180 異変②
翌朝。
俺たちは5時に奥多摩を発った。
今回は大型トラックを乗って全員で都心部を目指す。
「それにしてもすげぇクオリティだな。ここまでの代物ができるとは」
「そうだろそうだろ! お姉さんと彩音の愛の結晶なのだ!」
「ふふ、私は何もしていないけどね」
移動中、俺は新たな武器である刀に見惚れていた。
昨夜、立派な鞘とセットで涼子からプレゼントされたものだ。
木刀を失った俺の新たな武器である。
「切れ味はどうなんだ?」
「お高い包丁と比べても遜色なかったよ」と彩音。
「素晴らしい」
「あとは漆田のヒョロい腕でそいつを振り回せるかだな」と笑う栗原。
「大丈夫だろう。〈強化Lv.3〉を使っているからな!」
「でもお前、さっき〈強化〉を使う前の俺に腕相撲で負けただろ」
「それは栗原、お前が強すぎるだけだ!」
荷台が笑いに包まれる。
そんな中、燈花と毒嶋の二人は冴えない表情だった。
「エサ代が不安か?」
俺は燈花の隣に移動した。
「そうっす」
燈花は傍に伏せているタロウを撫でた。
「敵がいないと遅かれ早かれエサ代で破綻するもんな」
燈花の所持ポイントは270万。
タロウのエサ代は100万なので、今日と明日の分は足りている。
だが、このまま稼げなければ明後日のエサ代が払えなくなってしまう。
焦るのは無理もなかった。
「おい一年、〈地図〉に敵はどうなんだよ?」
毒嶋がイライラした様子で尋ねる。
「彼女は愛理よ。イライラしているからってそういう言葉遣いはやめてもらえるかしら?」
彩音が睨むと、毒嶋は「すまん」と素直に謝った。
「敵はいない」
愛理が無表情で答える。
「まぁまだ青梅にすら着いていないしな」
奥多摩に敵がいないことは想定内だから気にしていない。
だが、そうした態度もすぐに変わることとなった。
「愛理、どうだ?」
今度は俺が尋ねた。
「いない」
愛理がスマホを見せてくる。
しかし、〈地図〉には何も表示されていない。
「スマホがバグってんじゃねぇのか?」と栗原。
「私も使ってみるよ、〈索敵〉」
由香里がスマホを取りだし、「いい?」と俺を見る。
「ああ、頼む」
こうして由香里も〈索敵Lv.3〉を発動した。
「ダメ。何もいない」
――が、結果は変わらずだった。
愛理のスマホが故障しているわけではない。
「おかしい、こんなの普通じゃない」
愛理が呟く。
「まずいって漆田! 何か策はないのか!? なぁ!」
パニックになる毒嶋。
「敵がいない以上どうにもできんな。とりあえずダメ元でポイントを譲渡する方法がないか探そう」
皆でスマホをアレコレと操作する。
グループチャットも駆使して情報の収集も行う。
その最中、俺は気づいた。
「あれ? 生存者の数がめちゃくちゃ減っていないか?」
「「「え?」」」
「〈地図〉を見てくれ。たぶん100人も残っていないぞ」
「本当だ! 生存者を示す点が殆どありませんとも!」と琴子。
「グルチャが全く動かないと思ったら、あいつら死んじまったのかよ」
予想外にも辛そうな顔をする栗原。
「消えたのって東北や北陸に避難した人ばかりじゃない?」
彩音が指摘する。
「言われてみればそうだな」
「敵がいないのはそっちに大移動したからってことっすか?」
燈花の問いに、愛理が「違う」と答えた。
「徘徊者は他の都道府県に移動できない。だから東京の徘徊者は東京のどこかにいるはず」
普通なら知り得ない情報だ。
愛理が異世界人であることを裏付ける発言ともいえた。
「ゼネラルを倒したせいでもなく、田舎に大移動したわけでもないとすれば、敵はどうしていないんだ?」
「分からない。普通じゃありえないこと」
「敵がいないのもそうだけど、生存者の数が一気に半減したことも気になるわね。そもそもいつから減っていたのだろ?」
