167 一休み

「やはり今は、休息をとれる場所が必要だろう」


 一時的なものでもいい。

 落ち着いて半日程度を凌げれば十分だ。

 30日に及ぶ長期戦では、どうやって休むかが重要になる。


「そのためには敵の探知能力を知る必要があると思う」


「探知能力って?」と彩音。


「徘徊者や魔物が視認しなくてもこちらに気づくかどうかだ」


「もう少し噛み砕いてもらえる?」


「島での話になるけど、徘徊者は目で見ずともこちらに気づいていたんだ。例えば背後から奇襲しようとしても奴等には通用しなかった。物陰に隠れてやり過ごすとかも無理だ」


「へぇ、知らなかった」


 彩音は〈サイエンス〉に所属していた。

 知らなくても無理はない。

 マンモスギルドなら隠れるという選択肢はない。


「一方、魔物は視認しないと気づかないんだ。だから背後から奇襲することもできる。ルーシーのような探知タイプのペットを駆使すれば、わりと容易に不意打ちできたんだ」


 由香里が静かに頷いている。


「要するに、徘徊者や魔物が視認しなくてもこちらに気づくかどうかを調べたいわけね。漆田君は」


「そうだけど、それは俺が最初に言ったセリフだな……」


「あら、そうだったかしら?」


 彩音は手を口に当て「ふふ」と笑った。


「敵が視認しなくても俺たちの居場所を把握できているなら、ぶっちゃけ隠れるのは難しい。島だったら樹上などの高所に避難すればどうにかなったが、ここじゃリヴァイアサンがいるからな」


