*おかねもちのこ

あくびをしながら箒に乗っていたら、バランスを崩した。


そのまま家の庭にドスンと落ちて、箒が身体の上に降ってくる。


「いってえ……」


顔をしかめていると、家の窓が開いた。


「ロトちゃんおかえり。大丈夫?」


スクの後ろから、心配そうな目でロトを見ている三人が見えた。


「大丈夫。ちょっと落ちただけ」

「え、ロトちゃん落ちたの!?」


スクの驚いた声。


はあ、とため息をついて立ち上がるロト。


マントについた土の汚れを払い、箒も拾い上げる。


「たまには俺だって落ちるよ」

「……そっか」


箒を壁に立てかけて、家の中に入る。


「おかえり、ロト」

「ただいま」


挨拶もそこそこに、リビングではなく、いつも座っている椅子に向かう。


ロトの研究スペースになっている場所だ。


マントも脱がずにそのまま本を開き始めたロトを見て、三人だけではなくスクまで首を傾げた。


「ロトちゃん、ご飯食べないの?」

「後で食べる。先に食べてて」

「はーい」


食べよっか、とスクが三人に話しかけるのを聞いて、腕を組んだ。


困った学生が学園に入ってきたものだ。


どう対処するべきなのか、ロトは考えあぐねていたが、気づいたら寝てしまっていたらしい。


松原に肩を叩かれて目が覚めた。


「ロト、ご飯は?」

「あぁ……ごめん。食べる」


振り返れば、まだ全員がリビングに残っていた。


ロトはマントを脱いでから立ち上がる。


椅子に座ると、スクに心配そうな目で見られた。


「ロトちゃん、学園で何かあったの?」

「え? 何もないよ?……いや、怒られはしたけど」

「そうじゃなくて、ロトちゃんが家の中でも『俺』って言ったから気になったの」


目をパチパチさせてから、あぁと納得したロト。


無意識だったけれど。


「俺って言ってた?」

「言ってた」


うーん、とまた悩み始めたロトを見て、藤田と松原が顔を見合わせた。


「ロトが俺って言ったの、聞き間違いじゃなかったんだね」

「うん。ロトちゃんはね、学園にいるときは『俺』って言うんだよ」


鹿野はそれを聞いて納得している。


気持ちを切り替えるために、一人称を変えているのだろう。


余計なことを言うな、とロトが怒る気配もない。


かなり悩んでいるようだ。


「何か悩んでることがあるなら聞くけど。ほら、俺らはその学園ってのを何も知らないし、関わりもないから」


松原の言葉に、顔を上げたロト。


「……それもそうだね。スク、これは秘密だからね」

「わかった」


スクは頷いた。



「え、魔力を持たない学生が学園に入ってきてたの?」


目を丸くしているのはスク。


三人はよく分からないからだろう、それを聞いてもぽかんとしている。


「そう。どうしてなのかよくわかんない」


首を傾げるロト。


「入学試験はどうしたの?」

「マントと杖と、魔力石のペンダントで誤魔化したみたい」

「えー、そんなことあるんだ。お金持ちの子だね」


感心しているスクを横目に、話が分からないらしい藤田が聞いてきた。


「魔力がないと学園には入れないの?」

「うん、魔力を持つ子どもが入るのが学園だから。魔力がなかったら学校に行くんだよ」


へえ、と藤田は納得した様子。


「それが学園と学校の違いなの?」

「そうだね。だから学園は魔力があるかどうかを調べるための入学試験をしてるの。学校は特に試験はないよ」


にしても、試験官をしていた先生は気づかなかったのだろうか。


今年の試験官ではなかったことにホッとしながら、ロトはまた腕を組む。


自分が責任を問われることはない。


そもそも、ロトはここ数年、入学試験の試験官をしていない。


「その、マントと杖と……ペンダント? って一体何ですか?」


次は鹿野だ。


あぁ、とロトはポケットから小さな木の棒を取り出す。


木の棒を一度振ると、長さと形が変わって使いやすい大きさになった。


「杖はこれ。マントは椅子にかけてるあれ、いつも羽織ってるやつだね。魔力石のペンダントは……僕は持ってないけど、スクは持ってなかったっけ?」


そう聞くと、スクは少し不満げな顔になる。


「ペンダントは持ってるけど、俺のは魔力石じゃないよ」

「あ、ごめん。そうだったね」


「魔力石だなんて、バカにしないでよね」とふてくされたスクを見て、ロトは苦笑する。


申し訳ないことをしてしまった。


「それで、その杖とかマントって、持ってると何か変わるんですか?」


スクを無視して、鹿野がまた聞いてくる。


スクの様子への心配よりも、杖とマントへの好奇心の方が上回ったらしい。


スクにユキが近づいていくのを確認して、ロトもスクのことを放っておくことにした。


きっとユキが慰めてくれるだろう。


「変わるよ。魔法の使いやすさが変わるの。魔力を流すのを手伝ってくれたり、魔力を安定させてくれたりするから。補助をしてくれる、って感じ?」


へえ、と藤田が目を丸くする。


「そんな力があるの?」

「うん。大体みんなマントを羽織ってるよ。安いから買い替えるのも楽だし」


「ちょっと邪魔なときもあるけど」とロトが笑うと、三人もつられて笑った。


