188 真相③

 愛理は何もない空間にペットボトル飲料を召喚する。

 その際、スマホを使っていなかった。


「漆田風斗の作戦が使えない理由は、私たちの力の源が生命の大樹だから。転移には膨大なエネルギーを使うから、敵になり得る人間を全て転移させようものならその時点で大樹が枯れてしまう」


「ふむ」


「あと、戦争になった際に私たちが掲げる勝利条件は『融合に不要な人間を根絶すること』ではない」


「そうなのか?」


「だって、そんなことをしたら絶滅しかねないもの」


「え?」


 俺には分からなかった。

 彩音と由香里は「なるほど」と理解している様子。

 他は俺と同じく首を傾げていた。


「単純に生活環境が維持できない。融合が終わると、私たちは日本人に成り代わって日本で過ごす。だけど、2000人では日本人の現在の生活を維持できない」


「それもそうか」


「加えて、地球では数多の国々が協力することで環境を維持している。もし日本の征服が成功したとしても、他の国々が日本を見捨てて一切の輸出を打ち切ってしまうと生活の維持が不可能になる」


「融合するには少なくとも主要な国々を征服する必要があるってこと?」


「そう。そして、それは非常に難しい。地球の国々で一般的な手段として用いられる外交戦略なども検討したが、それはそれで時間という問題がつきまとう。かといって情報の整合化が行われたあとでは外交戦略を展開できるか分からない」


「なるほど」


 たしかに越えるべき課題がたくさんあるように感じた。


「逆にそこまで困難な状況なのに計画を推進しようとする人がいるのは何故なの? 愛理の話だけだと私も反対派になるけど、逆の立場の人には別の意見があるんでしょ?」


 またしても鋭い質問を繰り出す彩音。


「もちろんある」


 愛理は即答した。


「逆の立場――つまり賛成派が計画を推進しようとする理由は、大雑把に言うとリスクを負うだけの価値があると考えているから。前までは地球人の実力を過小評価している者が多かったけど、そうした考えはあなたたちの転移によって是正されることになった」


「私たちの転移が何かしらの影響を与えたのね」


「正確には漆田風斗と手島祐治の存在が大きい」


「え、俺?」


「あなたたちを転移させる前に、転移者……つまりあなたたちが島でどのように行動するのかを予測した。それによって複数の答えが導き出された。実際、転移者の多くは私たちの思ったとおりの動きを見せていた」


「俺は違っていたのか?」


 全く身に覚えがない。

 記憶を辿る限り他の生徒と変わらず一般人だったはずだ。


「漆田風斗、あなたが初めて予測から外れる行動をし、特異体として認識されるようになったのは転移3日目のこと」


「そんな前!?」


 皆が「おー」と歓声を上げる。


「3日目って何だっけ……」


「リヴァイアサンを討伐した。夏目麻衣と高原美咲の3人で」


「あー」


 あったな、と思い出す。

 たしかにあれは3日目のことだ。


「ボスモンスターは数十人で戦うことを想定して作られた。ただ、行動がパターン化されているため、慣れてきたら数人でも倒せるとは分かっていた。とはいえ、わずか3日で、しかも3人で倒されるとは思わなかった」


「やるっすねー風斗!」


「やっぱり風斗はすごい」と微笑む由香里。


「じゃあお姉さんは!? お姉さんも里奈と二人でボスを倒したぞ!」


 珍しく無言だった涼子が唐突に発言する。


「小野崎涼子と宍戸里奈の戦闘は見事だったが、戦い方が予測した通りだったので驚きはしなかった」


 涼子は悔しそうに「くぅ!」と唸った。


「漆田風斗はその後も予測から外れる行動をとりつづけた。大量の動物を使ってベインを倒したり、パラセーリングを駆使した戦術でレジェンド・ナーガを倒したり。とにかく私たちにはない発想を連発した」


「それで日本人は思ったより手強いぞってなったわけね?」


 彩音の確認に、愛理は頷いた。


「ただ、漆田風斗は特異体として認識されていた。特異体というのは、日本で『天才』などと呼ばれる存在のこと。一人だけなら只のノイズとしてスルーされる。実際、クロード……今回の計画の管理者も、最初はそこまで警戒していなかった」


「そこに現れたのが手島祐治か」


「そうだけど、その前に藤堂大地とうどうだいちのことを説明させてほしい」


「「「誰!?」」」


 皆が驚く。

 俺はなんとなく名前に聞き覚えがあった。


「藤堂大地は鳴動高校集団失踪事件で最初に帰還したグループのリーダー」


 思わず「ああ」という声が漏れる。

 麻衣の情報か毒嶋のハッキングで知った名前だ。


「藤堂大地も漆田風斗と同じく特異体であり、彼の脱出が第一次融合計画を中止するきっかけになった」


「その藤堂って人がどう今回の件と影響してくるんだ?」


「特異体の現れる頻度が高すぎるのが問題視された。日本で『天才』と言えば数万人に一人を指すでしょ? 少なくとも数千人に一人とかのはずであり、決して一つの高校に一人の割合ではない」


「そうだな」


「でも、二度の実験で連続して特異体が現れた。こうなると、そもそもの前提条件がおかしいのではないか、という意見も出てきた。言い換えるなら不確定な要素が強まったわけで、征服のためのリスクが高まり、反対派が勢いづいてきた」


「で、手島の登場か」


「そう。手島祐治のゲート生成器は、地球の技術では絶対に不可能だと思われていた別の階層への出入りを可能にするものだった。これもまた誰も予測していないことであり、未曾有のリスクと捉えられた」


