたくしは魔女の血を継ぐ卑しき身。それゆえ、不遜にもお断りをさせていただきました」


「残念だな。家族が多いにこしたことはないのに」


「ヴァレリア様も同じことをおっしゃってくださいました」

 

 ふふっと笑うコーデ。その気負いのなさに、彼女がロンダインの家に来てからの日々を想い、こちらも少しだけ肩の荷が降りる。


 しかし、母上も同じことを言っていたのか。ふ、いかに転生したとはいえ親子は親子ということか。


「養子のお話はお断りさせていただきました。ですが、その日から、いえ、それ以前から、わたくしは臣下として、そして、家族として、ヴァレリア様にお仕えすると決めております。ですから、若様はわたくしにとってはお仕えすべきご主君のご子息であり、大事な弟君だと心に秘めてまいりました」


 ……全然秘められてなかったが、という指摘つっこみは今はやめておこう。侍とて空気を読むべき時は読む。


 それに、この話を聞いたおかげでコーデがただ俺におねえちゃん呼びを強要する変質者でないこともわかった。確かにそういう経緯があるのであれば、オレを弟のように思うのも不自然ではない。


「そんな大事な、わたくしの若様が明日、旅立ってしまわれる。そう思うだけで、この胸は張り裂けてしまいます。身を切られるような思いなのです」


「……なるほど」


 …………まあ、理解できないこともない。


 母上やニーナも俺が武者修行に出ると決まった後でも似たようなことを言って事あるごとに引き留めてきた。

 ちなみに一番よく言われるのは『お前が屋敷にいないと思うと母はそれだけで泣いてしまう』だった。

 

 心境としては『大学生になって家を出る息子を心配する親族』といったところか。いや、侍的には『初陣出る息子の無事を祈る母』とでも言うべきか。


 それでこうして風呂場で夜這いを仕掛けるというのは極端にすぎるが、コーデとしては自分の体を使って俺を繋ぎ止めておあるのならやらないという選択肢はなかったのだろう。


 なら、安心させてやるのも、弟の役割か。


「約束しよう。俺はかならずロンダインの家に帰ってくる。それも、一回りも二回りも大きな侍になってな」


「……若様」


 俺の言葉に、コーデは目を潤ませる。


 言葉は所詮言葉に過ぎないが、侍の場合は別だ。武士に二言はない?は決して一度した約束を違うことはない。


 帰ると言ったら帰る。

 このロンダインの家は俺の二つ目の故郷。我が大望『侍の国』の礎となるこの地やロンダイン家の人々を決して粗略に扱うことはしない。


「ありがとうございます、若様。それを聞いてこのコーデ、胸のつかえがとれた思いです」


 俺の答えを聞いて、コーデは瞳を潤ませる。どうやら俺の言葉が胸に響いたらしいが、まだ何かを隠しているようだ。


「……なにやら、まだ秘めていることがありそうだな」


「…………はい」


 頷くコーデ。この際だ、すべて聞こう。

 

 ……しかし、少し長風呂しすぎたな。ちょっとふらふらしてきたぞ。


「その、若様の武勇と才覚は存じています。必ず無事に帰ってきてくださることも、疑ってはおりません。ですが、その……」


「その?」

 

 深刻な表情をするコーデ。よほどのことがあるの珍しく言いよどんでいる。


 ……俺が知らないだけで、このロンダイン領の外には何かとんでもない脅威でもあるのか? 

 だとすれば、望むところだ。困難な相手を打ち倒してこそ、俺の名も高まるというも――、


「外の世界には女が多すぎるのです! それも男に飢えたけだもののような女が! そんな女どもが若様に浅ましい獣欲を燃やし、貞操を狙うなど、このコーデには耐えられません!」


 ……………いや、浅ましい獣欲を燃やしてるのはお前だろ! 

