177 愛理の正体

 俺に話を振られた愛理は、数秒の沈黙を経て答えた。


「ごめん、何の話? 聞いていなかった」


「ゼネラルが話したことさ。栗原は交渉できないかって言っていて、俺は交渉の余地があるならずっと前から話しかけてきただろうって答えた」


「私も漆田風斗に同意見」


 素っ気なく答える愛理。

 それから聞き返してきた。


「どうして私に訊くの?」


「愛理なら何か分かるかと思ってさ」


 適当に過ごしていた皆の視線がこちらに向く。


「それはどうして?」と愛理。


「気を悪くしないでほしいんだけど――」


 そう前置きしてから俺は言った。


「――何か知っているような気がするんだ、愛理は」


「私が何かを知っている?」


「なんか違和感があってさ。例えば大斧使いのゼネラルがライオンに乗って現れた時、『ジーク』って呟いていただろ? ああいうのが引っかかるんだ」


「たしかに言っていたわね」と彩音。


「よくよく考えたら無人島に転移した日にたまたま転校したって話も怪しいんじゃないか」


 毒嶋が愛理を睨む。


「…………」


 愛理は何も言わない。


「何故か〈ショップ〉にスキルが追加されたことも知っていたっす!」


 燈花の言葉に、皆が「たしかに」と頷く。


「…………」


 ここでも愛理は沈黙を貫いている。


「そういうちょっとしたことの積み重ねに違和感を覚えてな」


 同種の感覚を以前にも抱いたことがある。


 無人島に転移した初日の麻衣だ。

 彼女の言動に対して引っかかるものがあった。

 結果、彼女は鳴動高校集団失踪事件に関する情報を隠していた。


「……ごめん」


 愛理が言う。

 無表情で、真っ直ぐ俺の目を見ながら。


「何が“ごめん”なんだ?」


「漆田風斗の違和感は間違っていない」


「「「――!」」」


「だから、ごめん」


「謝らなくていいよ。それより、もうちょっと詳しく教えてくれないか? 〈ショップ〉の件やジークって言葉のこととか」


 愛理は目を瞑り、何秒か固まる。

 それから再び目を開けて答えた。


「ジークはあのゼネラルの名前。ゼネラルにはそれぞれ名前がある」


「君はどうして敵の名前を知っているのだい?」


 涼子が尋ねる。

 その顔は珍しく真剣だった。


「私は……」


 そこで愛理の言葉が止まる。


「私は?」


 涼子が先を促す。

 それでも愛理はしばらく黙っていた。

 だが、最後には答えた。


「私は霊能力者。普通では見えないものが見える」


「「「へっ?」」」


 予想外の答えに固まる俺たち。


「おいお前、ふざけたこと言うんじゃねぇよ! 何が霊能力者だ!」


 声を荒げたのは栗原だ。

 他のメンバーも心境としては同じだった。


「さすがに嘘だよな?」


 俺が尋ねると、愛理は「ごめん」と頭をペコリ。


「その謝罪は何に対するものなんだ……? 嘘をついたってことか?」


「うん。でも本当のことは話せないし、できれば尋ねないでほしい」


「ワケありってことか」


「うん」


「そういうことなら尋ねないでおこう」


「おい漆田!」


「漆田君、それはどうなの?」


 栗原と彩音がすかさず言う。


「そりゃ俺だって気になるけど、本人が言いたくないなら仕方ないだろ。少なくとも愛理は敵じゃない。それはここまで過ごしてきて分かっているはずだ。ならいいじゃないか」


 栗原は舌打ちしてそっぽを向いた。

 彩音は「そう言うなら」と渋々ながら承知している。

 他のメンバーも彩音と同じ様子。


「迷惑をかけてごめん」


 再び謝る愛理。


「かまわないさ。可能な範囲で答えてくれてありがとうな」


「そう言ってもらえると助かる」


「風斗は優しいね」


 由香里が微笑む。

 それに対して俺が「そんなことないよ」と答えて会話が終わる。

 ――はずだった。


「ん? どうした愛理?」


 俺は再び愛理を見る。

 彼女がジーッと俺を見ているからだ。


「漆田風斗、私に敵意はない」


 それだけ言うと、愛理は目を閉じた。


「分かっているよ」


 と言ったところで、俺の脳内に電流が走った。


(今のセリフには聞き覚えがあるぞ……)


 以前、全く同じセリフを別の者に言われたことがある。

 そして、それが誰なのかすぐに思い出した。


(ピンク髪のゼネラル剣士だ!)


 そこに至った瞬間、いくつもの点が線で繋がった。


(愛理が隠しているのって、自分がゼネラルってことか!?)


 突拍子もないことだが、間違いないという確信があった。


(Xが集団であり、一枚岩じゃないことは明らかだ。そしてピンク髪の剣士にはXの意に反するような思惑があり、俺たちに協力的な一面があった。愛理が人に扮しているのも、こっそり俺たちをサポートするためと考えれば理解できる……)


 色々と考えが発展していく。


(愛理が秘密にしているのはXの監視があるからだろう。迂闊に話せばXに自身の裏切り行為がバレてしまう。だが、俺には自分がゼネラルだと伝えたかった。だからわざわざゼネラルとして現れた時と同じセリフを言ったんだ!)


 このトンデモ思考はおそらく合っている。

 合っていなくてもかなり近い線をいっているはずだ。

 根拠のない直感がそう告げている。

 しかし――。


(だが、そんなことは可能なのか?)


 愛理がゼネラルであり人に扮している場合、新たな疑問が生じてしまう。

 例えば、ピンク髪の剣士が稼働している間、水島愛理という生徒はどうしていたのか。

 他にも気になる点は星の数ほどある。


(まぁ実際に可能だから今の愛理があるわけか)


 深く考えるのはやめておくとしよう。

 そんなことよりも――。


(果たして俺は、愛理がXの一味である、という考えを隠し通せるのだろうか)


 そっちのほうが問題だった。

 なにせ俺は嘘をつくと顔に出る性分だ。

 謎スマホの時は真実を混ぜることで誤魔化せたが今回は難しい。

 愛理の件を改めて尋ねられたらあっさり露呈するだろう。

 ということで、俺は話題を変えることにした。


「なぁ栗原、しりとりしようぜ。俺からな。リス!」


「いや、しねぇよ。ガキじゃねぇんだぞ。……スイカ」


「するんかい! ってことでお姉さんはカラス!」


 栗原のボケに涼子が乗っかり、話題を逸らすことに成功するのだった。

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