192 栗原の最期

「おい愛理! 再生機能なんて聞いてないぞ!」


「私だって知らない! こんなの!」


 珍しく声を荒げる愛理。


「アリィ、ザコの戦力だけでなく俺の設定も確認しておくべきだったな」


 クロードがニヤリと笑った。

 今までと違い、その顔がしっかり見える。

 再生された頭と腕が剥き出しになっているからだ。


 初めて見る異世界人の顔は、明らかに日本人とは違っていた。

 日本人の感覚で言うところの欧州系だ。

 渋い声に違わぬ濃い顔立ちの30代後半、ムカつくことにイケメンだ。


「それって……」


 ハッとする愛理。


「どういうことだ愛理」


「端的に言うと、あのクロードは不死身ってこと。換装体の設定を不正に変更して、どうやっても倒せないようにしている」


「正解だ」


 またしても勝ち誇ったように笑うクロード。

 そんな彼の足下で――。


「ガハッ!」


 栗原が大量の血を吐いた。

 足から伸びる剣が消え、地面にうずくまっている。


「この野郎!」


 俺はクロードに斬りかかった。

 涼子と彩音がそれを援護してクロードを後退させる。

 不死身のくせに回避行動をとるのが滑稽だ。


「栗原君!」


 美咲がウシ君から降りて駆け寄る。

 栗原の前でしゃがみ、彼の口に付着する血をハンカチで拭いた。


「美咲ちゃん……ごめん……俺……」


 震える右手を懸命に伸ばす栗原。

 その手を、美咲は両手で優しく包み込んだ。


「謝ることなんかありません! 何も!」


「最後に……わがまま……いい……か……?」


 栗原は自らの死を悟っていた。

 俺たちも彼の命が間もなく尽きることを覚悟していた。

 それほどまでに重傷であり、万能薬がない以上、手立てがなかった。


「私にできることなら何でも」


「じゃあ……俺にも……キス……してくれ……」


「えっ」


 驚く美咲。

 だが次の瞬間、恥ずかしそうに顔を赤くして答えた。


「……額でも、よろしければ」


「それでいい……」


「分かりました」


 美咲は体を倒し、栗原の額に唇を当てた。


「あり……がとう……。ごめんな……嫌いな奴に……キス……させて……」


「安心してください。栗原君のこと、もう嫌いだなんて思っていませんから。更生したのをずっと見てきました。私のほうこそごめんなさい。今までお伝えできなくて。それに、距離を感じさせる態度を続けてしまって」


「そう言ってもらえると……生きてきた甲斐が……あ……った……」


 それが栗原の最期の言葉だった。

 幸せそうな笑みを浮かべ、涙を流しながら、彼はそっと目を閉じた。


 そして、この世から姿を消した。

 毒嶋の時と同じように、血溜まりだけを残して。


「安心するがいい負け犬よ。かつてのお前の意志は俺が継いでやる。一人ずつこの場にいる女をいたぶりながら殺し、漆田風斗に絶望を与えてやろう」


 クロードが近づいてくる。


「あの野郎……!」


 分かりやすい挑発でも腹が立つ。

 ――が、俺は動くことができなかった。


 奴が不死身である以上、戦うことに何の意味もない。

 栗原の死を犠牲にしないためにも、今できることは一つしかなかった。


「皆、悔しいが撤退だ。琴子、〈聖域〉を頼む」


「了解ですとも!」


 琴子が〈聖域Lv.3〉を使い、俺たちは敵に背を向けた。

 逃げ切れるとは思わないが、それでも懸命に走る。


「フハハハ! 逃げろ逃げろ! 最後まで悪あがきしてみせろ!」


 クロードは高笑いするだけで追いかけてこない。

 その代わり、そこら中に現れた大量のザコ徘徊者が襲い掛かってきた。


「邪魔だ! どけ!」


 道を塞ぐ徘徊者に剣を振るう。

 〈聖域〉が発動しているので殺すことはできない。

 それでも、押しのけて道をこじ開けることは可能だ。


(栗原……すまねぇ、仇をとってやれなくて)


 港に停泊しているクルーズ船まで、俺たちはひたすら走り続けた。


 ◇


 辛うじて逃げ切れた。

 というより、クロードがあえて見逃した。


 なんにせよ、俺たちは船まで到着。

 スロープを上げて、敵の乗船を不可能にする。


 ただ、そこに至ってから思った。

 船に逃げたのは失敗だったのではないか、と。


 クロードは空を飛べる。

 その気になれば軽くひとっ飛びして乗り込めるはずだ。

 逃げるのに必死で、そんな当たり前のことすら考え忘れていた。


 気づいた時には絶望したものだが――。


「奴は乗り込んでくるつもりがないようだな」


 クロードは港でくつろいでいた。

 どこからか用意した革張りのソファに座ってワインを飲んでいる。

 周囲にはおびただしい数の徘徊者がいて、港を完全に占領していた。


 そんな様子を、俺たちは船内の窓から眺めている。

 午前とは打って変わって生きた心地がまるでしなかった。


「漆田君、これからどうする?」


 彩音が隣に立つ。


「どうしたものか……」


 船から出て戦ったところで勝ち目がない。

 駐車場まで走って車で逃げる、というのも不可能だ。


 なにせクロードは、午前の短時間で俺たち以外を皆殺しにしている。

 先ほど助けを呼ぼうと〈地図〉を開いたことで気づいた。


 つまり、奴は戦闘機並みの速度で移動できるということ。

 トラックのアクセルをべた踏みしたとしても逃げ切れない。


「――!」


 頭を抱えていると、クロードが何かを召喚した。


「あれは……拡声器か?」


「そうみたいね」


『テステス、あー、聞こえるか? 地球人ども!』


 声を発したと思いきや、クロードは驚いた様子で拡声器を見る。

 自分の声が想像していたより大きかったのだろうか。

 間抜けではあるが、だからといって俺たちの気は緩まない。


『お前らに選ばせてやろう。降参して俺に殺されるか、それとも引きこもって船ごと沈められるか、もしくは……潔く自分自身の手で生涯を終わらせるかをな! なんだったら逃げてくれてもかまわないぞ!』


 ハッハッハ、と高笑いするクロード。

 その不愉快極まりない声も、拡声器に乗って俺たちに届いた。


「もうおしまいっすよ……」


 燈花が両手を頭に当てて崩れ落ちた。

 タロウやコロクが悲しそうな顔で見つめている。


「風斗、何か策はないの?」


 由香里が服の裾を引っ張ってくる。

 彩音に続き、彼女も縋るような目で俺を見ていた。


「そんな、そんなこと言われたって……」


 この状況で俺たちにできることなどあるのだろうか。

 必死になって考える。

 だが、どれだけ考えても閃かない。


 そんな時だった。


「あらぁ? 珍しくしょぼくれてるじゃん! ていうか初めて?」


 陽気な声が聞こえる。

 俺たちが振り返ると、そこには――。


「よっ! 久しぶり! 風斗! 皆も!」


 ――麻衣の姿があった。

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