194 バルゴリウム

「ゲートを生成できないってどういうこと? 私の提供したスマートフォン型の記憶デバイスを解析したからここまで来られたんじゃないの?」


 俺たち以上に愛理が驚いていた。


「それはそうなんだが、バルゴリウムが不足していてな」


「バルゴリウム?」


 愛理も知らないようだ。


「ゲートの生成に使うエネルギーのことだ。そちらでの名称は知らないが、手島重工ではそう呼んでいる」


「じゃあどうやって戻る予定だったんだ? 侵入してきたからには帰還のことも考えているものだと思うが」


 これは俺の問いだ。

 愛理も同感のようで頷いている。


「帰還用のバルゴリウムは島で調達する予定だった」


 手島曰く、日本だと手島重工の研究所でしか作れないそうだ。


「調達……。それってどういう見た目? そこらに生えているの?」


「見た目はガスのような気体で、生えてはいないが、生成したり抽出したりすることができる。今回はバルゴリウムを含む物を用意してもらい、そこから抽出する予定だった」


「バルゴリウムを含む物っていうと?」


「この島には存在していて地球には存在していない物であれば何だっていい。」


「例えば万能薬とか?」


「まさにそれを想定していた。そうした地球の常識では考えられない仕組みの物にはバルゴリウムが含まれているはずだ」


 何となく分かった。

 愛理が言うところの「生命の大樹から得られるエネルギー」が、手島の言う「バルゴリウム」と同じ、もしくは似た類のものみたいだ。


「涼子と燈花が理解できていないっぽいので説明すると、〈ショップ〉で万能薬を爆買いすれば帰還できるってこと!」


 麻衣の分かりやすい説明に、二人は「なるほど!」と納得。


「そんなわけで涼子、万能薬を買いまくって! 私と麻衣のスマホにはコクーンがなくてさー!」


 手島が「そういうことだ」と頷くが――。


「すまないが無理だ」


 涼子に代わって俺が答えた。


「なんですと!?」と、大袈裟に驚く麻衣。


「このイベントが始まる時にコクーンが改修されてな。〈ショップ〉自体は残っちゃいるんだが、地球に存在しない物は買えなくなった」


「じゃあ万能薬も強壮剤もないってこと!? 私、強壮剤を大量に持って帰ろうと思っていたのに! 生理が一瞬で治る神の薬だから!」


「うむ」


「手島さん、地球に存在する物じゃダメなの? 〈ショップ〉で買うなら万能薬でもスポーツドリンクでも変わらないと思うが」


 ここまで無言だった男・重村が口を開いた。


「無理だとは思うが、試してみる価値はあるな」


 ということで、俺は〈ショップ〉で色々と買ってみた。

 飲み物から弾薬まで幅広く揃える。


「買った物をこれに入れてスイッチを押す。あとはこの部分が青く光れば成功――バルゴリウムを抽出できたことになる」


 手島が筒型の弁当箱みたいな機械を見せながら説明する。

 まずはスポーツドリンクをペットボトルごと入れてスイッチオン。

 反応器と呼ばれるその機械が「ブブーン」と振動する。

 そして――。


「やっぱりダメだな」


 結果は赤色の点灯。

 つまりバルゴリウムは抽出できなかったということ。

 他の物でも試したが、結果は変わらなかった。


「バルゴリウムの現地調達ができないのは想定外だったな……」


 クールな手島の顔に焦りの色が浮かぶ。

 俺たちも不安になってきた。


「えー! じゃあ私たちもここに閉じ込められたまま死んじゃうんですか!? せっかくまーくんを口説き落としたのに! 私の野望はこれからなのに! セレブになる夢があったのに! 天空の城で結婚式を挙げる予定だったのに!」


