189 クロード

 愛理の言う通り、その後、敵の数は少ないままだった。


 おかげで日々の生活も快適なものだ。

 朝食が終わると軽く狩りを始め、昼になると船に帰投。

 豪華客船のレストランで美咲のご馳走を堪能したら狩りを再開。

 〈ショップ〉で食材や衛生用品を買えるので物資が尽きることはない。


 ただ、常に余裕かといえば違う。

 数日間隔でボス級の魔物やゼネラルと戦うことがあった。

 その時は緊張感が走るが、〈強化Lv.3〉の栗原がいるので問題ない。


 他所も同じような状況だった。

 生存者の数は約50名から変わらずで、いくつかのグループに分かれている。

 その中には〈サイエンス〉や〈スポ軍〉の残党もいた。

 驚くことに矢尾や吉岡といった旧栗原ギルドこと〈アローテール〉の面々も。

 グループチャットも以前ほどではないが動いている。


「今日も余裕そうだな」


 狩りを終えて船に戻る道すがら、栗原が言った。


 俺は「そうだな」と額の汗を拭う。

 最初は警戒していた栗原のことも、今では受け入れていた。


「イベントの終了まであと1週間そこらっすねー!」


 燈花は今日もサイのタロウに騎乗している。


「このままあっさり終わってほしいですね」


 美咲はウシ君に乗っていた。

 彼女の後ろには琴子もちょこんと座っている。


「風斗は日本に帰ったら何をしたい?」


 由香里が尋ねてくる。

 最近はこういった帰還後の話をすることが増えていた。

 彼女だけでなく、俺たち全員……もっと言えば生存者全員が。


「帰った時のことはまだ考えられないなぁ」


「案外、漆田君はずっとこの世界にいたかったりして?」


 ニヤリと笑う彩音。


「それはないけど、このままあっさり終わるとは思わないからさ」


「同感。クロードは絶対に仕掛けてくる」


 愛理は力強い口調で断言した。


 異世界人の日本人化計画を仕切っている男・クロード。

 かつて俺たちが思っていたXの正体。


「仕掛けてこようが関係ねぇ! 全て俺が倒してやる!」


 栗原が美咲に向かって誇らしげな笑みを浮かべる。

 美咲は何だか難しそうな顔で頭をペコリと下げるのみ。

 それを見た栗原は、一瞬、悲しそうな顔をする。


「たしかに栗原がいれば負ける気はしないな」


 ゼネラルすら単騎で圧倒する男・栗原。

 そこに俺たちが加われば、クロードにだって勝てるはずだ。


 この時は、そう思っていた――――……。


 ★★★★★


 無機質な白一色の自室に、クロードはいた。

 ヘッドマウントディスプレイを装着して横になる。


「さて、終わらせるか」


 クロードの全神経がデバイスに接続される。


 彼の換装体が風斗らのいる日本を模したフィールドに現れた。

 他のゼネラルと同様に漆黒の甲冑を纏っており、背丈は2メートル程。

 ただ、そのシルエットは他と違っていた。


 千手観音をモチーフにしており、腕が大量にある。

 にもかかわらず、背中には大きな翼が生えていた。


「まずは腕の多さに馴染む必要がありそうだな」


 クロードが念じると武具が召喚された。

 剣や槍の他、盾などの防具も含まれている。


「日本人どもはどこにいる」


 再び念じるクロード。

 今度は顔の前に半透明の地図が表示された。

 風斗らが使っているものと似ているが、機能は向上している。

 生存者の位置だけでなく名前まで分かるようになっていた。