「逆に島の魔物と同じタイプだったら、適当な場所に隠れることで安心して休めるわけね」


「そういうことだ」


「たぶん島の魔物と同じタイプだと思う」


 と言ったのは愛理だ。


「どうして分かるんだ?」


「楢崎彩音と学校から逃げ出す時、徘徊者を何体か隠れてやり過ごした」


「そういえばそうだったわね」と彩音。


「だから隠れたら大丈夫だと思う」


「なるほど。だが、念のために確かめておこう。学校では他の生徒を狙っていたから二人を無視しただけ……という可能性もある」


「たしかに。でもどうやって確かめるの? 戦う?」


「それもいいが、もっと簡単な方法がある」


 俺は由香里に頼んで、ルーシーに再び周囲を探索してもらった。


「さっきよりも敵が近づいてきているのであれば、こちらに気づいていると言えるだろう。逆にその気配がないなら問題ない」


 ほどなくしてルーシーが戻ってきた。


「キィ! キィィ!」


「近づいてきていないみたい」


「愛理の言う通り、視認されなきゃ問題なさそうだな」


 移動を再開するべく、俺たちはバスに乗った。


「風斗君、目的地は決まりましたか?」


 美咲は休憩を経て回復していた。

 黒のタイトスカートにジョーイの毛が何本か付着している。

 休憩中に戯れていたようだ。


「ああ、決まったよ」


 俺は頷いた。


 ◇


 どこで休むかは慎重に考える必要があった。


 できればビルのような高所は避けたい。

 リヴァイアサンが無差別に街を破壊しかねないから。

 そうなった場合、敵に視認されなくても危険だ。


 同様の理由により、高い建物の傍は危険だ。

 倒壊してきた建物の下敷きになるかもしれない。


 また、危なくなったら逃げられるようにしたい。

 そのためには近くにバスを駐車できるスペースが必要だ。


 最初に浮かんだのはショッピングモールだった。

 しかし、ショッピングモールだと駐車場までの距離がある。

 それに駐車場が広すぎて、敵に埋め尽くされる恐れもあった。


 これらを勘案して導き出した答えが――神社だ。


「ここなら少なくとも今日は凌げるんじゃないかな」


 明治神宮ほどではないが、周囲は森に囲まれている。

 侵入経路が四方にあるため敵に塞がれるリスクも少ない。

 神社を出てすぐに片道三車線の大きな道路があるのもgood。


 居住空間も十分な広さを備えている。

 ペットを含む全員を収容しても窮屈に感じない。

 ルーシーのおかげで敵が近くにいないことも確認済みだ。


「どうにか休憩できそうっすねー!」


「次は食糧の調達ですかな!?」


 琴子がメガネをクイッとしながら尋ねてくる。

 元気な声に反して、顔には疲れの色が窺えた。


「食糧は確保したいが、全員で繰り出す必要はないだろう。俺、由香里、栗原、毒嶋の四人で探してくるから、残りはここに待機していてくれ」


「お姉さんも同行するぞ!」


 自作の槍を掲げる涼子。


「気持ちはありがたいが留守番を頼む。もし敵が迫ってきたら皆を守ってくれ」


「そういうことなら!」


「由香里、ルーシーに警戒を継続させてくれ。敵が迫っている場合は知らせてもらえると助かる」


「任せて」


「では行こうか」


 栗原が「おう」と同意する。

 一方、毒嶋は「足の裏が痛い」などと休みたがっていた。


 ◇


 敵が迫ってくることもなく、無事に食糧の調達が終わった。

 俺たち調達担当は神社に戻り、涼子たちと合流して一休み。


 居住用の建物にある広間でメシを食う。

 料理補正のない鈍重な体にも慣れてきていた。


「やっぱり結構な数が死んだみたいだな」


 スマホで〈地図〉を確認する。

 システムの変更によって、生存者の居場所が表示されていた。

 ただ、居場所以外は分からないため、誰が生きているのかは不明だ。


「籠城作戦が裏目に出たっすからねー」


 燈花は壁際に設置されている大型テレビを視聴中。

 日本を模したフィールドでも、テレビは日本に繋がっていた。

 今日も今日とて大災害の復興について報じている。


「生き残ったのは200人くらいですかな!? 私たちを含めても!」


 琴子の言葉に「たぶん」と頷く。

 正確に何人いるかを数えるのは難しかった。

 生存者を示すマークは小さな点でしかなく、それが常に動き続けている。


「あの、風斗君、いいですか?」


「どうした美咲?」


 何故か栗原の眉がピクピクと動く。

 俺の美咲呼びが気に入らなかったのかもしれない。

 だが、奴に気を遣って呼び方を変えるつもりはない。


「私、いつの間にかポイントを稼いでいたみたいです」


「なんだと!?」


 皆が美咲を見る。


「しかも結構な額です」


 美咲がスマホを見せてくれた。

 彼女の所持金はぴったり50万pt。


「いつの間に……!」


「車の運転をすれば稼げるのでしょうか?」


「そうは思わないけどなぁ。実際、昨日は1ptも入らなかったし」


 話している時だった。


「なんか私も稼いでいるっすよ! 20万pt!」


「お姉さんも13万ptあるのだ!」


 燈花と涼子が言った。

 残るメンバーも確認するが、他は漏れなく0ptだった。


「どうして三人だけが……」


 ここでハッとする。

 コクーンの隅にある〈ログ〉のボタンに。


「〈ログ〉に載っているんじゃないか?」


 かつては何かあるとすかさず〈ログ〉を確認していた。

 だが、最近ではすっかり見なくなっていた。


「どうやら徘徊者を倒したからのようです」


「私もっす!」


 三人の収入源は徘徊者の討伐によるものだった。

 倒したのは全てノーマルタイプで、1体につき1万ptも入っている。


 これは島に比べて明らかに多かった。

 島でのノーマル徘徊者は1体につき500ptだったはずだ。


「車で轢き殺してもポイントになるんだな」


「それにペットが倒しても減らないっすよ!」


「そういう仕様もあったなぁ」


 ペットが倒した際に得られるポイントは、自分で倒した時の半分程度。

 そういう仕様があったことを今まですっかり忘れていた。


「これだけ稼げるならエサ代も余裕そうだな」


 ということで、皆でエサ代を確認する。

 だが、現実は余裕と全く言えないものだった。

 エサ代も跳ね上がっていたのだ。

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