第12話 侍、スキルを得る
シャルロッテの求婚事件を経て、俺はますます修練に打ち込むようになった。
本当に結婚するかは脇に置いておいても、競い合う相手がいることはいいことだ。修練にもますます身が入るというもの。
ちなみに、求婚の件に関しては一応、母上に報告したが「子供の言うことだからな!」と笑い飛ばしていた。確かに母上の言う通りだ、何年か経てばそれこそ当人も忘れてるだろう。母上の目じりがピクピクしてたのも忘れよう。
そうして、一心に鍛える日々が続き、年が明けてついにその日がきた。俺が
儀式の日取りは四の月の十六日、毎回その年に十二歳を迎える貴族の子女が近隣の女神聖教の教会に集められる。
そこで女神に仕える司祭が秘めたる天恵を解き放ち、それがどのようなものなのかを示すのだという。
陪臣の家系、つまり、王家の家臣である我がロンダイン侯爵家の家臣であれば近隣の教会、例えば領都『ソルン』の教会などに集まればいいが、直臣である侯爵家の一員である俺はそういうわけにはいかない。
俺のような、いわゆる上級貴族の『天恵解示』が行われるのは王都『ソーディア』にある『デュラスの大聖堂』だ。
つまり、俺が自分の天恵を知るには侯爵領から離れた王都まで赴く必要がある。
そして、当然、まだ成人していない俺が一人での旅を許されるわけもなく、今回の王都への旅には母上が付き添う。くわえて、侯爵家の騎士たちがその護衛に着くことになり、さらにその者たちの従者も同行することになった。
結果として、今回の旅の総勢は膨れに膨れて約千名。江戸時代の参勤交代における大名行列のようなものだ。母上の留守を預かるコーデは旅の経費に頭を抱えていたが、侯爵家の威信を示すためには仕方のない面もあった。
いや、あるいはそれこそがこの儀式の政治的意味なのだろう。各地の領主に出費を強いることでその力を削ぐ。これもまた江戸時代の参勤交代と同じだ。
ちなみに、この旅にグスタブと我が従者であるクリスは参加していない。
クリスは俺と同い年だから領都で儀式を受けねばならないし、祖父であるグスタブはそれに立ち会わねばならない。ということで、二人は居残りとなった。
残念と言えば残念だが、いくら
今年九歳になる妹のニーナもまた居残り組だ。護衛が付くとはいえ、旅は危険だ。まだニーナには早いと母上は判断した。
無論本人は最近覚えた『拗ねる』という意思表示で対抗していたが、ドアを少しだけ明けてじーっとこちらをにらむさまは何とも可愛らしかった。
それに今回はちょうどタイミングよく姉上が入れ違いで帰郷され、母上の代わりに行事等を執り行うことになっているから、ニーナも機嫌を直すだろう。
そうして、北上すること七日。我がロンダイン家の行列は最後の関を越えて、王都へと続く街道を進んでいた。
俺と母上は軍勢の中央部にいる。二人とも馬の上にあり、昼食を終えたばかりだ。
俺が乗っているのはあのブルーノだ。
ドノバン卿の調教を経て、先月、届けられたばかりの
「見えるか、クロウ。あれが王都、『白剣城』だ」
行軍の最中、馬上の母上が前方を指さす。
そこにあったのは、山を背にして
両側には抜身の剣のような尖塔があり、山肌から切り出したのであろう高い城壁は遠目からでもその堅牢さが窺えた。
……白剣城が堅城として謳われるわけが分かった。攻めるに難く、守るにやすい。
あの高さの城壁を越えるのは不可能に近く、水源を断って攻めようにもおそらく背後の山に水源がある。となれば、門を破るしかないが、それも左右の尖塔からの援護があっては難しいだろう。
「正門から入ると、先には城下町がある。私とそなたの父親、フィリップが出会ったのもその城下町だ。当時私は城に奉公をしておったのだが、ある時、飛び切り美男子が道に迷っているのを見つけてな。それで――」
行列が進む中、母上の思い出話が始まるが、俺は聞いているふりをする。
もうこの話を聞くのはこれで三度目。しかも、この旅の間だけでだ。いい加減俺の耳にタコができかねない。
そうして数時間後、時刻にすれば正午を過ぎた頃、ようやく俺たちロンダイン侯爵家ご一行は王都に入城した。
城門の側には既に多くの貴族が馬車や軍勢を待機させており、物々しい雰囲気がある。多くの騎士がひしめくその様子はまるで祭りのようで、つられて俺の中の侍の血が熱を帯びていく。
