もう一つの世界線

@runa3d

第1話

「アイツ、死んどるはずやんな」


「うん、おかしいよな」


双子の兄弟はある少年をいぶかしげに見ながら言っていた。


双子は、兄の千里(せんり)が未来予知ができて、弟の回人(かいと)はタイムリープができる。不思議な能力を持った兄弟であった。


千里は中学三年生の時に同級生の、ある少年の未来が見えていた。それはその当時の制服、学ラン姿でマフラーを巻いた少年が大量出血して倒れている映像であった。


そして現在、双子の兄弟たちの制服はブレザー姿になっており、景色の違う校舎の外には葉桜がそよ風で揺れている。


千里は今まで、こうやって沢山の人の結末の映像を見てきているので、あの少年が無傷で生きている事に驚いていた。その事を聞いていた回人もまた同じであった。


「絶対、アイツ何かの能力、持っとんで」と回人が言うと千里は頷いて「なぁ」と答えた。


双子の兄弟は意を決して、少年と接触してみる事に決めた。


今まで話しかけずにいたのは、その少年には友達という人がいなかったからである。いつも一人で本を片手に歩いている姿しか見た事がなかったので近寄りがたかった。どちらかというと兄弟は派手な出で立ちで、クラスメイトや教師との立ち回りも上手い。なので地味で単独行動をするという、自分たちからすると全く理解できない未知で根暗な少年を警戒していたのである。


しかし常に少年を監視していたので、その行動は大体、把握していた。少年は昼休みになると図書室へ行く。


なので兄弟が先回りして図書室で待てば、少年が引き戸のドアを開けて入ってきた。少年は最初だけ目を見開いて双子の兄弟の存在に驚いていたようであったが、すぐに目を伏せて兄弟に背を向ける形で席に座って本を開いた。


その日、双子の兄弟は少年に話し掛ける事は出来なかった。やはりあまりの性格の違いに共通点が見出せず、少年に話し掛けようと頭の中で試みるも全て、こちら側がダル絡みをするという形で終わる。これでは肝心の相手の能力を聞き出せそうには無かった。しかし少年はお腹が空いていたようで、昼ごはんを食べた後にも関わらず始終、お腹が鳴っていた。それに双子の兄弟は目をつけた。


それから毎日、昼休みに図書室へ行っては双子の兄弟は少年に会いに行っていた。話す事は二言三言で終わらせて、その後にかならず食べ物を渡してから図書室を出る事をした。


ある日、双子の兄弟が少年に食べ物を渡そうとすると少年は片手で拒むように「いつも、ありがとう。でも僕、何も返されへんから、もういいわ」と遠慮がちに言ってきたのである。


「ええよ。気にしやんで」と回人が言うと少年は「なんか悪いやんか」と困っているようであった。


「じゃあ、ちょっとその代わりに何でろくにご飯も食べてないんか聞かしてくれへん」と千里が踏み込むと少年は居心地が悪そうに目を伏せて答えた。


「ちょっと家に問題があって大変やってん。多分、もう良くなってはいくやろうけどさ」と間を置いて「ちょっと母親が病気になってしまって。んでもう今、離婚してだんだん回復には向かっとるんやけど、なるべく今は負担かけたくないから」とため息を吐いて話していた。


それに対して千里は率直に「ふうん」と言ってから「それにしてもちょっと暗すぎへん、自分。いっつも悲壮感が半端ないんやけど」と意見すると少年は力なく笑いながら「そうなん、僕も母親譲りで落ち込みやすい。ていうか落ち込まんと気が済まん。思い詰める作業が大事やと思っとる」と続けて「もし母親が離婚しやんかったら僕、もうこの世から消えとったと思う。確実にそういう世界線はあったはず」と言った。


「えっ、何で」と回人が聞くと少年は「僕には分かる。絶対にあった」と断言してから「僕さ、なんか危ない落ち込み方をする時があるんさな。何か急に思考が停止して気持ちだけが急降下する感覚。あの感覚の時だけは危ない」と続けて「言っとる事、分かる」と聞いてきたが、双子の兄弟は正直に「分からん」とシンクロした。


「だからあのままの状態が続いとったら間違いなく遅かれ早かれ、この世界から消えとった。きっとその気持ちと同じように現実世界でまっ逆さまに落ちて消えたはず」と少年が吐露すると千里は自身が予知して見た映像に納得をした。


「でも何で死なんだんやろう」と言う千里に悪気はなく、自分の予知能力が百発百中であった為に漏れた言葉であったが、すかさず回人が「それはもう神様のおかげやろ」と大きな声で千里に突っ込んでいた。


「違う、違う」


そう言って片手を軽く振って、あしらったのは少年であった。


「僕は神様というものを本当に信じた。で、いつも神様が見とるからって偽善と言われようが人を助けたし、人の為にいっぱい色んな事をやった。でも僕は誰にも助けてもらえる事はなかった。それは神様でさえ助ける事はなかったんや。それでもきっと報われると信じてやっとった。そのいつかは少しは来てくれるけど、すぐに助かりそうと思ったら消える。その繰り返し。いつからかそんな自分はもう生きていかれへんやろなって薄々、気付くようになって来た」と続けて「じゃあ、僕が悪いんやって思った。僕が神様にすがって良い事がある、きっと助けてくれるはずと思って人の為にやった事は間違いやったんや。僕が弱かった。見返りなんて求めたらアカンだ。そんなもんにすがったらアカンだ。期待なんてしたらアカンだ。それだけ自分が無理しとる事に気付かなアカンだんや」と思い詰めたように眉間にシワをよせていた。


それからため息を吐いて一旦、落ち着くと「んで、どんどん自分のアカン所を落ち込みながらも見付けていった。でも人はそんなに変わる事はできやんから見返りを求めて人の為にやってしまうし、間違いだって起きる。悪い奴にも騙される。それでも続けとったら何かしら周りが変わり始めたんや」と不思議そうに首をかしげていた。


「それが神様なんじゃないの」と回人が聞くと少年は「違う」と続けて「僕は神様を本当に信じてやってきて駄目やったから違う方法をとった。そしたら変わったんや。神様を信じてやっとったら変わらずに多分、僕は世界から消えとったよ。だから神様じゃない」と言った。


「じゃあ、何なん」と千里が聞いた。


「分からん。でも何かが助けてくれとる。僕が信じた神様以外に何かおるで、この世界」と少年はスマホを取り出すと画面を見て「じゃあ、もう僕行くわ」と図書室を足早に出ていった。


しんと静まり返った図書室に残された双子は感慨深げに互いの顔を見合わせた。


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