195 八方塞がり
「この状況で大田区の研究所まで安全に行けるのか?」
にわかに信じがたい話だ。
しかし、愛理は「一つだけ方法はある」と断言した。
「でも、この方法はオススメできない」
そうだろうな、とは思った。
オススメできるなら最初に言っていたはずだ。
それでも、聞いておく必要があった。
「教えてくれ」
「私の力でここと研究所を繋ぐポータルを作れる。それを使えば研究所に瞬間移動できる」
「ポータルって何だ……?」
首を傾げる俺。
美咲や由香里も「さぁ?」と理解できていない。
「トラえもんのどこでも扉みたいなもんだと思う」
という麻衣の説明は正しかったようだ。
愛理が頷いている。
「扉ではなくて黒いモヤモヤした塊だけど、とにかく内容は同じ。ポータルを通れば一瞬で手島重工の研究所に到着する」
「それは〈マーカー〉が付いていない者でも大丈夫なのか? 対象を転移させるには〈マーカー〉をつける必要があるはず」
手島が尋ねる。
「その点は大丈夫だけど別の問題がある」
「別の問題って?」
愛理は視線を俺に戻した。
「発動するとクロードにも分かるようになっている」
「ポータルを繋いだ瞬間、こちらの思惑が向こうにバレるわけか」
「うん。手島祐治たちが研究所に移った瞬間、クロードも研究所へ行くに違いない。そして、研究所の機械を破壊したり、手島祐治たちを襲ったりすると思う」
「なるほどなぁ」
「だったら私らが研究所に行って機械を操作するのはどう? 私たちなら〈聖域〉があるから安全だし」
彩音がそっと手を挙げながら言った。
「無理だな。機械の操作はそう容易くない。それに、ここの機械が地球にあるものと全く同じなら、操作する前に生体認証を通す必要がある」
「なら研究所じゃなくて別のところに行ったらいいじゃないっすか!」
謎の提案を始めたのは燈花だ。
「別のところ?」
「例えば日本の裏側っすよ!」
琴子が「ブラジルですかな!」と補足する。
「たぶんそうっす! 愛理のポータルで瞬間移動できるなら、ブラジルと日本を行き来したらどうっすか!? たとえクロードが爆速で飛行できるといっても、日本とブラジルだったらそう容易く移動できないと思うんすよ!」
「その手があったか! 天才の閃きではないか!」
涼子が鼻息を荒くする。
燈花は「ふっふっふ」としたり顔。
しかし――。
「それは無理じゃないか?」
俺は冷静に言った。
「どうしてっすか?」
「愛理がポータルを使えるってことは、クロードも使えると思うぜ」
「「「あっ」」」
燈花と涼子、さらに里奈もハッとする。
「漆田風斗の言う通り。付け加えるなら、ブラジルは存在しないから行けない」
「存在しないってどういうことだ?」
「この階層に存在しているのは日本だけだから。また、日本の中でも、本土から離れている小笠原諸島などは存在していない」
「そうだったのか」
強まりつつあった希望の火が再び弱まっていく。
「少し息抜きをしませんか?」
美咲が提案した。
「突っ立って考えても閃かない時は閃かないからな」と手島。
「ならレストランに移動して休憩しよう。簡単な自己紹介をしたり、俺たちが使えるスキルやショップだったりの説明もしたい」
異議が出なかったので、俺たちは船内を移動した。
◇
レストランにて。
美咲の用意した軽食を堪能しつつ一服する。
この間にもクロードが攻めてきたら……という恐怖は少なからずあった。
幸いにもそうはならなかったが。
「やっぱり美咲の料理は美味しいー! このサンドイッチも最高!」
俺の隣に座っている麻衣が、グッと親指を立てる。
「コーヒーも完璧だ」
手島も頬を緩ませている。
「まとめると、スキルは〈索敵〉〈聖域〉〈強化〉〈無敵〉の四つしかなくて、今日まだ使っていないのは美咲と燈花、あと彩音先輩の三人ってことかな?」
麻衣が本題に入った。
「そうね」
彩音は頷いたあと、自分のことは呼び捨てで呼ぶようにと付け加えた。
「全員の所持ポイントから考えるに、〈聖域〉リレーで逃げ切れたんじゃない?」
「前に俺も同じことを考えたが、愛理に却下されたんだよね。それをするとクロードが設定を変えてくるからって」
麻衣の言う〈聖域〉リレーとは、全員で順番に〈聖域Lv.3〉を使う戦術だ。
〈聖域Lv.3〉の効果時間は3時間で、スキルを使える者の数は8人。
だから、リレー形式で発動すれば24時間無敵を維持できる。
「やっぱり風斗も考えていたんだねー」
「まぁな。だが、現実は甘くないわけだ」
「現実は甘いけど相手がインチキなんすよー!」
と、サンドイッチをドカ食いする燈花。
口の端に付着したマヨネーズをペロリと舐めて笑みを浮かべる。
「スキルはそんな感じとして、私たちの勝利条件である日本への帰還は、『時間切れまで生き残る』『クロードを倒す』『ゲートで脱出』の三つでいいのかな?」
「そうだな」
ただし、どの方法も絶望的だ。
時間切れを待つのは論外として、クロードを倒すのも不可能だ。
ゲートの生成にしても、要となるバルゴリウムが届きそうで届かない。
「現実的なのはバルゴリウムの調達だよねー、やっぱり。手島さんが反応器を持っているわけだから、時間の限り試しまくってバルゴリウムを抽出できる可能性に賭けるしかないっしょ!」
「それが一番マシになるか。宝くじで一等を当てるより低い確率に感じるが……」
麻衣の言う手当たり次第に試す案には二つの問題がある。
一つはバルゴリウムを抽出できるアイテムが見つかるかどうかだ。
愛理や手島によると、この時点で絶望的な厳しさらしい。
だが、仮に見つかっても問題は解決しない。
必要な量のバルゴリウムを抽出できるかどうかも問題になる。
奇跡的に素材を見つけても、量が足りなければ意味がない。
量を確保するには同じ物を爆買いすることになる。
そのための資金が足りるのかどうかは何とも言えないところだ。
「他に策がない以上、やるしかないっしょ!」
「それもそうだな。仮に抽出できなくても、クロードに投げつけるとかして嫌がらせに使えるだろう。なんたって奴は顔と腕が剥き出しになっている。いくら不死身でも顔にあれこれぶっ掛けられようものなら……」
冗談を言っている時、突如、俺に電流が走った。
話すのをやめて、光の速さで脳を回転させて計画を練る。
島で苦楽を共にしてきた麻衣には、一目で状況が分かった。
「その顔! 風斗、ついに何か閃いた!?」
「いよいよ出るっすか!? 風斗の奇策!」
燈花たちも興奮する。
「愛理に可能か確認するまで何とも言えないが――」
そう前置きしてから、俺は言った。
「――それなりの奇策を閃いたかもしらん」
「「「おおおお!」」」
皆が目を輝かせる。
「で、どんな方法なんよそれ!」
前のめりになる麻衣。
「簡単に言うと――バルゴリウムを囮にするんだ」
誰もが「え?」と耳を疑った。
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