第六話 無い! 無い! 無い!

 林黎人(はやしれいと)は男子大学生。ただいま、就活の真っ最中である。今日は電車に乗り、インターン先の会社へ向かっている。今回、黎人が行く会社は実家から程近い場所にある中小企業だ。通勤しやすそうだという理由だけでインターン先に選んだ。

 電車の座席に座ると、黎人はカバンから文庫本を取り出し、栞を挟んだページから読み始める。一日中スマートフォンを握って企業とやり取りするのに疲れた黎人は、移動時間くらいは別のことをしようと、本を読むことにした。これが存外良く、読書の間だけは就活のストレスを忘れられた。通勤時間の読書が、黎人のささやかな癒しだ。

 楽しい時間はすぐに過ぎる。電車は目的の駅に止まった。黎人は渋々本を閉じ、電車から降りて会社に向かった。

 会社に到着すると、社員は温かく黎人を迎えた。

「初めまして、林君。私が社長の宮崎だ。今日から二週間、短い間だが、よろしく頼むよ!」

 恰幅の良い壮年の男性が黎人に右手を差し出す。黎人はおずおずと握手した。社長の握力は力強く、黎人の右手はじんわりと痛んだ。

 初日は挨拶と説明で終わった。二日目から少しずつ仕事を手伝う。社員達はみんなとても優しい。ブラックな会社も多い中、この会社は黎人を丁寧に扱ってくれる。逆に言うとお客様扱いされており、この会社の本当の姿を見せてくれないということでもあるが、コキ使われるよりずっとずっと良い。社員同士の雰囲気も明るく、社屋は古いが掃除が行き届いている。パワハラやセクハラも無い。

 強いて問題点を挙げるならば、社長だ。

「お疲れ様、林君。今日はどうだった? 何か不安な点はないかね?」

 作業中、社長は黎人の元へ突然やってきて尋ねる。黎人は行儀よく「ありがとうございます。何もありません」と答える。

 また、作業の合間の暇な時間帯にも、社長は来る。出身はどこか、大学での生活はどうか、どんなサークルに入っているのかなど、黎人について色々訊いてくるのだ。

 おそらく黎人が孤立しないよう、積極的に話しかけて打ち解けようとしているだけなのだろうが、鬱陶しい。社長が善人であることは確かだが、所詮二週間だけの付き合いだ。暑苦しいのはごめんである。距離感を守ってほしい。

「林君、何か趣味はあるかね?」

「読書ですね。空き時間に読んでます」

 無難な答えだが、嘘ではない。

「なにを読んでいるんだい?」

「ええと、これです」

 黎人はカバンから本を出した。これは大学図書館の除籍本である。図書館では定期的に古い蔵書や雑誌が「ご自由にお取りください」の文言と共に放出される。そういう本を黎人は読んでいる。新品の本を買うのは高いからだ。今読んでいるのは、よく知らない作家の怪奇小説だ。怖くはないが、化け物の描写が気持ち悪い。