彩音は答えを求めるように俺を見る。
だが、俺は「分からない」と首を振ることしかできなかった。
「生存者の件は後回しにするとして、とりあえずポイント稼ぎをどうにかしないとな」
愛理と由香里に〈地図〉の監視を頼みつつ、残りのメンバーでポイントの譲渡方法を模索する。
しかし、何の手立てもないまま時間だけが過ぎていった。
「ん?」
突然、トラックが減速し始めた。
道路から逸れてガソリンスタンドに入っていく。
「すみません、燃料を補給させてください。あと少し休憩も……」
美咲が窓を開けて言った。
「分かった。わるいな美咲、運転を任せきりで」
「いえ」
時刻は11時過ぎ。
約6時間も都内を走り回っていた。
美咲が休憩を要求するのも無理のないことだ。
「まずいな。マジでどこにもいないぞ」
既に東京全域を捜索した。
それどころか埼玉県を越えて栃木県にまで来ている。
「漆田、このまま東北に向かうつもりか?」
栗原がペットボトル飲料で喉を潤す。
「一応そのつもりだが……」
俺は毒嶋に目を向けた。
「毒嶋、覚悟を決めておけよ」
もはや誰も期待していない。
12時までに敵が見つかることを。
仮に見つかってもエサ代を稼ぐ時間があるかどうか。
「…………」
毒嶋は何も言わなかった。
◇
休憩と燃料補給が終わって移動を再開。
変わらず東北に向かって進むが、やはり〈地図〉には反応がなかった。
この状況に見舞われているのは俺たちだけではない。
他の生存者も昨日の昼過ぎから敵を見ていないと言っている。
(ポイントを譲渡する術もなさそうだし……終わりだな)
時刻は11時55分。
もはやパンサーのことは諦めるしかなかった。
美咲に車を停めてもらい、大通りのど真ん中で降りる。
「毒嶋、すまんな。手は尽くしたんだが……」
「分かっている」
毒嶋は泣きながらパンサーに抱きつく。
「パンサー、ごめんな。俺、お前のエサ代を払えないよ。もうすぐお別れだ」
「ガルゥ……」
パンサーも悲しそうな顔をしている。
残り僅かな時間を、二人だけの世界に浸らせてあげよう。
「俺たちはトラックで待っているよ」
トラックの荷台に戻り、そこから毒嶋の様子を窺う。
時刻が11時59分を過ぎ、秒針が最後の一周を始める。
留まることなく進んでいき――。
そして、12時00分になった。
「……! なんだ?」
突然、パンサーの体が赤く光り始めた。
「ガルゥ、ガルゥウウウウ!」
パンサーが苦しそうに唸っている。
「パンサー! おい、どうしたんだ!?」
毒嶋が声を掛けるが、パンサーは応答しない。
天に向かって口を開き、苦しそうな声を出し続けているだけだ。
よく見ると目が真っ赤に光っていた。
「風斗、何が起きているの?」と由香里。
「分からん! 俺の時と違うぞ!」
島で活動していた時、エサ代を払えなかったことがある。
あの時、飼っていたペットのライオンたちはスッと消えた。
今のように苦しんだり赤く光ったりすることなどなく。
「パンサー! おい! パンサーって! 大丈夫なのか!?」
必死に呼びかける毒嶋。
「毒嶋! 何かがおかしい! いったん離れろ!」
という俺の警告は、残念ながら間に合わなかった。
「ガルァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
パンサーが豹変したのだ。
毒嶋を押し倒し、彼の首に咬みついた。
「パン……サー……?」
「ガルァアアアアアアア!」
パンサーが顔を上げ、毒嶋の首を咬みちぎる
次の瞬間、毒嶋の首から絶望的な量の血が噴き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。