 と吠える間もなく、コーデはまくしたてるようにこう続けた。


「第一! 若様はご自分がいかにお美しく、愛らしく、魅惑的かわかっておられないのです! 若様が旅になど出られては、巷の女どもなど一目見ただけで発情は必至! 理性も外聞かなぐり捨てて、襲ってきます! いえ!それだけではありません! きっと国中にうわさが広がり、雲霞のように群がってくるに違いありません!」


「い、いや、そんなことはありえな――」


一気に距離が近づく。握った俺の手を自らの胸に押し当てるコーデ。

 柔らかい感触の中になにか固い感触がある。それが何か理解した瞬間、下半身に痺れるような感覚が走った。


 ……俺も男だ。美女に迫られて全くの無反応ということはあり得ない。


「――ありえます! 鉄の理性を持つわたくしでさえそうなのです! 他の女どもなど、若様を見た時点で心奪われ、あらぬことを企むに違いありません! 恐れおおくも王女殿下でさえ一目で若様を見初められたのですから!」


 力説するコーデは無意識か、わざとかどんどん近づいてくるし、タオルは手放してしまっている。

 上から下まで丸見えだ。水を弾く柔肌の下にある確かな筋肉と血管の細さまでこの距離なら見てとれる。

 

 礼儀として視線はそらすが、それより、あまりの説得力に思わずうなずいてしまいそうだ。動かぬ証拠ならぬ動く証拠が目の前にいるわけだしな……、


 あと、オルフェリア姫との一件、母上はコーデには話していたのか。


「いくら若様がお強くともお一人では、いずれどこの馬の骨とも知れぬ輩に貞操を奪われてしまうやもしれませぬ……! それを思うと、わたくしは……! わたくしは……!」


 右手で拳を作り、涙ながらに訴えかけてくるコーデに、なにいってるんだこいつはと思わなくもない。

 思わなくもないが、この世界は異世界、それも大きく男女比が偏った異世界だ。大分適応としたとはいえ、現代日本に生きていた侍である俺からすると想像できない部分があるのかもしれない。


「そんなことになるくらいならば……! いっそわたくしが、若様のみさおを頂戴してしまえば……! 旅を思いとどまってくださるのではないかと愚考した次第です……!」


 …………なる、ほど。

 相変わらずとんでもないことを言っているが、なぜそうなったかの理屈は理解できた。


 …………やってることは破廉恥もいいところだが、その根底にあるのは忠義心でもあったようだ。

 ……まあ、大分欲望まみれではあるが、忠義は忠義。処罰どころか、死刑覚悟で主のために主に夜這いを掛けたのだということは理解できた。


 俺自身、コーデの行動に呆れれているのか、はたまた感心しているのか、あるいは脳みそがだいぶゆだっているのかは定かではないが、まあ、評価はできる。


「コーデ、気持ちは理解した」


「で、では、若様! ぜひわたくしと契りを……! わたくしもはじめてで、不手際もあるやもしれませんが……!」


「話は最後まで聞け!」


 ぐいぐい迫ってくるコーデの肩を掴んで、どうにか抑え込む。力負けはしないが、何か間違って肩以外に触れると、それこそ武士道的には責任問題になるので、慎重に落ち着かせた。


「いいか。コーデ、確かに旅に出る以上、そうした危険はあるだろう。俺も肝に銘じておく。だが、俺は一応、王女殿下に婚姻を申し込まれた身だ。それが成立するか、破棄されるまでは清い身でなければならない」


「……はい。ですが」


「これは約定ではないが、ロンダイン家の名誉にかかわることでもある。ここでお前を受け入れれば、確かに俺の操が誰かに奪われることはなくなるかもしれん。けれど、もしお前と関係を持ったことがなにがしかのことで明るみになれば、ことは侯爵家全体に及ぶ。それはわかるな?」


 俺が淡々とそう述べると、コーデはしぶしぶではあるものの、頷く。風呂と性欲で火照っていた頭が少しは冷えたようだ。


 まあ、俺は男であるので、仮にコーデと関係をもったとしても証明のしようもないわけだが、そこは異世界。何らかの天恵スキルや魔術で暴かれるということもありうるし、なにより、バレなければいいなどといういい加減な倫理観は武士道に反する。