「お、牧川蓮司じゃないか!」

 社長は目を輝かせた。

「君みたいな若い人が読むとは思わなかったよ。いやあ、嬉しいな。他にも牧川作品を読む人がいて。君もファンなのかい?」

「え、あ、いや。面白そうだな、と思っただけでして」

「そうか、そうか! 私はこの本の作者、牧川蓮司の大ファンでね。ここに会社をたてたのも、この町が牧川先生の出身地だからさ」

「そうなんですか」

 蓮司は素で驚いた。知らなかった。

「牧川作品を全て読破することが夢なんだ。君が持ってるそれは、私がまだ読んだことない本だな。まさかこんなところでお目にかかるとは」

 いつにない早口で喋る社長。予想外の食いつきっぷりに、黎人はたじろぐ。

「ね、ねえ。良かったら、この本を貸してくれないか? 一度読んでみたかったんだ。それから、中身の写真も撮って保存しておきたい」

「いいですよ。むしろ、差し上げます」

「いやいやいや、それは駄目だ! こんな貴重な本を貰うわけにはいかない。借りて読むだけで十分だ」

「は、はあ。そうですか」

 図書館の除籍本である。ビニールのフィルムがかかっているし、どうみても高価な品には見えない。

「そうだ。君が本を貸してくれるなら、私も何か貸さないといけないな」

 社長は社長室へ走っていくと、一冊の本を小脇に抱えて戻ってきた。

「これを貸すよ。牧川作品の一つだ。読みやすいし面白い。是非読んでくれ」

 紺色の布表紙の本だ。シンプルだが上品である。厚みは薄く、一センチほど。

「ありがとうございます。読みますね」

 できるだけ嬉しそうに聞こえるよう、黎人はお礼を言った。

 内心、面倒臭くてたまらない。返す時に感想の一つでも聞かれるだろう。相手はオタクだ。「面白かったです」というような一言感想だけでは満足しないだろう。ネットに転がっている感想をパクったらバレるに違いない。だから黎人は、これから毎日、読みたくもない本を読み、感想を考える必要がある。

 帰りの電車で、黎人は嫌々、本を開いた。

 しかし、読んでみると、意外と面白い。妖怪と人間の純愛ものだ。二人の仲が進展する様子を、ゆっくりと描いている。古風な文体だが読みにくくはない。二人のピュアな感情が、読者の疲れた心も癒してくれる。

 数日間、黎人はインターンの行き帰りの電車で、本を読んだ。

 本を借りて数日後。黎人は借りた本を読み終わった。話の続きが気になるあまり、電車の中だけでなく、大学の講義の合間も読んでいた。今は午前の講義の休憩時間だ。黎人は本を閉じ、カバンにしまった。

(すごく良かった。俺が最初に読んだ牧川の話は、もっと気持ち悪かったが、これは全然違う。ギャップがすごい)

 なんと感想を伝えるか考えながら、黎人は講義を受け、その後レポートを書いた。時間になると、会社へ向かった。早速社長に本を返そうとして、カバンの中に手を突っ込む。

(ん?)

 指先が本の表紙に触れない。黎人はカバンの中を見た。

(無い)

 レジュメを束ねたファイル、教科書、筆箱、タブレット、財布、スマートフォン。いつもの物は全て揃っている。社長の本を除いて。カバンの中身を全部出しても本だけが無い。

「林さん、どうしたんですか?」

「い、いえ、なんでもないです!」

 社員に尋ねられ、林は心臓が跳ね上がる。怪しまれないよう、慌てて持ち物をカバンに戻した。

(何故無いんだ? カバンに入れたままにしたような──)

 必死で記憶を辿る。午前中は確かにあった。本をカバンにしまい、取り出すことはしなかったはずだ。

 だが、ゼミの時、ファイルやタブレットを取り出した。その際、無意識のうちに本も取り出し、その辺の机にポンと置いたかもしれない。

 あるいは……可能性は低いが、誰かに盗まれたという可能性もある。昼食を食べに行く時、カバンをゼミの部屋に置きっぱなしにした。誰も盗まないだろうと思ったからだ。この大学は治安が良いと思っていたが、それは黎人の思い違いかもしれない。

(どうしよう。本当にどうすればいいんだ。まずは明日、大学に落とし物として届いてないか尋ねてみよう……)

 その日、黎人は内心の動揺を隠すことに必死だった。いつも以上に社員の言うことを聞き、真面目に作業した。

「林君、本は読んでくれたかね?」

 社長が満面の笑みで話しかけてきた。黎人は爽やかな笑みを作る。

「あ、はい。読みました。あ、いや、まだ途中です」

「そうかい、そうかい。私も、君に借りた本はまだ途中だ。やはり面白いな。まだ大学には牧川作品があるのかい? あるなら、私も今度から大学に通おうかな。オークションだと出回らない本があるかもしれん」

