181 毒嶋の最期

 首から派手な血飛沫ちしぶきをあげる毒嶋を見て、一瞬、思考が停止した。


「ガルァ!」


 そんな俺たちに、赤い光を帯びた返り血まみれのパンサーが襲い掛かる。


「パン……サー……」


 それを止めたのは毒嶋だった。

 左腕でパンサーの首にしがみつき、右手で腰の短刀を抜く。


「ごめ……な……」


 毒嶋はパンサーの首に刀を突き刺した。


「ガルァアアアアアアアア!」


 パンサーは悲痛の咆哮を繰り出すと、その場に倒れた。


「漆……田……」


 毒嶋が俺を見て何か言おうとしている。

 だが、彼の口から出たのは、言葉ではなく大量の血だった。


「ガハッ……!」


「毒嶋!」


 荷台から飛び降りて毒嶋のもとに向かう。


(クソッ! 万能薬がないのに! こんな……!)


 何をすればいいか分からない。

 とりあえず出血箇所である首を手で押して止めようとする。

 すぐに他の仲間もやってきた。


「漆田少年、ダメだ。彼はもう……死んでいる」


 涼子は毒嶋の脈がないことを告げた。


「マジ……か……」


 毒嶋の死は、俺に深い衝撃を与えた。

 心の奥底に大きな石を放り込まれたような感覚だ。


 彼のことは決して好きだったわけではない。

 にもかかわらず、想像を絶するほどのショックを感じた。


 ブォオオオオオオオオオン!


 悲嘆に暮れる俺たちを正気に戻したのはクラクションだ。


「皆さん早く戻ってください!」


 美咲がどうして慌てているのか、言わずとも分かった。

 四方から徘徊者が迫ってきているのだ。

 それも今までとは比較にならないおびただしい数である。


「どこを探してもいなかったのに、今度は大軍でおでましかよ!」


 栗原が大斧を構える。


「風斗、どこもかしこも敵でいっぱい」


 由香里がスマホを見せてくる。

 周囲10キロメートルが〈地図〉が敵を示す点で埋め尽くされていた。

 縮尺を限界まで大きくしても隙間がない程の数だ。

 敵がいないのも困るが、これほど多いとそれはそれで困る。

 だが――。


「戦おう」


 俺は決断した。


「すごい数だよ」


 心配そうな由香里。


「やめたほうがいい、漆田風斗」


 愛理も反対する。


「いや、少し戦わせてくれ。いつまた敵が消えるか分からない。だからペットのエサ代をここできっちり稼いでいく」


 俺と涼子、それに栗原、タロウ、ジロウは道路に残る。

 残りは荷台で待機させて、この五名で敵を迎え撃つことにした。


「私も戦えるわよ」と彩音。


「いや、荷台に残っていてくれ。危険になったら〈無敵〉を使ってほしいから」


「分かったわ」


 俺は「力不足ですまんな」という想いを込めて毒嶋を見る。

 だが、彼とパンサーの死体は、いつの間にか忽然と消えていた。

 血溜まりだけが残っている。


(どういうことだ?)


 気になったが、気にしている暇はなかった。


「来るぞ漆田!」


「分かっている! 燈花、タロウに暴れさせてくれ」


「了解っす!」


「涼子とジロウはそれに続いてくれ!」


「ラジャ!」


「ウホホイ!」


「漆田、俺たちは?」


「俺と栗原はアシストだ。俺たちはポイントを稼ぐ必要がないから、攻めるよりも皆を守るように動くぞ」


「分かった!」


 指示が終わり、戦闘が始まった。


「タロウ、GO!」


 荷台の上から指示を出す燈花。


「ブゥウウウウウウウウ!」


 タロウはいつも通りの大活躍。

 圧倒的な突進力で敵を蹴散らしていく。


「お姉さんも続くぞー!」


 涼子も獅子奮迅の活躍を見せる。

 〈強化Lv.3〉を発動しているだけあって鋭い動きだ。

 敵の攻撃をさらりと躱しつつ、自作の槍でサクサク仕留めていく。


「ウホーッ!」


 ジロウも負けていない。

 徘徊者の頭に拳を打ち付けてテンポよく倒す。


「「「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」


「栗原!」


「分かってらぁ!」


 俺と栗原は側面の敵に対処。

 由香里も荷台の上から弓で援護してくれた。


「すごいっす! 徘徊者の群れをものともしていないっす!」


「でも数の差は覆せない」


 愛理の言う通りだ。

 戦況は次第に劣勢へと傾いていった。


「ブゥ……ブゥ……」


 タロウの息が上がってきている。

 突進力にかげりが見え始めてきていた。

 島の時と違い常に全力疾走なので辛そうだ。


「燈花、ポイントはどうだ?」


「今730万っす!」


「それだけあれば1週間はもつな。涼子はどうだ?」


「こっちは400万!」


「ジロウのエサ代は50万だからちょうど8日分ね」と彩音。


「どちらも問題ないし潮時だな――撤退だ!」


 まずは動物を荷台に戻す。


「スロープを下ろしたっす! タロウ、おいでっす!」


「ブゥウウ!」


 タロウが鉄製のスロープを駆け上がる。


「ジロウ、戻るのだ!」


「ウホイ!」


 ジロウは脅威の跳躍力で荷台にジャンプ。

 着地後、タロウやウシ君用のスロープを回収する。


 これで残るは俺と涼子、栗原の三人のみ。


「美咲、車を出してくれ!」


「でもまだ風斗くんらが!?」


「敵の数が多い! 全員が乗ってから動き始めるのは危険だ! 少し動いたところで乗り込む!」


 俺は栗原と涼子に「大丈夫だよな?」と尋ねた。


「当たり前だろ!」


「むしろ漆田少年のほうこそ大丈夫かい? お姉さんと栗原は漆田少年より身体能力が遥かに高いぞ! 遥かに!」


「ぐっ……! ほっとけぃ!」


 女性陣の顔に笑みが浮かぶ。


「なんにせよ、そういうことだから大丈夫だ! 美咲、出してくれ!」


「分かりました!」


 トラックが緩やかに動き出す。

 逃がしはしないぞとばかりに徘徊者が突っ込んでいく。


「オラァアアアアアアアアアアアアアア!」


 栗原が大斧を横に振るって数十体をまとめて真っ二つに。


「お姉さん流槍術! 八の型! アチョチョー!」


 涼子も絶好調だ。


「今だ! 二人とも乗れ!」


 俺は後方から迫る徘徊者を刀で斬り伏せた。

 さらに数百体が迫ってくるが、それを対処する余裕はない。

 すぐさま三人で荷台に飛び乗った。


「お疲れ様。風斗、すごい汗」


 由香里がハンカチで首筋を拭いてくれる。


「サンキュー、かなりの激戦だったよ」


 呼吸を整えながら栗原と涼子に目を向ける。

 驚くことに、二人は汗一つかいていなかった。

 涼しい顔で談笑している。


「よし! 二人とも無事だな! よくぞ俺についてこられたものだ!」


「漆田、お前……」


 それ以上、栗原は何も言わなかった。

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