漆田風斗メインディツシユは最後にしないとな」


 舌なめずりをすると、クロードを翼を羽ばたかせた。

 体がふわっと浮き、そして、目標に向かって一直線に飛んだ。


 数分後――。


「いたな」


 クロードは新潟に潜伏しているグループを発見。


 五十嵐ら〈スポ軍〉の残党だ。

 住宅街で徘徊者狩りを楽しんでいる真っ最中だった。

 その数は20人――生存者の半数近くを彼らが占めている。


「おい五十嵐、なんかヤバそうなのが飛んできているぞ!」


 丸刈りの男子生徒が声を上げる。

 それによって他の連中もクロードに気づいた。

 誰もが腕の数に驚く。


「鎧を着ているし、こいつもゼネラルだろ!」


 数メートル前方に降り立ったクロードを見ても余裕の五十嵐。

 それは他の連中も同様だった。


「500万をゲットした奴はステーキ奢れよー!」


「「「しゃー!」」」


 〈スポ軍〉の連中がクロードに突っ込む。

 全員が〈強化Lv.3〉を使用しているため動きが鋭い。

 スピードだけなら栗原を上回っていた。


(肩慣らしにもってこいの相手だな)


 クロードはニヤリと笑った。

 兜が顔を覆っているため、その口元を五十嵐たちが知ることはない。


「うらぁ!」


 複数の生徒が金属バットやゴルフクラブで襲いかかる。


「フン」


 クロードは未だ不慣れな腕を駆使して軽やかに防いだ。


「その腕、飾り物じゃねぇのかよ!」


 攻撃を防がれた生徒が慌てて距離を取ろうとする。

 彼らの戦術は島でベインと戦った時から全く変わっていない。


 全方位からのヒットアンドアウェイ。

 安全第一で絶え間なく仕掛けて隙を窺うスタイルだ。


 しかし、クロードには通用しなかった。


「「「がっ……!」」」


 気づいた頃には三人がやられていた。

 全員の腹に剣や槍が突き刺さっている。

 クロードが手に持っていた武器を投げたのだ。


「あのゼネラル、武器を投げるのかよ!」


「聞いてねぇってそんなの!」


「こいつ!!!!!!!」


 一瞬にして〈スポ軍〉の余裕が消える。

 全員が一斉攻撃を仕掛けた。

 それでも――。


「「「ぎゃあああああああああああああああ!」」」


 全く歯が立たなかった。

 クロードはすぐさま新たな武器を召喚して対応したのだ。

 全方位から迫ってくる生徒を全て切り刻んだ。


「ようやく体が慣れてきたな」


 残っているのは五十嵐ただ一人。

 彼だけは突っ込まずにいたのだ。


「ひ、ひぃいいいいいい!」


 五十嵐は恐怖のあまり腰を抜かした。

 その場に尻餅をつき、小便を漏らしている。


「フンッ」


 クロードは浮遊した状態で距離を詰め、五十嵐の首を刀でねた。


「あんがっ……」


 五十嵐はあっけなく死亡。

 他の者と同じく忽然と姿を消した。


「いいウォーミングアップになったな。さて、次だ」


 クロードは休む間もなく移動を再開。

 東北地方に点在する数人規模のグループを秒速で潰していく。


 それらは〈スポ軍〉と違い、隠れるようにして過ごしていた。

 ゼネラルやボスモンスターと戦うだけの力がないからだ。

 だからといってクロードが容赦することはない。


 そして、〈サイエンス〉の残党を狩る時がやってきた。


「君たちは離れていなさい!」


「増田先生!」


「うおおおおおおおおおおおお!」


 増田は両手で何かを抱えてクロードに突っ込む。


(こいつ、何を考えている?)