「オークション? 本屋で買うんじゃないんですか?」

「普段は馴染みの古書店で買うことが多いな。もし牧川の作品が手に入ったら私に売ってくれるようお願いしているんだ。でも、君に貸したあの作品はネットオークションで落札した」

「いくらで?」

「確か、六十万だったかな」

「へ?」

 今、信じられない金額を聞いた気がする。

「びっくりするだろうけど、牧川作品の中じゃ格安なんだ。ネットだと時折こういう掘り出し物があるから、いいもんだよねぇ」

 スーパーの特売品を買い、達成感に浸る主婦のような言い方だ。

 黎人は必死で表情筋を吊り上げ、笑顔の維持に努めた。

 寒い。季節は初夏、もう汗ばむ時期というのに、身体がブルブル震えて止まらない。

 帰りの電車で、黎人は本について検索した。すると、古書専門の販売サイトがいくつかヒットし、そこに値段が書いてある。一番安い物で八十万円で、百万や二百万を超えるものがズラズラと並んでいる。本は全てのサイトで売り切れている。

 およそ本の値段とは思えない。軽く調べた限りだと、オカルト的な人気が高いからこの値段らしい。作者には生前、色々あったようだ。

(マジかよ。そんなに高いもん、なんで気前良く貸すんだよ……)

 翌日、黎人は大学の事務に行き、落とし物コーナーを覗いた。本は無かった。事務員に尋ねても本は落とし物にあがってないと言われた。

 焦りが募る。黎人は前日に行った場所にもう一度向かい、本を探した。ゴミ箱の中まで探したが見つからない。

 黎人は誰もいない講義室の片隅で、椅子に座り込み、頭を抱えた。とれる選択肢が一つ消え二つ消え、もう残りは少ない。

(謝るか? 誠心誠意謝れば許して──もらえないだろうな)

 貴重で大切な本を失くしてしまった。それを知った時のショックと怒りは如何ばかりだろうか。

 黎人は謝るという行為が苦手だ。自分は悪くない、と思っているからではない。相手に悪い知らせをして、激しい感情に晒されるのが怖いのだ。自分が悪いのだから仕方ないとはいえ、怖いものは怖い。なるべく避けたい。

(もう一冊手にはいりゃあ、相手の気もいくらかマシになるだろう)

 黎人は銀行口座の残高を確認した。値引き交渉が成功したら買えるかもしれない額だ。

 続いて、地域一帯の古書店を検索する。かなりの数がヒットした。どれも、会社がある町に立っている。

『ここに会社をたてたのも、この町が牧川先生の出身地だからさ』

 社長の言葉を思い出す。地元の古書店なら、地元出身の作家の本を取り揃えているだろう。値引きか、それが無理なら分割払いもできるかもしれない。微かな光明が見えた。

 黎人はいつもより早く電車に乗り、会社がある町へ向かう。到着すると、レンタル自転車を借りて、古書店を巡った。しかし結果は芳しくないものであった。一軒目、無し。二軒目、無し。三軒目、無し。四軒目と五軒目、無い。

「牧川作品は人気だから。最近じゃ全く出回らんよ。この前も別の客が探しに来てたんだが、見つからないと嘆いていたさ」

 どの古書店の店主も、異口同音にそう言う。

 だがここで折れるわけにはいかない。幸い、この町は古書店がやたらと多い。まだ行ってない店がある。そこに行けば、あるかもしれない。決して諦めるわけにはいかない。諦めたら終わりだ。しかし、会社へ行く時間が迫っていた。黎人は泣く泣く、会社へ向かった。

「林君。あと数日でインターンが終わるね。お疲れ様だ。ところで、本のことなんだが──」

「あ、すいません。まだ読んでます。多分、最終日までかかると思います」

 声が上ずり、早口になってしまう。しかし社長は気にすることなく、「そうかい。ゆっくり読んでくれていいよ」とだけ言い、去った。黎人は胸を撫で下ろした。首の皮一枚繋がった。

