169 徘徊者の仕様

 夜は皆で交代しながら見張りを行った。

 だが、敵が襲ってくることはなく、あっさり朝を迎えた。


 イベント3日目――。


 朝、グループチャットを確認した。

 生存者が約200人まで減ったこともあって動きが穏やかだ。

 それでも情報交換が行われていた。


 それによると、徘徊者は夜になっても変わらず猛威を振るっていたらしい。

 ただ、リヴァイアサンは忽然と姿を消したそうだ。

 おそらく0時になるとボスだけ消えるのではないか、と誰かが言っている。


 その可能性はあるが、鵜呑みにすることはできない。

 何らかの条件でボスが消えるかもしれない……程度に覚えておいた。


 ◇


 朝食後、ペットのエサ代を稼ぐため狩りをすることに。

 車だと美咲しか稼げないため、足を使って移動する。


 作戦は単純なヒットアンドアウェイだ。

 ルーシーに敵の少ない場所を見つけてもらい、それをチビチビ倒していく。

 規模の大きな戦闘を避けてコツコツ積み上げていく考えだ。


「この角を曲がった先にいるのか?」


「うん、ルーシーはそう言ってる」


 閑古鳥すら鳴かない静かな街路を皆で歩く。

 昭和からありそうな古びた雑居ビルを曲がると――。


「「「グォオ!」」」


 本当に徘徊者がいた。


「思ったより多いな」


 数体程度を想定していたが、実際には数十体いる。

 右往左往しているだけでこちらには気づいていなかった。


「でもここが一番少ないみたい」


「とはいえ結構な数だぞ」


「大丈夫、こっちだって多いから」


 由香里が自信に満ちた顔で言う。

 俺は「そうだな」と頷いた。


「怪我に注意しつつ敵を倒そう」


「「「了解!」」」


 俺は腰に差してある木刀を抜いた。


「行くぞ!」


 一斉に飛び出す。


「「「グォオオオオオオオオ!」」」


 徘徊者もこちらに気づいた。


「おらあああ!」


 木刀で縦に一閃。

 徘徊者の頭を斬りつける。

 多少の硬さはあるものの問題なく通用した。


「よし! 普通に倒せるぞ!」


「こっちも余裕っすよー!」


 という燈花だが、彼女自身は戦っていない。

 ペットのタロウが突進によって蹴散らしていた。


「漆田! 援軍がきたぞ!」


 毒嶋が前方を指す。

 追加で50体ほどの徘徊者が迫ってきていた。


「問題ねぇぞ漆田ァ!」


 栗原が叫ぶ。

 手当たり次第にぶちのめしていた。

 俺は素早く周囲の様子を確認。


「これがお姉さんの聖なる一突き!」


「ウホホーイ! ウホッ!」


「私たちも頑張らないとね、愛理」


「同感、楢崎彩音」


 涼子が槍で振り回し、ゴリラのジロウも無双している。

 彩音は流麗な薙刀捌きで徘徊者を倒し、愛理も金槌を打ち付けていた。


(毒嶋のパンサーもかなり強いし、たしかに余裕そうだな)


 俺は追加の指示を出した。


「敵の増援も殲滅しよう!」


「「「了解!」」」


 数の不利をものともせず、こちらの優位に戦いが進む。

 ひやりとすることもなかった。


「おい、メガネの一年!」


 突然、栗原が琴子に話しかけた。


「は、はい! どうしましたかな!?」


 びっくりする琴子。

 俺たちもチラリと目の端で様子を窺う。


「お前、全く戦っていないな?」


 たしかに琴子は殆ど戦えていない。

 倒した数は1~2体。

 ペットのコロクも彼女の背中にしがみついて怯えているだけ。


「す、すみません……」


「怒っているわけじゃない。コイツを倒してポイントを稼げ!」


「え?」


「ポイントのやり取りができないんだ! お前が倒せないとお前のペットが消えちまうだろ! 俺が敵を引き付けてやるから頑張って死角を突いてみろ! 手に持っているその包丁で!」


 栗原は数体の徘徊者を倒すことなくいなしていた。


「は、はい! ありがとうございます!」


 琴子はニコッと微笑み、栗原に夢中の徘徊者を仕留めていく。

 彼女が敵を倒すたび、栗原は「いいぞ」と声を掛けていた。

 とてつもなく優秀な男だ。


「ナイスだ、栗原」


「これで信じてもらえたか? 俺は本当に更生したんだ」


 栗原が敵の攻撃を躱しながら言う。


「そこまでは至っていないが、少なからず見直したのはたしかだ」


「まだまだ信頼してもらうまで時間がかかりそうだな……」


「すまんな、俺はそこまで器が大きくないんだ」


「俺がしたことを思えば仕方ない」


「それでも素敵でしたよ、栗原君」


「美咲ちゃん……!」


 美咲が言葉をかけると、栗原の顔がパッと明るくなった。


「キィイイイイイイイイイイ!」


 戦っていると、ルーシーが甲高い声で鳴きながらやってきた。

 由香里の肩に着地して喚いている。


「風斗、敵の大軍がこっちに来ているって!」


「マジかよ! なんで俺たちの場所が分かるんだ!?」


「思えばこの増援だっておかしいよね。どこにいたか知らないけど、少なくとも私たちのことは見えていなかったでしょ?」


 彩音が薙刀を横に振るい、数体の徘徊者をまとめて倒す。


「そういえばそうだな」


「話はあとにしよう! 漆田、逃げたほうがいいって!」


 毒嶋がただでさえ血色の悪い顔を青くして喚いている。


「よし、撤退だ!」


 追加の増援が到着する前に、俺たちはその場を離脱した。


 ◇


 安全な場所まで逃げると、一休みしてまた狩りへ。

 このヒットアンドアウェイ戦術を何度も繰り返した。


 それによって、徘徊者の仕様が見えてきた。

 最初の仮説である「視認しなければ気づかれない」は間違っていない。


 だが、それだけではなかった。

 奴等は仲間を呼び寄せられるのだ。

 だから、戦闘になると周囲の徘徊者が集まってくる。


 呼び寄せられる範囲は不明だが、少なくとも半径数キロはある。

 下手するともっとあるかもしれない。

 とにかく、こちらを視認した瞬間に救援要請を出している。


 ただ、敵の増援はやり過ごすことが可能だ。

 既に戦っている敵を全て倒すか振り切るかしてから潜伏すれば済む。


 やり過ごした場合、増援でやってきた敵は周囲に散開する。

 元の位置に戻るのではなく、増援先の付近に散らばるだけだ。


 こうした敵の行動パターンを逆手に取ることにした。

 安全に戦いつつ、拠点にしている神社から敵を遠ざけていく。


 その過程でかなりのポイントが貯まった。

 毒嶋以外は明日のエサ代を稼ぎ終えており、毒嶋も150万ほどある。


「この調子だと何とかイベント最終日まで生き残れそうだな」


 と、この時は思っていた。

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