187 真相②
「私たち異世界人にとって、最終目標である日本人化は失敗することが許されない。それは分かるよね?」
「ああ、分かる」
「そのためには、たとえ猶予が殆どなくともぶっつけ本番とはいかず、成功を確信できる状態にする必要があった」
「要するに俺たちは予行演習に使われていたわけか」
「その通り。ただ、それは今のイベントやクラス武器などの一部に過ぎない。あなたたちの集団転移や鳴動高校集団失踪事件を行うにいたったのは、もう一つの理由によるところが多い」
さらりと鳴動高校集団失踪事件に触れる愛理。
やはりあの事件も彼女らの仕業だった。
「もう一つの理由とは何だ?」
「日本人の考え方や価値観を深く知ること。融合によって情報の整合化が行われると人格にも影響を及ぼすから。日本人化したあとも自我は残っているけれど、それは完全なものではなく、多少は元の人格と同じ行動を取りがちになる」
「例えば愛理が栗原と融合した場合、俺みたいな軟弱モヤシ野郎を見るとぶん殴らずにはいられなくなるわけか」
「そういうこと」
栗原が「おい」とツッコミを入れる。
女性陣がクスリと笑った。
「やたら考え方を問われることが多かったのはそういうことか」
アンケートだったり、ダンジョンの思考調査だったり。
「以前から風斗君が言っていた『Xは私たちを使って実験をしている』や『日本人のことを知りたいようだ』という考えは当たっていたのですね」
美咲の言葉に、「そうみたいだ」と頷いた。
「次にあなたたちが転移者に選ばれた理由だけど、これは鳴動高校集団失踪事件の被験者と数や男女比が似ていたから」
「じゃあ鳴動高校の生徒らが選ばれた理由は何でだ?」
「分からない。数年も前のことだから」
地球人と異世界人にとって「数年」の捉え方が全く違う。
「私の推測だと、当時の拙い技術力を勘案した結果、鳴動高校が理想的だったのだと思う。それか高校生なら誰でも良かったのかもしれない」
「高校生であることが大事だったの?」と彩音。
「厳密には16歳から18歳程度。それが私たちの平均寿命と近いから。日本では動物の年齢について話す時に『人間に換算すると○○歳』という表現をすることがあるけど、異世界人にはそういう考え方がない。10歳は10歳」
「でも今回は教師も含まれているよな? それはどうしてだ?」
「教師を含めるほうが有益なデータを得られると判断したから。鳴動高校の計画が失敗したことによって、日本人だけでなく地球人全体に対するさらに詳しい調査が行われた。その結果、生徒だけを転移させて得られる情報は非現実的だと判断された」
「それって転移させる前に分からなかったのか?」
「じっくり調べれば分かっていたかもしれない。でも、当時は生命の大樹が枯れるまで数年と言われていて、詳しいことを調査する余裕がなかった。誰もがパニックになっている中、たまたま地球という惑星を見つけて、慌てて融合対象に決めたから」
「生命の大樹って今は50年くらい猶予があるって言ってたよな。なんか矛盾していないか?」
「技術革新によって樹の寿命を延ばすことが可能になっただけ。ただ、根本的な解決には至っていない。このままだと大樹が枯れるのは時間の問題であり、その前に私たちは融合を済ませなければならない」
愛理からもたらされる情報の点が増えていく。
いよいよ線を描くことが可能になってきた。
しかし、今はまだ輪郭……シルエットしか分からない。
「お前はどうしてそこまでペラペラ話す? 何が狙いなんだ?」
栗原がドスの利いた声で尋ねる。
「私はあなたたちの敵ではないから」
「味方ってことか?」
「そう捉えてもらってかまわない」
「どういうことだ? はっきり言えや!」
「愛理は日本人化することに反対しているんだよ。そうだろ?」
「その通り」
「反対だぁ? それってアレか。自分の代では大樹が枯れないから子孫のことなんか知らねぇってか? 年金みたいによ」
栗原が喩えに年金を出したのには驚いた。
