182 海を目指して
どこに行っても徘徊者が蠢いている。
――が、速度の出ているトラックなら問題ない。
道を塞ぐ敵を遠慮なく轢殺していく。
バスと違い重心が安定しているので安心だ。
ただ、乗り心地はバスより格段に悪く、車酔いは禁じ得なかった。
「私も美咲みたいに運転ができたらなー! ポイント稼ぎに苦労することもないっすのにねー!」
燈花はタロウの体にしがみついてぐでーんとしていた。
その傍でコロクもくつろいでいる。
「たしかに」と俺は笑った。
荷台からだと分からないが、少なくとも数百体は轢き殺している。
トラックでの移動を始めてからまだ2時間ほどしか経っていないのに。
この調子だと、トラックが止まる頃には1000体以上を屠っていそうだ。
「美咲ちゃんのポイントで武器を買うのも悪くないかもな」と栗原。
「一理ある」
ポイントの譲渡が不可能な以上、美咲の保有する1000万以上のポイントは、〈ショップ〉で使うこととなる。
だが、〈ショップ〉の商品に欲しくなるような物は殆どない。
その気になればそこらで簡単に調達できるからだ。
こうした状況下でも欲しくなる物といえば武器だ。
銃火器はもとより刀剣ですら、日本を模したこの場所では入手しづらい。
俺の刀にしても高価な模造刀を改造したものだ。
武器は安くて数十万、高い物だと数百万にのぼる。
そうした物を美咲に買ってもらうのはアリだと思った。
「私は貯金しておいていいと思うけどね」
と言うのは彩音だ。
彼女の発言には続きがあった。
「武器よりも乗り物のほうが大事じゃない? でも乗り物ってすごく高いでしょ。このトラックと同じ物を買おうとしたら2000万以上するわけだし」
「これまた一理ある」
〈ショップ〉の相場は日本の価格と同等ないしやや高い。
そのため、乗り物は安くて数百万、車両によっては軽々と数千万に達する。
「そんなことより漆田君、この短い間に起きたことを整理したほうがいいんじゃないかしら?」
ごもっともだ。
俺は「そうだな」と頷いた。
「エサ代を支払えなかった時の仕様が以前と変わっていたな」
「風斗の時はスッと消えたのに、今回は赤く光って襲ってきたっすよね」
燈花が言うと、彩音は「え?」と驚いた。
「漆田君、島でエサ代を払えなかったことがあるの?」
「ライオンを数十頭ほど迎えた時にな」
「そんなに!? エサ代は最初から踏み倒す前提だったわけね」
「うむ。というか、この件はグルチャで話した記憶があるけどな」
「そうなんだ? 私、グルチャってあんまり見ないのよね。有益な情報ばかり載っているならいいんだけど、どうでもいい雑談とかいっぱいあって読むのが面倒くさかったから」
「強く同感なのだ!」と涼子。
一方、栗原はバツの悪そうな顔で目を逸らしている。
かつて俺を殺そうとした時のことを思い出したのだろう。
「話を戻すが、この最終イベントではエサ代を払えなかったらペットに襲われるみたいだ」
「生存者の数が急減したってのもあったっすよね! なんか知らない間に200人ほどいた生き残りが100人くらいになったとか!」
「あー、そうだ、それもあったな」
俺は〈地図〉を確認する。
徘徊者が大量に現れたので、これまた減っているかもしれない。
――という予想は当たっていた。
「またまた半減してもはや俺たちを含めて50人くらいしか残っていないぞ」
この発言を受けて皆もスマホを確認。
「まだイベント5日目なのに」
由香里がボソッと呟いた。
誰もが同意見だ。
「ここまで減った理由は何があるのですかな?」と琴子。
「最初の半減……つまり約200人から100人ほどに落ち込んだのは、きっとエサ代を払えなかったからだろう。俺たちは気づいていなかったけど、昨日の時点でペットに襲われて死んでいたんじゃないか」
「敵がいない状況で数が減ったのだからそう考えるのが自然よね」と彩音。
「じゃあ今日の急減は徘徊者によるものですかな!?」
「エサ代が払えずに死んだ毒嶋のような例もあるが、大半は突如として現れた徘徊者が原因だろうな。なにせどこを見ても目に付くほどの数だ。乗り物がなかったら耐えきれないだろう」
「私らはトラックがあるからともかく、他の人はどうやって凌いでいるんすかねー?」
「これは推測だが、隠れているんだと思う。〈地図〉を見ても動き回っているのは俺たちくらいなもので、あとの生存者はその場から動いていない」
「敵が現れた時に視認されていなかったらセーフってことっすね!」
「だな」
そこで一息つき、誰かが話すのを待つ。
しかし誰も言わなかったので、俺は再び口を開いた。
「他にも、死んだ者が消えることが分かった。気づいていたかは分からないけど、パンサーだけじゃなく毒嶋の死体まで消えていたんだ」
「それは前からじゃない?」と彩音。
この発言に驚く俺たち。
ただ、栗原は「知らなかったのか?」と、俺たちに驚いている様子。
「死んだ人間って消えるのか?」
「島の頃からそういう仕様だったわよ」
「知らなかったな……」
