176 トラックに揺られて
ボスを倒したが、問題はまだ終わっていない。
足にしていたバスが壊されたため、新たな乗り物の調達が急務だ。
乗り物は〈ショップ〉で買うことができる。
……が、その値段は数百万から数千万と笑えない額だ。
おおむね日本の相場に少し上乗せした額になっている。
他の商品も同様で、例えば500mlのペットボトル飲料は200ptだ。
「トラックがあるぞ! あれにしよう!」
バスの代替物として目を付けたのが大型トラックだ。
ボスと戦っていた駐車場から少しした距離の運輸会社にあった。
軽トラをそのまま大型化したような、コンテナを積んでいないタイプ。
俗に「平ボディ」と呼ばれるものだ。
「この赤いトラックでもいいですか? 私、赤が好きなので」
数ある大型トラックの中から悠長に選ぶ美咲。
「ならそれでいい! 皆、急いで乗るんだ!」
付近には数千体の徘徊者がいる。
辛うじて振り切れたが、いつバレてもおかしくない状況だ。
そのため、さっさとこの場から離脱する必要があった。
「よし、これで全員だな!?」
美咲が運転席、ジョーイが助手席。
残りは荷台に座っている。
「美咲、出してくれ!」
「はい!」
トラックが危なげない動きで道路に出る。
ほどなくしてスピードが乗ってくると、俺たちはホッと胸をなで下ろした。
「バスより横転しにくいし、これなら安心だな」
「もうバテバテっすよ。奥多摩に着いたら風呂に入って休みたいっすねー」
両手と両脚を伸ばしてぐでーんとだらける燈花。
他のメンバーにも疲労の色が窺えた。
変わらずケロっとしているのは栗原と涼子、愛理くらいだ。
「残念ながらまだ休めないぞ。パンサーのエサ代が稼げていない!」
毒嶋が服の裾でメガネを拭きながら言った。
「そういえば漆田君、リヴァイアサンの討伐報酬はどうだったの?」
彩音が尋ねてくる。
さらに彼女は「ゼネラルのほうも」と栗原を見た。
「リヴァイアサンは500万だな」
俺が答えると、栗原が「こっちもだ」と続いた。
「ボス級は魔物・徘徊者問わずに500万ってことなのかしら?」
「分からないがその可能性は大いにある」
「ポイント以外の報酬はないのですかな? スキルが増えるとか!」
〈ショップ〉で買ったペットボトル飲料を豪快に飲む琴子。
「ざっと見た感じなさそうだな。〈ログ〉にも書いていない」
これまた栗原も同じだった。
「500万って微妙っすよねー。ザコ500体のほうが楽な気がするっす」
「割に合わないのは島の頃からそうだな。だからボスの討伐報酬に関してはさほど気にしていないが、ライオンに関しては1体あたり10万くらい欲しかった」
先日倒したゼネラルの下僕たるライオン軍団。
奴等の討伐報酬がザコと同じ1万というのはいただけない。
そこらのザコよりは明らかに強かったのに理不尽だ。
「ポイント分配方法も相変わらず不明……というか、ないっぽいし、現時点での所持ポイントを皆で確認しておかない? 誰がいくら持っているのか」
彩音が提案する。
俺は賛同し、美咲を除く全員の所持ポイントを確認した。
「俺と栗原を除いた平均は150万といったところか」
最も少ないのは琴子の24万9800ptだ。
次点で愛理の80万pt。
彼女は50万で〈無敵Lv.2〉を使ったのが大きい。
逆に最も多いのは燈花の270万だ。
タロウが先頭で敵を蹴散らすので稼ぎやすい模様。
だが、燈花の270万はそれほど楽観できる額ではない。
「やっぱりエサ代がネックになっているな……」
タロウのエサ代は1日100万。
今の所持ポイントだと明後日のエサ代までしかない。
一方、琴子のコロクはエサ代が5万だ。
彼女の所持ポイントは約25万だが、それでも4日分のエサ代がある。
「そういえば今日のエサ代は徴収されたの? たしか今日の分が徴収されるかどうか紛らわしかったのよね」
「しっかり取られたよ、12時ちょうどに」
今回のイベントでは、最初の3日間のみエサ代を無料にする、と書いていた。
この「最初の3日間」という文言の解釈で意見が分かれていた。
イベントの開始時刻が13時で、エサ代の徴収が12時に行われるからだ。
焦点はイベント開始日を最初の1日目に含めるかどうか。
エサ代は12時に徴収されるため、最初の徴収日は2日目になる。
故に一般的な感覚だとイベント開始日は含めない。
その場合、「最初の3日間」とはイベント2日目から4日目が対象になる。
つまり今日のエサ代まで無料ということだ。
だが、イベント開始日も含めるなら無料分は昨日までとなる。
俺たちは後者を想定して行動してきた。
だから、昨日の時点で今日のエサ代を稼ぎ終えていたのだ。
「漆田君の睨んだ通りだったわけね」
「1ヶ月以上の付き合いだからな。Xの構文を理解し始めてきた」
「さすがは英雄さんね」
右手の甲を口に当てて、ふふ、と笑う彩音。
「奥多摩に着いたら一休みして、それから毒嶋のポイント稼ぎだな」
「ありがとう漆田、助かるよ」
毒嶋は隣に座っているパンサーを撫でた。
「安心しろパンサー、お前のエサ代はしっかり稼いでやるからな」
「くぅん」
パンサーは甘えた声で鳴き、毒嶋に体をすりつける。
「しっかり稼いでやるって言うけど、戦うのはパンサーっすよ毒嶋!」
燈花のツッコミに、俺たちは「たしかに」と笑う。
パンサーも口角を上げていて、笑っているように見えた。
◇
車が都心部を離れるにつれて敵の数が減り始めた。
〈地図〉を確認せずとも分かるレベルで減っていく。
見る見るうちに敵の姿を見かけなくなった。
「田舎は安全という情報は本当だったようだな」
俺は荷台から外の様子を窺う。
人っ子一人居ないアスファルトの街はどこか不気味だ。
「なぁ漆田」
栗原が話しかけてきた。
「どうした?」
「俺が倒したボスを覚えているか?」
「大斧使いのゼネラルだろ? 1時間半しか経っていないからよく覚えているよ」
俺は栗原の手元に目を向けた。
ゼネラルの持っていた大斧がある。
栗原曰く「倒したボスが消える前に奪ったら、コレだけ消えずに残ったんだ。見た目ほど重くないし、今後は俺の武器として使わせてもらうぜ。戦利品だ」というご立派な代物だ。
「あのボスさ、普通に日本語を話したよな。それもすげー流暢に」
「たしかに一度だけ話していたな」
「言葉が通じるなら交渉とかできそうだと思ったんだけど、どうにかなんねぇか?」
「それは難しいんじゃないか。交渉の余地があるなら向こうから積極的に交流を求めてきていると思う」
「それもそうか」と納得する栗原。
普通ならそこで会話が終わる。
だが、俺は終わらせず、第三者に話を振ってみた。
「今の話、愛理はどう思う?」
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