俺よりも社会的な男だ。
「そういうことじゃない。私も融合することには賛成している。例えば今すぐに私が日本人化した場合、私の寿命は残り14年から数十年に伸びるから」
「ならなんで反対すんだ?」
「リスクが高いから。融合を行うには、最低でも日本を征服する必要がある」
「意味が分かんねぇ。俺たちには〈マーカー〉ってのをつけてんだろ? そいつでテメェの縄張りまで転移させて融合すりゃ済むじゃねぇか」
しっかりと話を理解している栗原。
俺も同意見だった。
「それはできない。私たちの惑星には酸素が存在しないから。日本人を転移させたら融合する前に死んでしまう。何かの奇跡が起きて融合に成功しても、結局、酸素がなくて死ぬ」
「なら別の階層はどうだ? 例えばこの場所に日本人を転移させて融合することならできるんじゃないか?」
これは俺の質問だ。
「可能だけど、それはそれで問題がある」
「問題?」
「このフィールドは全て私たちが作ったもの。作ったり維持したりするのに生命の大樹から得られるエネルギーを使っている」
「大樹が枯れるとフィールドも消えるのか」
「その通り」
「でも消える前に日本に戻れば問題ないよね? ここで融合を済ませて、それから日本に転移すればいい。何かしらの理由があって転移が無理なら、手島重工が作ったようなゲート生成装置を作ればいいでしょ?」
彩音の質問は、俺や栗原よりも鋭かった。
「融合後に転移するのは無理だけど、ゲート生成装置を作ることについては可能。でも、そのためには生成装置の作り方を完全に把握している人間と融合する必要がある」
「手島重工の人間ね」
「少し違う。正確かつ完全に把握している人間は手島祐治ただ一人」
「そうなの?」
「手島祐治は情報を分割して複数の部下に与えることで情報の流出を防いでいる。だから、他の人間も完全には分かっていない。もしかしたら分かっている者もいるのかもしれないけど、記憶を覗く技術を有していないため、持っていないと判断している」
「「小難しい言い方だな……」」
俺と栗原の言葉が被る。
二人して舌打ちした。
「情報の整合化が起きることを踏まえると、実際に作れる可能性は1%にも満たない。だから、楢崎彩音の案は採用できない。もっとも、それは現段階の話。あなたたちを転移させた頃は、ゲート生成器が存在していることすら把握していなかった。だから可能性すら考えていなかった」
「なるほどね」
「話が脱線しているようだから戻すけど――」
俺は逸れつつある話の軌道を修正した。
「愛理が反対しているのは、日本を征服するにはリスクが高すぎるからなんだろ?」
「私だけじゃなくて反対派が反対する理由はその一点に尽きる。
「数が関係しているわけだな?」
「うん。といっても、異世界人と地球人が戦争すれば、技術力の差で私たちが勝つのは間違いない。問題は勝つか負けるかではなく終戦後。私たちも決して無傷とはいかない。また、地球は大きくて隠れる場所が多いから、戦争になれば膨大な時間を消費する。そうしたリスクを考慮すると、他の惑星を探査して別の融合相手を見つけたほうが良いと考えている」
「まさにそれだよ。俺が気になっているのは。もうちょっとその辺の事情を具体的に話してくれないか」
「具体的に?」
俺は頷いた。
「俺たちが現時点で分かっている情報だけだと、日本どころか地球全体を征服するのってすげー簡単に感じるんだ。例えば全人類に〈マーカー〉をつけて海に転移させたら、あっという間に溺死して全滅する。融合に必要な奴だけ選んで残せば、七面倒なイベントであれこれ調べずとも戦闘を避けられるはずだ」
愛理は「なるほど」と相槌を打つ。
「合理的な考えだと思う」
「でもさ、それはできないんだろ? やらないってことは」
「うん」
「何故できないのか、俺はそれを知りたい」
「分かった、ではそれを説明する」
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