 黎人は使える時間を全て本の捜索に費やした。何度も大学の構内を探し、何件もの古書店をまわった。

 しかし、探し求めている本は見つからない。東奔西走しているうちに、インターン最終日の前日になってしまった。

「林く──」

「本は明日返します! すいません!」

「あ、ああ。そうか。別にいいぞ」

 黎人の迫に気圧されたのか、社長は弱々しく言ったきり何も言わなかった。

 その日、黎人は作業の合間にスマートフォンを何度も開き、地図アプリを見た。行っていない古書店はもう無い。何度確認しても、無い。

 最後の古書店にも本は無かった。もう黎人は驚かない。そんな気がしていた。もう、己の希望を潰すために古書店に向かったようなものだ。

 ああ、もう希望はない。しかし現実はある。これから一体、どうすればよいのだろうか。

 物は高額だ。なんとか弁償しなければならない。仮に金で支払うとして、どうやって金を集めたら良いのか。親に土下座したとしても、貸してくれる気がしない。

(大体、社長があんな高い本を俺に貸すのが悪いんだ)

 逆ギレしたくなるが、社長本人に言う勇気は無い。ならば、もうインターンをバックれるというのはどうだろうか。いや、逃げられる気がしない。出来もしないことは考えない方が良い。

 誠心誠意謝るしかない。しかし怖い。相手がどう反応するのか、どう思うのか、想像するだけで怖い。心臓がキュッとなる。

 心ここにあらずだが、パソコンを叩く指先はきちんと動く。作業が終わり、定時に終業となった。

(明日……まだ明日がある。明日探して無かったら、謝ろう)

 会社を出た黎人は、レンタル自転車にまたがる。出発する前に、もう一度地図アプリを開く。他に行ってない古書店は無いか? 本当にもう無いだろうか?

 ピコン、と会社の近くにピンが立った。

 店名は、新月書林。店の説明は「探している本、見つかります。魔法の古書店」とある。

 黎人は首をひねった。初めて見る古書店の名前だ。ここ数日間、ずっと地図アプリを開いて町を彷徨っていたにも関わらず、この店は今のいままで全然知らなかった。

 だがまあ、古書店は古書店だ。まだ営業中だし、例の本があるかもしれない。期待はできないが。

 黎人はアプリの案内を頼りに、自転車を漕いで店へ向かった。

 果たして、その本屋はあった。民家を改装した店だ。こじんまりとしている。窓から漏れる光は明るく、ポストの横の立て看板には「営業中」と出ている。黎人はすりガラスがはめられた戸を引いた。

「ごめんください」

 天井近くまで積み上げられた本に出迎えられる。強い圧迫感を感じる。

「……いらっしゃい」

 奥には男の店員が机の前に座り、本を読んでいる。彼の左右と背後にも本の塔がある。一体何冊あるのだろうか。

「すみません、牧川蓮司の本はありますか?」

 店員は本から顔をあげると、頷いた。

「ございますよ」

「本当に?」

 俄には信じられない。ここまで無いと言われ続けてきたのだ。

「はい。題名はなんですか?」

 黎人は題名を言う。店員は右を指差した。

「そこの通路をまっすぐ進んだ先の、突き当たりの棚にありますよ。目的の本を取ったら、早く戻ってきてくださいね」

 黎人は言われた通りに通路を右に進んだ。すぐに突き当たりの棚に着いた。

(どれだ? どこにあるんだ?)

