186 真相①
戦闘を終えて船に戻った俺たち。
昼食をとるためレストランフロアに移動する。
「ずっと思っていたけど、なんでお前は誰も知らない情報を知っているんだ? 徘徊者が泳げないだの何だのとよ」
栗原が愛理に詰め寄る。
「それを今から話すつもりでいた」
愛理は適当な席についた。
俺たちは半円状になって彼女を囲むように座る。
皆の着席を確認すると、愛理はおもむろに口を開いた。
「私は地球人じゃない」
「はぁ?」
首を傾げる栗原。
「異世界人とか異星人とでも言えば分かりやすい? もう少し詳しく言うと、私はあなたたちが『X』と呼ぶ連中の一味」
場がざわつく。
「愛理さん、何を仰っているのですか?」
困惑する美咲。
燈花が「そうっすよ!」と続く。
「あなたたちがどの程度まで正確に把握しているか分からないけど、Xは一人じゃなくて集団なの。ゼネラルタイプの徘徊者がいるでしょ? あれは全て私ら異世界人が操作している。この水島愛理という日本人を模した体も、それと同じように操作している」
「グギギギッ……!」
獣のような声を漏らすのは栗原だ。
首筋に血管が浮かび上がっていて、その目は血走っている。
おそらく今すぐ愛理をぶち殺したくて仕方がないのだろう。
その衝動を抑えられている要因は二つある。
一つは更生したことによって得た自制心によるもの。
もう一つは愛理が女性の姿をしているからだ。
栗原には独自の倫理観があり、女に対しては絶対に暴力を振るわない。
それは転移が始まる前からそうだった。
島で女性陣を「犯す」などと言ってブチ切れた時もそうだ。
言葉だけで実行には移さなかった。
「話の最中に悪いけど質問させてもらっていい?」
彩音が手を挙げる。
「なに? 楢崎彩音」
「愛理の説明が正しいとしたら、ゼネラルや水島愛理って人間は実体じゃないんだよね? 地球でいうところの遠隔操作できるロボットみたいな感じで」
「その認識でおおむね間違いない」
「じゃあさ、本当の愛理や他の異世界人はどんな姿をしているの?」
「容姿は地球人とそっくり。人型で、腕や脚の数も同じ。性別も男と女に大別されている。ただし内面の仕様は異なる」
「内面の仕様って?」
「例えば生命の誕生するメカニズムがそう。地球人の場合、原則的にはセックスと呼ばれる行為をもって女性が妊娠し、出産するでしょ?」
「そ、そうね」
「でも私たちの子作りにセックスは不要。そもそも私たちは子供を作ることができない」
「子供を作れないってどういうこと?」
「私たちは『生命の大樹』と呼ばれる木から生まれるの。果物のようなものだとイメージしてもらえたら分かりやすいかも」
「木から人間が……まるでSFの世界ね」
「でもそれが現実。他にも細かな違いが無数にある。それらを挙げるときりがないから端折るけど、一つだけ知っていてほしいのは、寿命や成長速度に大きな差があるということ」
「寿命?」
「日本人の平均寿命は80歳で、18歳未満は未成年という扱いになるけど、私たちの寿命は18歳。私たちの場合、平均寿命からのプラスマイナスは1歳ほどしかなく、病気や事故で死ぬことがない。そのため、どれだけ高齢の者であっても、19歳になると老衰によってその生涯を終える」
「愛理は何歳なんだ?」
反射的に尋ねてしまう。
「私は4歳」
「「「4歳!?」」」
誰もが驚く。
「成長速度が地球人とは違うから。2歳まで子供として扱われ、それ以降は大人になる」
「すると、異世界人からすると俺たちは立派な大人ってことになるのか」
「そう」
話していると、突然、栗原がテーブルを叩いた。
「異世界人の素性なんかどうだっていいだろ! 話を進めろ!」
愛理は「分かった」と頷いた。
「私が徘徊者のことに詳しい理由は異世界人だからということで、次はこのイベントの話をする。外でも話したけど、このイベントの難易度は今日が正常なの。今までは通常の数百・数千倍、下手するとそれ以上に設定されていた。管理者によって不正に」
「じゃあ今後も余裕ってことですかな?」と琴子。
「うん」
「クリアしたら本当に日本へ帰還できるんすか? ペットはどうなるっす?」
愛理はゆっくりとした動きで燈花を見る。
「クリアすると我々の計画は失敗になり、あなたたちは無事に日本へ帰還することができる。ペットについては分からない。でもたぶん日本には連れて帰れないと思う。〈マーカー〉がついていないから」
「〈マーカー〉って何すか?」
「転移させるのに必要な印のこと。あなたたちの体内には〈マーカー〉がついているけど、ペットにはそれがない」
「体内に!? それって大丈夫なんすか!? 健康的に!」
「問題ない」
「ならタロウたちにもつけてほしいっす! お別れなんて嫌っすよ!」
「それはできない」
燈花は「そんなぁ」と唇を尖らせた。
話が落ち着いたようなので、今度は俺が質問する。
「さっき『異世界人の計画』と言っていたけど、計画って具体的にどういうものなんだ? どうして俺たちだけが転移させられた?」
「計画の最終目標は日本人と融合すること」
「「「融合?」」」
誰も理解できていなかった。
「私たちが生まれる方法として『生命の大樹』の話をさっきしたでしょ?」
「うむ」
「その木が枯れ始めているの。元々は数百本とあったけど、今はもう数十本しか残されていなくて、このままいくと50年以内に全ての木が枯れる」
「つまり異世界人が絶滅するということか」
「そう。地球の動物が環境に適応するべく進化するのと同じで、私たちも絶滅を避けるためには別の存在になる必要があった」
「それで融合っていうのは?」
「正確な話を説明しても、あなたたちの概念から外れすぎて理解できない。だからイメージしやすいように言うと、日本人の体に私たちの魂を宿す行為を『融合』と呼んだ。別の言葉に言い換えるなら『日本人化』とか『同化』になるのかな」
「それって今の愛理とはまた違うのか? 日本人を模した体を操作しているって話だけど」
「全く違う。楢崎彩音が言っていたように、この体はロボットを遠隔操作しているようなもの。例えば私と漆田風斗が融合した場合、漆田風斗の肉体に私の魂が宿るわけだから、私が漆田風斗になる」
「えっと……どういうことだ? つまり今人気の異世界転生みたいな感じか? 俺が人格を奪われるモブ側で」
「そんな感じ。ただ、漆田風斗の言う異世界転生ものの場合、転生後も前世の記憶を有しているでしょ?」
「だな」
「でも私たちの融合は違う。自我は消失せず仲間のことも覚えているけど、異世界ならではの技術に関することは全て失う。そうしないと情報量の急増に脳が耐えられなくて死ぬから。私たちはこれを『情報の整合化』と呼んでいる」
「なんとなく分かった。てか日本の文化に詳しいなおい」
「人生を賭けた計画だから日本人のことはよく知っている」
説得力のあるセリフだ。
「ここまでを整理すると、愛理は異世界人で、異世界人は絶滅の危機にあって、だから日本人と融合したがっているってことね?」
彩音がまとめに、愛理は「そう」と頷いた。
「まだ俺の質問は終わっていないぜ。具体的な計画だったり、どうして俺たちだけが転移したりといったものがさ」
「分かっている。だから今から答える」
愛理は全容を話し始めた。
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