というか、おそらく到着したのは我が家が最後だ。ほかの解示式に参加する家々はもうすでに到着している。
だいたい、儀式が行われるのは四の月の十六日だ。他の家はだいたい儀式の二、三日前に到着しているだろうに当日になって、それも儀式の数時間前に到着するなど
事実、出迎えに来た聖教会の使者は慌てすぎて今にも卒倒しそうな蒼い顔をしていた。
おかげで普通なら宿をとって一息つけるはずが、連れてきた馬車の中で着替えを済ませて、すぐに大聖堂に向かう羽目になった。
……ひとつ決めた。俺が侯爵家を継いだあかつきには予定にはもっと余裕をもってあたる。少なくともこういう際には二日前に到着できるように段取りを汲む。いや、もういっそ家訓にしよう。
王都の中心部にあり、儀式の会場ともなる大聖堂は壮麗たる造りをしている。
地球にある一大宗教の大聖堂にも似ているが、十字架ではなく剣を抱いた女神の像が象徴となっている。
「――ロンダイン侯爵閣下ご一行、ご到着!」
その大聖堂の大扉の前に俺たちが到着すると、聖堂を守る衛士がラッパを吹き慣らし、そう叫んだ。
大扉が開く。その向こうにはソーディア王国を支える重鎮、いわゆる大貴族のお歴々がすでに居並んでいた。
彼女たちの視線が俺たちへと集中する。それらは感心していたり、呆れていたり、非難がましいものであったりと様々な種類があるが、皆一様に俺たちの一挙手一投足に注目していた。
単に遅れてきたから、というわけではない。我がロンダインの家の領地が王国内でも三番目の大きさを誇り、屈指の家格を持つがゆえだ。
実際、案内されたのは居並ぶ貴族たちの最前列。俺たちより前に並ぶのは王族のみという破格の待遇だった。
貴族たちの視線を一身に受けながら大聖堂を縦断するのは流石の俺も緊張したが、母上は堂々としたもので、俺もいずれはこの威厳と気概を持ちあわねばならないと気が引き締まった。
……それと、この場に集った十二歳の貴族の子供たちだが、やはり、女子ばかりだ。歩きながらそれとなく見回してみたが、この場に集っている大貴族の十二家の子供たちの中で、男は俺以外には一人だけだった。
今更ながら、六歳の俺に十件も許嫁の申し込みがあったというのも頷ける。この
耳を済ますと、こんな声も聞こえてくる。
「あれがロンダインの嫡子……噂通りの美男子……」
「まったくですね。まさしく花の咲くようなお姿ですわ……」
「幼ないながらも何と凛としたお姿……ローズお姉さまの詩文の通りだわ……! でも、太ももが見えない……! 見たい……!」
……ここら辺はまだいい。慣れたくはないが、慣れてしまった。大方皆、姉上の書いたという詩文のせいで情緒が変になっているのだろう。
背筋に悪寒が走るのはここからだ。
「……封じていた我が女が再び湧き出してきそうだ。ロンダイン殿……ジュルリ」
「お母さま、お母さま……! あんな方と結ばれたいです! どうにかしてくださいませ!」
「うなじとか舐めたい。きっとおいしい」
本人たちはひそひそ話しているから聞こえていないとおもってるんだろうが、ばっちり聞こえてるぞ。
いい加減学習したが、この世界において俺の容貌はいわゆる『魔性』の域に達している。
なので、こうして衆目に晒されると耐性のないものは理性を失うことがある。
普段から一緒に過ごしている母上やコーデ、館の使用人たちはだいぶ慣れたらしいが、それでも時々くらっとくるらしいから、この反応も仕方ないのかもしれない。
……正直、侍としては屈辱的な気分だ。
外見や顔の良し悪しなど飾りに過ぎない。侍の評価を定めるのは武勇や内面の清廉さであるべきだ。愛玩動物のように扱われるのはむしろ、侮辱でしかないのだ。
だが、今は耐える。いずれ、王国全土、いや大陸全土に俺の名を轟かせ、こいつらの吐いた『かわいい』だの『息子にしたい』だのの妄言はすべて撤回させてくれる。
その日が来るまで耐え忍ぶのだ、クロウ。それもまた武士の道と信じて。
「……メスイタチどもめ。私のクロウだぞ。お前らなんぞ我が息子には指の一本、髪の一筋たりとて触れさせんからな……!」
ついでに、俺よりも母上の方が怒っている。その不機嫌さたるや気配にも完全に表れており、周囲の招待客を圧倒していた。
俺のために怒ってくれるのはとてもありがたいし、嬉しいが、この調子で儀式は大丈夫なのか?