「なら今は反対派が幅を利かせているんじゃないか」


「……と私も思ったのだけど、現実はその逆。反対派の一部が賛成派に回ることとなった」


「どうしてだ?」


「私たちの予測だと、地球人がゲート生成器を作るのは数百年後のことだと思っていた。それが現代の科学技術でも可能になったのことから、文明レベルが想定を大きく上回っているのでは、と考えられるようになった」


「融合相手としての魅力が増したってこと?」と彩音。


「その通り」


「それで反対派の一部もリスクを承知で融合したくなったわけか」


 愛理はコクリと頷いた。


「愛理は変わらず反対派なの?」


「うん。私は最初から反対派。だからスパイとしてクロードの懐に潜り込んでこっそり計画を失敗させようとしていた」


「こうして何もかも話すってことは、クロードって奴にバレても問題ないわけか」


「というよりバレたの、昨日」


「昨日!?」


「高原美咲がこの港を目指してトラックを運転している間、私は寝ていたでしょ?」


「だな」


「あの時、私は水島愛理の操作をやめてクロードと話していたの。このイベントの設定が明らかにおかしかったからどうなっているのか確認しに行ったんだけど、その時にバレてしまった」


「バレたのによく無事だったな」


「クロードは計画の成功を確信しているからね。このイベントで生存者を全滅させたら実験が終わり、日本の征服が始まる。クロードや賛成派は既にどうやって征服するかを考えているところ。だから私にも好きにすればいいと言った」


「じゃあ敵がえらく少なくなったのは愛理のおかげか」


「うん。元の難易度に戻した。本当は敵を全て消してペットの維持費をなくしたかったのだけど、それをすると反対派の立場がますます弱くなるからできなくて」


「なるほど」


 ついに全ての点が繋がった。

 Xもとい異世界人、もっと言えばクロードの思惑も判明した。


「俺たちにできることはイベントをクリアすることだな」


 それが答えだ。


「敵の数が少ないので余裕ですかな!」


 琴子がニコリと笑う。


「たぶんしばらくは余裕だと思う」と愛理。


「しばらく?」


「クロードはいずれ帳尻を合わせるため仕掛けてくる。いきなり敵の数が増えたり、街がボスだらけになる、なんて可能性もありえる」


「じゃあ余裕のある内にポイントを稼ぎまくって銃火器を揃えないとな!」


 栗原が「おいおい」と苦笑い。


「銃を買うのはいいけどまともに使えるのかよ。小さいやつでもすげー反動だぞ。それに動いている的を撃つのって難しいぞ」


「そこは練習してどうにかするしかないだろう」


「よくいったぞ少年! その意気だ!」


 皆の士気が高まっていく。

 そんな時だった。


「あの、一つよろしいでしょうか?」


 美咲がスッと手を挙げた。


「愛理さんや異世界人の方々って、私らの動向を監視していたのですよね?」


「そう」


「それって、いつ頃の話ですか?」


「いつ頃とは?」


「例えば徘徊者戦のある2時から4時の間だけとか……」


「監視は24時間行われていた」


「えぇ!」


 目をギョッとさせる美咲。

 由香里もビクッと背筋を伸ばした。


「といっても、人手が足りないため全ての転移者を同時に監視することはできない。だから一人の転移者に費やす時間はそれほど多くない。そういう意味においては、殆ど監視されていなかったと考えていい」


「よかったぁ」


 美咲が安堵の息を吐く。

 だが――。


「ただし、例外がある」


「例外!?」


 再び目をギョッとさせる美咲。


「漆田風斗については、3日目以降、ほぼ24時間ずっと監視されていた」


「じゃあ、私と風斗君のやり取りとかも全て……?」


「もちろん」


「うっ」


 美咲の顔が真っ赤になった。

 何も言っていないが、由香里の顔も赤く染まっている。


「するとあれか! 漆田少年とお姉さんがお風呂でイチャイチャしているのも全て見られていたわけか! それとも入浴中は空気を読んで見ないでいてくれたか!?」


「いや、しっかり監視していたと思う。私は監視の任を受けていないので分からないけど、クロードの性格上、入浴中だからといって例外にすることはないと思う。彼は徹底しているから」


「わお! お姉さんの裸が異世界人に覗かれていたとは!」


「私も風斗とこっそりイチャイチャしたことあるっすよ! それも見られていたとは! しくじったっす!」


「なんと燈花さん、こっそり抜け駆けとは隅におけませんな……と言いたいところですが、実は私も風斗さんとベロチューをしていますとも!」


 盛り上がる女性陣。


「あなたたちの振るまいは参考になった」


「いや、何が参考になったんだ……」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 そんな時、何やら右の首筋に殺気を感じた。

 思わず顔を向けると。


「漆田、お前……! 美咲ちゃんがいながら他の女にも手を出していたのか……!」


 栗原が充血した目で俺を睨んでいた。

 テーブルに置いている両手がプルプル震えている。

 怒っている。どう見ても怒っている。それもマジのブチギレだ。


「待て栗原、誤解だ」


「そうか。なら何が誤解か言ってみろ」


「ああ、分かった」


 俺はスッと立ち上がった。


「何が誤解かというとアレだ」


 俺はデタラメな方角を指した。


「「「ん?」」」


 皆の視線が逸れる。

 その瞬間、俺は全力で駆け出した。


「あ! 待て漆田ァ! ぜってぇ殺す! ざけんなよテメェ!」


「ひぃイイイイイイイイイ! お許しをォオオオオオ!」


 かくして愛理の話は終了。

 俺は日が暮れるまで栗原とおにごっこをする羽目になった。

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