思えば島で過ごしていて人の死体を目撃する機会が殆どなかった。
栗原の主導で行われたゼネラル討伐作戦の時くらいだろうか。
あの時は逃げるのに必死で、死体が消えたかどうかなど見ていなかった。
「英雄さんにも知らないことがあるのね」
クスクスと笑う彩音。
「英雄なんてのは他人が都合よく扱うのに決めた呼び方に過ぎないさ」
「そんなことない、風斗はすごいから」
何故か頬を膨らませる由香里。
俺は「ありがとな」と苦笑いで頭を掻いた。
ブーン、ブーン。
話しているとスマホが震えた。
美咲からの電話だ。
「どうした? 美咲」
スピーカーモードで応答する。
『どちらに向かえばよろしいでしょうか? 適当に流しているのですが、どこもかしこも徘徊者がいるようで……』
「うーむ」
徘徊者の走力は大したことない。
トラックであれば、いとも容易く振り切れる。
――が、振り切った先にも敵がいる、というのが今の状況だ。
「由香里、安全な場所はあるか?」
〈地図〉の確認を頼む。
彼女は〈索敵Lv.3〉を発動しているため敵の位置が分かる。
「……ダメ、どこも敵だらけ」
「だよなぁ」
「前に使った船はどう?」
突然、愛理が口を開いた。
「船か」
「普通の徘徊者は泳げない。だからスロープを上げたら船に侵入できない」
「徘徊者って泳げないのか?」
初耳だ。
というか、今まで泳げると思っていた。
少なくとも鳴動高校集団失踪事件の徘徊者は海を泳いでいる。
先人のサイトにそう書いてあった。
「泳げる徘徊者もいるけど、そのタイプは海の遠くにいる。船が本土から離れようとした時にだけ仕掛けてくる。だから船を動かさなかったら大丈夫」
「お前、なんでそんなこと分かるんだ?」
栗原が怪訝そうに睨む。
だが、愛理は一瞥すらせず俺を見つめたままだ。
「船に乗るなら茨城のほうがよくない?
「そういえばそうだったな」
茨城に船があることはグループチャットで聞いていた。
俺たちが東京湾の船で夜を明かした時に得た情報だ。
『では茨城方面に向かえばよろしいですか?』
「ああ、そうしてくれ」
『分かりました』
俺たちを乗せたトラックが、進路を茨城に向けた。
★★★★★
風斗たちが茨城に向かっている頃――。
無機質な部屋で、少女アリィは過ごしていた。
ベッドに仰向けで、頭にはヘッドマウントディスプレイを装着している。
そのデバイスを外し、彼女は体を起こした。
(漆田風斗たちはしばらく安全。今の内に確認しておこう)
アリィは部屋を出て、静かに廊下を進む。
SF作品に研究所として出てきそうな白で統一された空間だ。
ほどなくして体を左に向ける。
スライド式の自動ドアが音を立てることなく開いた。
扉の先にあるのも純白の空間。
誰もおらず、台がポツンとある。
その上にパソコンがあった。
アリィは何食わぬ顔でそれに近づき、キーボードに操作する。
画面が切り替わり、最終イベントの設定情報が表示された。
(やっぱり徘徊者が消えていたのは意図的だったんだ。それだけじゃない、戦力
の設定もおかしい。こんなことをするのは……)
アリィは何食わぬ顔で設定を修正しようとする。
その時だった。
「そこまでだ。デバイスから手を離せ」
背後から男の声。
振り返ると、そこには上官のクロードがいた。
「思った通りお前が反対派のスパイだったか」
「クロード、何のことを言っているのか分からない」
「とぼけても無駄だアリィ。いや、水島愛理と呼ぶべきか?」
一瞬、アリィの眉がピクッと動いた。
(全てを見透かされていた? いつから? それより、どうにかしてこの状況を切り抜けないと)
必死に頭を回転させるアリィ。
そんな彼女を見て、クロードは「ふっ」と笑った。
「まぁ好きにしたらいい。見なかったことにしておいてやる」
「え?」
「もはや計画の成功は確定したも同然だ。反対派のスパイによる妨害工作を乗り越えたとなれば箔が付く。上の連中もさぞかし喜ぶだろう」
言い換えるなら「どう足掻いても関係ないからご自由に」ということだ。
「なら好きにさせてもらうね。クロードが不正に変更した戦力を元に戻しておくよ。たった数日で残り50人程度に減らしたのだから問題ないでしょ?」
「まぁいいだろう。ただし、戦闘用の換装体は没収だ」
「そんな……。あれがなかったら戦えない」
「お前には別の換装体があるだろう。水島愛理という地球人もどきがな」
「……分かった」
アリィは話を切り上げ、クロードの脇を通り抜けようとする。
「残念だよ、お前のことはベインの次に信頼していた」
すれ違い様にクロードが言った。
「残念なのはこちらのセリフ。私の知るクロードは規則に忠実だった。不正をしてまで目的を達成しようとはしなかった」
アリィがクロードを睨む。
それに物怖じすることなく、クロードは無表情で返した。
「お前も死期が近づけば分かるさ。“生”の魅力には抗えない、
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