マントが風に煽られてバランスを崩しそうになることもあるから、案外気を使うものなのだ。


「ロトもスクも外に出るときは絶対にマントを羽織ってるよね。それも何か関係してるの?」


今度は松原が聞いてくる。


よく見ているなあ、とロトは感心した。


「うん。魔法を使いやすいのもあるし、マントで学園の関係者ってすぐわかるから楽なの」


立ち上がって、マントを取りに向かう。


三人の前で、マントを羽織った。


スクはちら、とロトを見たが、ふてくされてユキを乱暴に撫でている。


ユキも痛いのだろうが、じっと耐えていた。


「マントをこう羽織るでしょ? 留めてるこれ。これが学園の校章なの」


首元を指さすと、三人がじっとそれを見るのがわかった。


「校章に魔法がかかってて、学園関係者以外はマントを羽織れないようになってるから、これだけで身分証明になるの」


他の人が羽織ろうとするとバチッとする、と言うと鹿野が目を丸くした。


「それ、電流ってことですか? 電気があるの?」

「電気? うーん、雷みたいなものだと思うけど」


首を傾げると、鹿野が雷は電流なのだ、と教えてくれた。


空と地面の間か、空の雷雲の中で電位差が発生した時の放電で雷が落ちる、など言っていたが、ロトはあまり理解できなかった。


スクも不思議そうな顔をして、鹿野を見ている。


「……この世界では、雷はどういう認識なんですか?」


ピンと来ていないロトとスクを見て、鹿野も首を傾げる。


「精霊が落とすの。神様が怒ったときに、精霊が代わりにピシャーンって落とすんだよ。だから雷はあんまり見ないかなあ」


スクの答えに、今度は鹿野が不思議そうな顔をする。


「精霊? 魔法以外にも精霊なんてものがいるの?」

「いるよ」


疑うような目で鹿野に顔を見られたため、ロトも頷いた。


へえ、と鹿野は小さく呟いている。


「マントの話は分かったけど、その魔力を持たない学生はどうやって学園に入ったの? 聞く限り、マントと杖は補助的な役割を果たすだけで、それそのものが魔力を持ってるわけではないんでしょ?」


藤田に言われて、また頷く。


ロトは杖を一振りして元の木の棒に戻し、マントを脱いだ。


「マントも杖も、魔力は持たないよ。使う人の魔力の量に左右される。でも、魔力石ってのがあってね。魔力がない人でも魔法を使えるようにするための石なの。その人は魔力石のペンダントを持って、マントと杖の補助を借りて魔法を使ってたみたい」


杖も魔力石も結構高いものなんだけどね、とロトが呟くと、松原が苦笑した。


スクが言った「お金持ちの子」とはそういうことなのか。


「魔力石は学校に通う子が日常生活で困らないようにするためのものじゃん。俺、魔力石がなくても普通に魔法使えるもん。魔力あるもん」

「わかったって、スク。ごめんね?」


まだスクはふてくされていた。


三人にもスクが機嫌を損ねた理由がやっと分かったらしい。


スクは魔力石を持っている、とロトが思ったことがショックだったのだ。


魔力石を持つということは、魔力がないか、あったとしても少ない、ということを意味する。


口を尖らせて、ロトを見上げたスク。


「浮遊術学、教えて」

「えぇ? 浮遊術学なんて、飛行術学とほとんど同じじゃん」

「そのほとんど同じ、が俺にはできないの! 悪かったね!」


やっぱり魔力石が必要なのかな、と呟き始めたスクを見て、はぁとため息をついたロト。


「わかったよ。浮遊術学ね」

「やった! ロトちゃん大好き!」


ロトに抱きついたスク。


ロトは少しよろけながらもスクを受け止め、危ないでしょ! と怒っている。


藤田はそんな二人を見て苦笑する。


なんだかんだでロトはスクに甘い。


「でも、ロト。その人どうするんですか? 魔力がないと、他の授業でも困るはずですよね? 他の先生は何も言ってなかったんですか?」


鹿野の言葉に、頭を掻いたロト。


「それが、他の先生は誰も気づかなかったんだって。僕が気づいて他の先生に聞いてみたら、気のせいじゃないかって言われたけど……念のために検査してみたら、魔力がなかったってわかったの」


え、とロトに抱きついたままのスクも目を丸くする。


「試験官の先生だけじゃなくて、他の先生もみんな気づかなかったの?」


藤田と鹿野、松原も目を丸くしている。


またはあ、とため息をついたロト。


「僕が授業をしてその学生を見るまで、うまく切り抜けてきてたみたいだね……僕の開講が遅れたのもあって、気づいたのがこのタイミングだったみたい」


他の先生は一体何をしていたんだ、と言いたくなってくる。


どこかのタイミングで違和感を持つこともなかったのだろうか。


「ロト先生が気づかなかったらとんでもないことになってました、って言われたけど。もうとんでもないことなんだよね。僕の方でもどうしたらいいか考えてほしいなんて言われたけど、そんなの言われても困るよ」


哀れみの目を向ける鹿野と松原。


対応を押し付けられる苦労はよく分かる。


「ロトはそれで悩んでたの?」

「うん。あと、眠かったからあくびしたの。そしたら箒から落ちた」


はは、とスクが笑った。

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