 クロードは増田の考えが知りたくなった。

 だからあえて攻撃することなく増田のタックルを受け入れる。


「僕は〈サイエンス〉の増田だ! ここは僕の世界だぁああああああ!」


 何やら叫ぶと、増田は抱えている物のスイッチを押した。

 次の瞬間、鼓膜を突き破るような爆音が響き渡った。

 彼が抱えていたのは強力なお手製の爆弾だったのだ。


「自爆特攻か。やはり地球人は変わっている」


 残念ながらクロードには通用しなかった。


「なんで死なないのアイツ……。他のゼネラルは爆弾で死んだのに……」


「これじゃあ増田先生の特攻が無意味じゃない……」


 絶望する生徒たち。

 だが、数秒後には彼らも増田と同じ末路を辿っていた。

 殲滅を終えたクロードが地図を確認する。


「残すは二組か」


 一つは風斗のグループ。

 もう一つは〈アローテール〉の生き残りだ。

 クロードが選んだのは後者だった。


「む?」


 地図を頼りにやってきたクロードだが、ここで予想外のことが起きた。

 どこを見渡しても生存者の姿が見当たらないのだ。


 場所は宮城県仙台市。

 何の変哲もない地方都市の様相を呈している。


「どこだ?」


 再び地図を確認するクロード。

 やはり〈アローテール〉の面々はすぐ傍にいる。

 もっと言えば目の前にいなければおかしい。

 なのに見当たらない。


(ここで手間取るのはまずいな)


 そう考えたクロードは不正を行うことにした。

 換装体の接続を解除し、本体で管理室に向かう。

 そこにあるパソコンを使って吉岡たちの居場所を調べた。


「なるほど、地下か。そういえば地下鉄というものがあるのだったな」


 再び換装体に戻り、地下鉄の出入口階段から地下に向かう。


(ようやく見つけたぞ)


 吉岡を含む5人の男子がいた。

 その中にはいじめられっ子の矢尾も含まれている。


 彼らはここまで戦闘を避け続けてきた。

 地下鉄の線路を徒歩で移動し、売店で食糧を調達していたのだ。

 故に戦う気力など最初からなかった。


「や、やべぇ! 敵だ! ついにバレちまった!」


 逃げようとする吉岡。

 だが、彼はクロードに背を向けると同時に死んだ。

 他の生存者と同じく剣を投げつけられた。


「うわぁあああああああああ」


 毎秒一人のペースで殺されていく。


(あとはコイツだけか)


 クロードの視界に映るのはモジャモジャ頭のメガネ男子。

 矢尾である。


「こ、殺さないで、お願いします!」


 矢尾は迷わず土下座した。


「貴様の名前は……たしか矢尾だったか」


「え? ゼネラルが話した?」


 驚く矢尾。

 その目には希望の火が灯っていた。


「貴様が選挙で見せた立ち回りは参考になった。誰よりも早く動き出し、異性を手籠めにする権利を付与すると約束することで同性票を獲得するとは考えたな」


 突然のことに理解できず固まる矢尾。

 だが、彼の驚異的な生存本能が無意識に返答させた。


「そ、そうなんです! 俺、学校ではいじめられていて、立場がなかったけど、環境に適応して、頭脳を使って生き延びてきたんです! 俺、決して役立たずなんかじゃありません! 賢いです!」


 矢尾は立ち上がり、自分の顔を指しながら懸命に訴える。


「この顔を見てください! パンパンに腫れているでしょ!? 俺、コイツらとは上手く馴染めないんです! それはきっと俺が日本人とは違う新種の存在だからだと思うんです!」


「ほう?」


「つまり、つまりですよ! 俺は日本人の中でも異端! 役に立ちます!」


「なるほど」


 クロードはニヤリと笑って答えを出した。

 武器を一つ消し、矢尾に向けて手を差し伸べる。


「おお! 分かってくれましたか! 神よ!」


 矢尾がその手を掴もうとする。


「えっ……」


 だが気づくと、彼の手首から先は宙に舞っていた。

 クロードが目にも留まらぬ速さで切り捨てたのだ。


「あんぎゃああああああああああああああああ」


 矢尾の悲鳴がこだまする。


「うるさいハエだ」


 クロードは矢尾の首を刎ねて黙らせた。


「なん……で……」


「種の生存を考えず、自分だけ生き残ろうとする……なんと穢らわしい奴だ。このような虫けら、保存する価値もない」


 他の死体がスッと消える中、矢尾の死体だけ燃えて灰と化した。

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