 目の前の本棚にはぎっしりと本が詰まっている。黎人は上から舐めるように背表紙を見ていった。視線はどんどん下へ行き──、

 あった。

 薄茶色のシンプルな表紙が、客の方に見えるように飾られて置かれていた。手にとり、触り心地を確かめる。開いて中を見る。間違いない。あの本だ。黎人は本を握りしめる。店員の元へ行こうと、振り返って駆けだす。

 その途端、ドスンと何かにぶつかった。黎人は尻餅をつき、その衝撃で通路の本の塔が崩れた。そして男の悲鳴が上がった。

「な、なんだ?」

 黎人の目の前には、同じように尻餅をついた男がいる。スーツ姿の、恰幅の良い男だ。その顔は、とてもよく知っている顔だ。

「しゃ、社長?」

「林君? こんなところで何を?」

 社長も黎人の姿を見て、心底驚いた様子だ。

「その、本を探しに」

「そうか。私もだ。店員に突き当たりにあると言われて──」

 社長の目が一点に釘付けになる。床に散らばった本の一冊に。

「あった!」

 歓声を上げて本に飛びつく社長。子どもがぬいぐるみを抱きかかえるように、本を胸元に抱く。

 その本の背表紙は、黎人が社長に貸した本と同じだった。ただ同じなだけではない。透明フィルムでカバーされ、背表紙の端が一部切られている。図書館の除籍本の特徴だ。

「それ、俺が貸した本では?」

 社長の顔が固まった。満面の笑みが凍りつき、そこからどんどん萎れていく。そして、

「申し訳ない! 君の本を失くしてしまったんだ!」

 黎人の前で、ガバリと頭を下げた。

「は、はぁ?」

 黎人は呆気に取られるあまり、変な声が出てしまう。何が何だか分からない。

「君から本を借りて読み始めたはいいんだが、ある時気が付いたら、本が手元から失くなっていたんだよ。必死に探したんだが見つからず……そしてその事を今まで隠していた。言わなくてはと思ってはいたんだが、中々切り出せなくてな。それで、君がインターンを終えて会社を去るギリギリまで、代わりの本を見つけようと探していた。本当に、本当に申し訳ない!」

 またガバリと頭を下げる社長。黎人は慌てる。他に客がいないとはいえ、こんな店のど真ん中で謝罪されると、こっちが恥ずかしい。

「や、やめてくださいよ。別に失くしたって気にしません。それ、除籍本だし」

「除籍本とはいえ、貴重であることに変わりはない。それに何より、あれは君の本だ。人様の物を失くしてしまって、本当に恥ずかしい」

「いや、いいですって。俺にとっては貴重じゃないし。それに……俺も、社長の本を失くしましたから」

 黎人はとうとう言った。今度は社長が驚く番だ。

「は?」

「俺も、社長から借りた本をうっかり失くしてしまいました。探したんですが見つからず、代わりの本を探そうと、あちこちの古書店を巡って、ここに」

 一度言い始めると、すんなり伝えることができた。先ほどまであれほど切羽詰まり、焦り、恐れていたというのに。

「そうか。私が言えた義理じゃないが、先に言ってくれたら良かったのに。気にしなくてよかったんだぞ」

「ですが、六十万するんですよね?」

「え? いや。あれはレプリカだ」

 目をパチクリとさせる。今何と言った?

「原本は確かに六十万払って手に入れた。だが、私はあれをいつでも読みたかったし、人に見せたかった。だから業者に頼んで複製本を作ってもらったんだ。六十万もしないぞ。もっとずっと安い。汚れても失くしても構わん」

 黎人の全身から力が抜けた。力無い笑い声を口から漏らし、天井を仰ぐ。真っ白な蛍光灯の光が眩しい。

 ゴホン、と咳払いがした。通路の角に店員が立っている。

「お探しの本は見つかりましたか? そろそろお帰りの時間でございます」

「あ、ああ。おかげさまで」

 黎人と社長は各々が探していた本を拾い、立ち上がる。

「しかし何でここに、俺が社長に貸した、図書館の除籍本があるんでしょう。もしや、誰かが社長から本を盗んで、それをこの店に売ったとか?」

「いや、多分違う」

 社長は冷静に首を横に振った。

「おそらく、この本屋は──ああ、そうか。君はよそから来たから、この町の伝承のことを知らないのか」

「伝承?」

「後で説明する。まずはここを出よう」

 二人は店を出た。

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