 里奈が武藤の腕に抱きつきながら喚いている。

 言葉とは裏腹に悲壮感や絶望感は漂っていない。

 むしろ楽しそうですらあった。

 さすがは涼子の親友だ。


「バルゴリウムの調達か……」


 俺は無意識に呟いていた。

 手島たち後発組と違い、こちらの絶望感は薄れている。

 なにせ可能性が見えてきたからだ。


 今までは完全に詰んでいた。

 どう抗ってもイベント最終日まで無事でいられる気がしなかった。


 だが今は違う。

 勝利の可能性が見えている。

 どうにかしてバルゴリウムを調達するだけでいいのだから。

 あとはどうするかだが……。


「懐かしいなぁ、風斗のその考え込む顔」


 麻衣がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。


「相変わらずだろ?」と笑う俺。


「うん! それで何か閃いた?」


「閃いたってほどではないんだけど――」


 期待させないよう前置きする。

 しかし、女性陣は「おお!」と歓声を上げた。

 明らかに期待されている。それも思いっきり。

 その反応を見て、手島や武藤、重村も期待のこもった目を向けてきた。


「今までは手島重工の研究所でバルゴリウムを作っていたんだよな?」


 まずは念のために確認する。


「そうだ」


 頷く手島。


「だったら手島重工の研究所に行けば作れるんじゃないか?」


「どういうことだ?」


「この島は日本を模した……というより忠実に再現しているんだ。それも震災が起きる前の状態で。手島重工の研究所がどこにあるかは知らないが、きっと他の施設と同じように再現されているはず」


「仮にあったとして機械は動かせるのか? 外観がわだけ同じでも意味がない」


「クロードが意図的に弄っていない限り大丈夫だと思うが……」


 俺は「どうかな?」と愛理を見る。


「大丈夫、クロードは絶対に弄っていないと断言できる。戦力の設定やクロード自身の能力を強化するのと違って、特定の施設に手を加えるのは難しいから」


「なら残す問題は研究所の場所と、研究所に着けばバルゴリウムの生成ができるのかどうかだと思う」


 今度は手島に「どうかな?」と尋ねる。


「研究所の場所は東京の大田区にある。ただ、研究所に着いてすぐにバルゴリウムを生成できるかは分からない。バルゴリウムの作成には原油を始めとする様々な資源を使うが、それらが備蓄されているか不明なのでな。機械が停止しているなら起動するのにも時間を要する」


「この場所は漆田風斗たちが転移する少し前をベースに構築している。つまり今年の7月上旬頃を再現している」


「ならば問題ない。その時点であれば、バルゴリウムを生成する環境は十二分に整っている。もしかすると既に生成済みのバルゴリウムを備蓄しているかもしれない。それであれば、生成するまでもなく速やかに調達可能だ」


 手島が自信に満ちた顔で答える。

 彼らの登場によって、くすぶり始めた希望の火が急速に拡大していく。


「あとはどうやって手島重工の研究所まで行くかだね!」と麻衣。


「そんなの〈聖域〉を使って突っ込めばいいじゃないっすか!」


 燈花の意見に「うむ!」と涼子が頷いて同意。


「それは無理」


 だが、愛理は首を振った。


「どうしてっすか?」


「手島祐治たちにはスキルの効果が適用されない」


「なんでっすか!?」


「〈マーカー〉がついていないから」


「そういう仕組みなだったんすかー! じゃあ敵の攻撃で車が爆発しちゃったら、手島さんたちだけ死ぬってことっすね!」


「その通り」


「〈聖域〉が何かよく分からないけど、それがあったら風斗らは無敵なんだよね? なら風斗らは〈聖域〉で囮になって、その間に私らはボートで研究所に向かうってのはどう? 〈マーカー〉がついていないから海の敵にはバレないし!」


 これは麻衣の提案だ。


「俺は名案だと思うが、愛理は?」


「私は微妙に感じる。〈マーカー〉がなくても、徘徊者に見られたらクロードに気づかれるから。徘徊者は20メートル程度の距離があると気づかない設定になっているけど、視力自体は非常に良くて数キロメートル先まで見えている」


「するとリスクが高すぎるな。監視の目をかいくぐって海を渡るのは至難の業だし、仮に大田区まで辿り着けたとしても研究所へ着く前にバレそうだ」


「そう思う。陸ならまだしも海を移動している最中にバレたらおしまい。クロードは海の敵を操作できるから、〈マーカー〉がなくても襲われる。だからオススメしない」


 俺は「うーん」と唸った。


「何か策はないものか」


 皆を見るけれど、誰も口を開けないでいた。


「リスクがどれだけ高かろうと麻衣の案が一番マシになるのか」


「我々はそれでもかまわない。ここに来た以上、リスクは承知している」


 手島が言う。


「じゃあ、手島さんらには申し訳ないけど……」


 俺が話している時だった。


「待って」


 愛理が止めてきた。


「どうした?」


「作戦を決める前に選択肢を増やしておきたい。全て加味した上で判断したほうがいいと思うから」


「というと?」


「実は研究所まで安全に行く手段が一つだけある」


「なんだと!?」

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