185 ぬるい戦い

 朝食を済ませると、俺たちはポイント稼ぎを始めた。

 まずは船内のレストランで〈索敵Lv.3〉を使い、敵がいるのか確認。

 船から見える範囲には見当たらないが――。


「いるよ」


 愛理が皆にスマホを見せる。

 彼女の〈地図〉には敵を示す点が表示されていた。

 消えているわけではないと分かって一安心。


「それにしても……明らかに少ないよな?」


 昨日は道という道が敵で埋め尽くされていた。

 しかし、今日はところどころに点在しているだけだ。


「敵がいなかった期間を除くと今まで一番少ないんじゃない?」と彩音。


「少ない分めちゃくちゃ強くなっているかもしれないっすよ!」


 燈花が冗談ぽく言う。

 だが、俺は真顔で頷いた。


「たしかにその可能性はある。というか高いだろうな」


「それでどうすんだ漆田」


 栗原は大斧を振り回したくて仕方ない様子。


「敵がいることは分かったし予定通り行動しよう」


「東京湾の時と同じように動けばいいわけですかな!?」と琴子。


「そうだ。まずは駐車場を目指す。敵の強さ次第ではあるが、もし今まで通りのザコばかりなら、トラックには乗らずに付近で狩りをする」


 作戦を確認すると、俺たちは船から打って出た。


 ◇


 ほどなくして最初の戦闘が始まった。

 敵の数は〈地図〉の情報通り少なく、初戦はわずか10体のみ。

 にもかかわらず、質はこれまでと変わらなかった。

 つまりザコだ。


「拍子抜けするほど弱いな」


「ボスはいねぇのかボスは!」


 栗原が獣のような雄叫びを上げる。


「ボスはいなくて結構なんだけどな……」


 とりあえず前進する。


「お、新手だ」


 今度はたったの7体。

 と思いきや、その後方から追加で6体。

 合わせて僅か13体。


「タロウ、やっちゃうっすよー!」


「ブゥウウウウウ!」


 タロウが軽く蹴散らす。

 討ち漏らした数体を涼子とジロウが仕留める。


「おい! 俺の出番がねぇぞこれじゃあ!」


 頭上に掲げた斧をグルグル回す栗原。

 今の彼にはそのくらいしかすることがなかった。


「ゲームで喩えるならレベル30で最初のエリアに戻ってきた感じね」


 彩音の妙な喩えに「そうだな」と笑う。


「朝ご飯の時から思っていたのですが、なんだか風斗君、彩音さんと仲良くなりましたね?」


 美咲がニコッと微笑みかけてくる。

 優しい口調に反して目つきが鋭い。


「そ、そうかな? 俺と彩音の関係は特に変わらないと思うけど……」


「風斗、怪しい」


 由香里が頬を膨らませて睨んでくる。


「やだなぁ、もう、そんな、何もないって! マジ、マジだから!」


 この反応はよろしくなかった。

 俺の顔を見た二人は大きなため息をついた。

 完全に悟っている。


「そそ、そんなことよか、敵だよ! 敵! なんか少ないよなー! アハハ!」


 必死に話を逸らす。

 すると、意外なことに愛理が反応した。


「たぶん今後はずっとこんな調子だと思う」


「そうなのか?」


 戦闘中の燈花や涼子も聞き耳を立てている。


「今日が少ないんじゃなくて、これまでが多すぎただけだから」


「だからなんでお前はそんなこと知っているんだ?」


 栗原が大股で愛理に近づく。

 しかし手は出さない。愛理が男なら胸ぐらを掴むくらいはしていただろう。

 更生する前から、彼は女子に対して暴力を振るうことはなかった。


「理由は戻ったら話す」


「本当だろうな?」


「うん。もう隠す必要がなくなったから」


(自分が異世界人であることも打ち明けるのか?)


 どんな話が飛び出すのか気になるところだ。


「漆田少年! 栗原!」


 涼子が切迫した声で呼んでくる。

 理由は振り向いただけで分かった。


 ゼネラルの登場だ。

 かつて島で倒した漆黒の騎士だ。

 あの時と同じく馬に乗っている。


「ついに来たか! しかも懐かしい奴じゃねぇか!」


 喜んで前に出る栗原。


「ザコは彩音とジロウに任せる。彩音、必要なら〈強化〉を使ってくれ」


「大丈夫。大して多くないしジロウもいるから」


「私と愛理さんも加勢しますとも!」


 琴子が包丁を掲げる。

 愛理が「うん」と金槌を構えた。


「残りはゼネラルに集中攻撃だ!」


「「「了解!」」」


 俺は〈無敵Lv.3〉を使用した。

 100万ポイントを支払い、3分間の無双タイムを得る。


「ヌンッ!」


 先制攻撃はゼネラルから。

 10メートルほどの距離から火球を放ってきた。

 斧使いが風を起こしたように、こいつは火球を飛ばせる。

 だが――。


「効かねぇ!」


 栗原は迫り来る火球をぶった斬った。


「わざわざ斬らずとも〈無敵〉の効果時間中だから問題ないと思うが」


「しゃらくせぇ!」


 目にも留まらぬ速さで斧を振るう栗原。

 〈強化Lv.3〉によって人間離れした動きをしている。


「ヒヒィイイイン……!」


 あっさりと敵の馬を殺した。

 四本の足首をスパッと切断して終了だ。


「今の俺は前よりも強い! しかも今は日中! お前の動きは丸見えだ!」


「ヌゥ……ヌゥゥ……」


 栗原は単騎でゼネラルを圧倒している。


「すごい、ベインが防戦一方なんて……」


 愛理が唖然としている。


「ベインってあの騎士のことだろ? 強いのか?」


 やることがないのでザコ狩りに参加しつつ尋ねる。


「強いよ。ゼネラルの中だと二番目の強さ」


「なら一番は?」


「分かるでしょ?」


 愛理の口角が微かに上がった。

 初めて見せる笑みだ。


「まぁな」


 俺も笑って答える。


 ゼネラルの中で最も強いのはピンク髪の剣士だ。

 おそらく愛理と同一人物のあいつがぶっちぎりで最強だった。

 クラス武器やクラススキルを駆使しても勝てなかった程だ。


「ウオオオオオオラアアアアアアアアア!」


 漆黒の騎士・ベインとの戦いが終わりを迎えようとしていた。

 栗原は敵の槍を薙ぎ払い、するりと脇を抜けて背後に潜り込む。

 流れるような動きで斧を捨てて羽交い締めにする。


「今だ小野崎! やれ!」


「任せろ! お姉さん流槍術! 七十二の型! 刺突!」


 謎のテンションで突きを繰り出す涼子。

 しかし――。


「ヌンッ!」


 ベインは顔を左に倒して回避。

 栗原も慌てて右に傾け、槍が空を切る。


「おい! 俺を殺す気か!」


「死にたくなければ敵の頭を押さえい! えいや! そいや! あちょー!」


 涼子が連続で突きを繰り出す。


「この状態でどうやって頭を押さえろって――うお! やめっ! おい!」


 ベインがことごとく回避するせいでいっこうに戦いが終わらない。

 長引けば長引くほど、栗原の顔色が悪くなっていく。


「見ろよ、栗原の顔が青くなっているぞ!」


「栗原でも死にそうになると顔が青くなるんすねー!」


「お前ら! 笑ってないでこいつの顔を固定しろぉおおおおお!」


 栗原の絶叫が閑散とした街に響き渡るのだった。

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