競走馬 コクヨウセキ

@runa3d

1話

いつも仕事は朝が早くて辛い。しかも体力勝負な所がある。正直、きつい。この仕事を辞めようと思った事は何度もある。それでも何とか続いているのは、最近になって戦勝してくるコクヨウセキがいるからだ。


コクヨウセキのおかげで僕の給料も上がって、それでギリギリ辞めずに留まっていられる状態である。


コクヨウセキは全身、黒い毛色のいわゆる青毛といわれる牝馬であり、その歩く姿は綺麗だと思う。僕は毛色が反射して光るあの姿が好きで、独りで勝手に彼女を「黒の女王」と呼んでいる。


しかし外見以外で僕が彼女を好きになる事はなかった。コクヨウセキは気が荒く、世話をするのも一苦労である。


今日も彼女のブラッシングをしていたら突如、腕を噛まれた。その日の触りどころや力の入れ具合が悪いと、そうなる。その後に彼女から、こう言われる。


「下手くそ」


僕は彼女に噛まれて恐怖を覚えながらも「では今日はどこをブラッシングしましょうか。女王様」と聞くと「後ろはいいから首から肩にかけてやって頂戴」とその後に尻尾を一回だけ振っていた。


僕は何も言わず、彼女に言われた通りにブラッシングを続ける。


最近になって何故か僕とコクヨウセキは話が通じるようになり、意志疎通ができるようになった。しかしだからといって彼女の世話が楽になる事はなかった。


僕が話し掛けても彼女からは、ほとんど返事をもらえた試しがなかった。コクヨウセキは気難しい性格である。




僕が連日にわたる仕事の疲れが溜まって心がボロボロの状態でもこうやって続けられるのはコクヨウセキがいるからだ。


この黒の女王が戦勝して帰ってきてくれるから、馬鹿にしてくる他の奴らより給料が上がって優越にひたれて勝っているから、何とか今の状態を保っていられる。


勝ったと思った時のあの胸のすく感じは実に気持ちが良い。頭の中で相手の嫉妬めいた目をヘビーローテーション。止められない。


でももうこの気持ちを止めたい自分がいる。これを続けても、やってはやられての繰り返し。もういい加減、断ち切る何かが欲しい。




知らぬ間に僕はコクヨウセキのブラッシングを止めて両手で頭を抱えていた。


するとコクヨウセキは僕にこう言った。


「私は自分が勝者なんて認めるのはイヤ。私が認めていたいのは何も出来ていない自分。自分が何も出来ない馬だってことを証明したいために走ってる。たったそれをするだけで何故か常に勝ちがついてくるの」と高笑いと共にいななき出した。


僕は慌ててコクヨウセキに「いななくの止めて。高笑いだけにして」と言っても彼女は止まらない。


その内に上司がやって来て「どうした。何でコクヨウセキが興奮してんだ。ウチの大事な稼ぎ頭だぞ」と怒り出していた。


「すみません」


そう言って、その日は僕を含めた数人の職員でコクヨウセキをなだめて仕事を終えた。




僕は黒の女王から断ち切る何かをもらえた。

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