 一方で、親兄弟を大事にしなければ『孝』に反する。

 まだ妄想の段階でこのありさまでは俺が旅出た後が心配だ。もし心や体の健康を害したのでは旅先から呼び戻されかねないし、気の毒だ。


 ここは思案のしどころか。

 だが、俺が無事に武者修行の旅に出つつ、コーデを安心させる方法など……ああ、あるにはあるか。気は乗らないが、これも侍としての甲斐性だと思って堪えるとしよう。


「だが、お前の心配もわかる。臣下を、いや、姉を安心させてやれないのでは侍の名折れだ。だから、そうだな。いつぞやの頼みごとをここで使うとしよう」


「頼み事……ああ、いつぞやの手合わせの……であれば、はい、承ります」


「うむ。では、コーデよ。お前への頼みは俺の旅の供とする。これであれば、お前は俺を守れるだろう? ここで無理やり俺の貞操を奪わずとも良いわけだ」


 俺の問いに、コーデは目を見開く。

 最初は何事か理解できずに口をパクパクとさせていたが、すぐにその整ったかんばせに花のような笑顔が浮かんだ。


 ふ、いつもの鉄面皮よりもこちらの方がよほどいい。珍しい顔が見られただけでもこんな似合わぬことをした甲斐も――、


「はい! もちろんお供させていただきます! 若様! ああ、若様! コーデは! コーデは……!」


 その瞬間、正面から抱き着かれる。柔らかくて、濡れたコーデの胸を胸板に押し付けられて、そのまま湯船に押し倒された。


 勢い余って水中で、コーデの唇が俺の唇に触れる。

 驚きに開いてしまった口にに入り込んでくるのはお湯ではなくコーデの舌。酸素を奪うように俺の舌を捉えるとぬらぬらと舐ってくる。


 二度目の口での接吻。どうしてこうこの世界の女はこうなのか。世界が悪いのか、世界が。


「ば、馬鹿者! 溺れるわ!」


 慌てて引き剥がし、水面から顔を出す。

 どういうつもりだとコーデに問おうとするが、そこにいたのはコーデの姿をした獣だった。


 耳まで真っ赤になり、呼吸は荒く、瞳は爛々と輝いている。

 完全に理性を失っている。あまりの喜びと風呂当たり、そして、俺への情欲によって、コーデは暴走状態になっていた。


「若様! ああ、愛しき若様! どうかこのコーデにご慈悲を……!」


「ば、馬鹿者! や、やめろ!」


「若様! ああ、若様! どうか、どうか……!」


 制止も虚しく、コーデはさらに全身を押し付けてきて、そのまま俺の頬やら首筋に遠慮なく接吻を何度も落としてくる。


 まずい。このままでは確実に貞操を奪われる。いや別段こだわる必要など何もないのだが、一度、だめだと口にした以上、この場で覆すのは武士道に反する。

 さらにこんな暴走状態で俺と関係を持ったなどととコーデがあとで知ったら、それこそ責任を感じて自死でもしかねない。矛盾しているようだが、コーデはそういう女だ。


 だが、どうやって止めたものか。今のコーデなれ素手で制圧できなくもないが、女に暴力を振るうというのはいささか……あれ、コーデのやつ、なんかフラフラしてないか?


「あ、あれ? 若様が三人に見えます? もしや、このは天国?」


「……まさか、湯当たりか?」


「へ?」


 倒れそうになったコーデを慌てて支える。身体がかなり熱い。どうやら長風呂と極度の興奮で体温が上がりすぎたようだ。


 これは良くない。早く冷ましてやらないと。


「ありぇ、わかさま……?」


「風呂から出るぞ。全く手間のかかる臣下め。先が思いやられるぞ」


 そのまま俺はコーデを連れて風呂を出る。

 脱衣所で甲斐甲斐しく体を拭いて、下着を着せてやると、コーデはいつの間にか正気に戻っていた。


 ……正直その間も色々と持て余すことはあったが、堪えた。この鋼の理性は武士道の賜物、おじいちゃんや左近様も褒めてくださるに違いない。


「……若様。申し訳ありません、わたくしとしたことが、感情に惑わされました……慎みます」


 脱衣所のベンチ横たわったままコーデが言った。

 冷静になってみると自分の行動のヤバさに気付いたようで本気で申し訳なさそうな顔をしていた。


「そうしてもらわねば困る。旅先でこんなことなったら、面倒見切れぬからな」


「旅先……? 若様……!」


 俺の言葉に、コーデは再び顔を輝かせる。しかし、今度は飛びついてこないところを見ると少しは成長したらしい。


 武士に二言はない。一度、旅に連れて行くと言った以上、それを曲げることはしない。


 こうして、俺の武者修行には厄介な道連れが一人できてしまった。

 いろいろと苦労するのは目に見えているのに、それでも喜色満面のコーデを見ていると、まあ、これも悪くないと思えてしまう。


 ええい、これも修行だ。俺はあえてコーデを旅に同行させることで色欲を克服するのだ……! 侍として己の欲にも、臣下の欲にも打ちってみせようぞ……! 


――

あとがき

次の更新は明日の18時ごろです!


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