衛兵の声が大聖堂に響き渡ったのは、そんな心配をし始めた時だった。
「――第三王女オルフェリア・グラン・ソーディアン殿下! ご入来!」
「クロウ」
「あ、はい」
母上の流石の切り替えの早さに感心しつつも、俺はその場に膝を屈する。臣下としての礼だ。
俺個人としては王家に忠義を誓ったわけではないが、こればかりは母上の面子もある。息子としてこれを立てざるは不孝だ。膝を屈するのもやぶさかではない。
膝を屈し視線を下げていると、小さいがよく響く、優雅な足音が聞こえてくる。
その足音はだんだんと近づいてきて、そのまま通り過ぎるかと思いきや、突然止まった。
……俺の目の前だ。刺すような視線を後頭部に感じる。
おそらく、第三王女殿下その人だ。
……いったいなんだ? 俺が知らないだけで俺のつむじが何かふざけた紋様でも描いているのか? それとも、もしかして、俺のこの呪いともいえる顔面の魅力は頭頂部にも宿っているのか?
「――フッ」
しかし、すぐに楽し気な声が聞こえたかと思うと、足音が遠ざかっていく。なんだったんだ、一体?
「面を上げよ! 我が天恵、ここに示さん!」
続けて、王女の声が響く。鈴のような響きだが、この広い大聖堂の端にまで聞こえるようなよく通る声だった。
「――王国万歳!」
それに応えて、居並んだ大貴族たちが一斉にそう唱える。同時に立ち上がり、俺はそこで件の第三王女の
美しい、本当に美しい少女だった。
窓からの光を受けて紅い髪は輝き、黄金の瞳は爛々としている。顔立ちは凜として怜悧さと鷹揚さを兼ね備えていた。
身にまとうのは王家伝来の深紅の鎧。腰には宝石の施された剣を
……これが王族たるものの風格か。当代の第三王女、才気煥発の麒麟児と聞いていたが、あながち、お手盛りでもないらしい。
王女の宣言が終わると、祭壇傍の暗幕からローブ姿の司祭が姿を現す。
司祭が両手で掲げているのは蒼い宝石だ。女神の
第三王女がその宝石に触れる。すると、宝石が
そこには公用語である
『
書かれているのはただそれだけだ。だが、居並ぶ家臣たち、とくに大人たちの間ではそれだけでも十分だったらしく快哉を叫んだ。
……若干拍子抜けではある。どうやらゲームのステータス画面のように数値やら効果やらがそのまま表示されるわけではないらしい。といっても、俺も前世では鍛錬ばかりでそちらの方面は友人の受け売りでしかないのだが。
…………あのバカは元気にしているのだろうか。断っても断っても会うたびに同じゲームを勧めてくるのは困りものだったが、変わり者の俺とも不思議と気が合う変な奴だった。
「ああして、天恵の名を明らかにした後、教会の連中が記録をあたるのだ。それで己の天恵がどのような力を授けてくれるのか知ることができる。まあ、王族の場合は知れ渡っておるから、その必要もないがな」
「……なるほど」
そんなことを考えていると、俺が困惑していると思ったのか、母上がそう耳打ちしてくれる。
こればかりは実際にこの儀式に立ち会ってみないと分からない情報だな。しかし、一つ疑問が浮かぶ。
「母上、授かった天恵が記録にないものであった場合はどうなるのでしょう?」
「うむ。その場合は似たような名の天恵から推測するしかないが、まあ大抵の場合はわかる。血縁であれば天恵も似るからな」
「では、まったくの未知の場合はどうなるのです? 例えば、読めない文字で書かれているとか」
「それが困りものでな。例はあるにはあるが、まず苦労する。自らの手で天恵を確かめねばならんからな。口さがないものは女神に嫌われたもの、『理外の者』などと呼ぶそうだが――おっと、次だぞ。いってこい。母はここで見守っているからな」
そうこうしているうちに、司祭が俺の名を呼ぶ。ガッツポーズをする母上に見送られ、祭壇の前へと進んだ。
祭壇の隣には、第三王女オルフェリアが見届け人として立っている。彼女は俺の姿を認めると、かすかに口角を上げた。
やはり、わからん。いくらうちの家格が高いとはいえ第三王女が直接気に掛ける理由はないと思うのだが……、
「さ、クロウ様。御手を」
「あ、ああ、わかった」
司祭に促されて、女神の涙石に掌を乗せる。瞬間、石から熱のようなものが体に流れ込み、意思から一筋の光が発せられた。
そうして、その光は第三王女の時と同じく空中に天恵の名前を記した。
そうし示された天恵を見て、大聖堂がどよめく。それらを構成するのは驚きであり、困惑であり、また失望でもあった。
だが、俺は、俺だけは歓喜に満ちていた。もしできることならこの場で跳びあがり、快哉を叫んでいただろう。
涙石から発せられた光は空中に『日本語』でこう記していた。
『武士道とは――』と。
――
あとがき
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