166 撤退
初手に籠城を選んだのは間違いだった。
まずは迎撃し、厳しくなったら籠城戦に持ち込むのが正解だ。
そうすれば、こちらの主力である数百頭の動物軍団を有効に活用できた。
「――などと反省すべき点はあるが、所詮は結果論だな」
俺は、ふぅ、と息を吐いた。
「風斗君、私たちはどうしたらいいのでしょうか」
美咲は今にも破られそうな扉を見ている。
扉の手前では栗原がゴルフクラブの二刀流で備えていた。
「校舎正面の扉を突破されるまでは待機で」
「突破されたら?」
「その時は校舎を放棄してバスで逃げよう。他の人には悪いが、自分たちの命を最優先にしたい」
リヴァイアサンに手が出せない以上、校舎での籠城は不可能だ。
できれば今すぐ逃げ出したかった。
そうしないのは、俺たちの逃走が他に被害を及ぼしかねないからだ。
校舎を出るには障害物を取り除く必要がある。
つまり、徘徊者の出入りが自由になってしまうということ。
だから、「もうダメだ」と思える限界まで待つ。
「敵が雪崩れ込んでくるぞ! ペットに戦わせろ!」
話している間に校舎正面の扉が突破された。
玄関口で徘徊者とペットの戦闘が始まっている。
「もう突破されたのか。机や椅子で道を塞いでいたはずだろ」
状況を確認するべく、俺は二階に上がって外の様子を確認した。
「これは……」
徘徊者が障害物を片付けている。
マキビシまで丁寧に拾い、邪魔にならない場所へ集めていた。
人間さながらの動きだ。
(そういえば島で戦った時も、フェンスの脚をブロックから抜いていたっけ)
あんな風に動かれると、机や椅子では大した時間稼ぎにならない。
「今すぐ逃げよう!」
俺は階段を下りて仲間たちに言った。
「なら突破っすね! タロウ、GO!」
「ブゥゥウウウウ!」
サイのタロウが突進して障害物ごと扉をぶち破る。
外にいた徘徊者も蹴散らして道を切り開いた。
「バスまで走れ!」
一斉に飛び出す。
俺はタロウの横を抜けて先頭を走る。
それに女性陣が続き、少し間を開けて栗原も。
戦闘はタロウとジロウが受け持つ。
両者の戦闘力はここでも健在で、徘徊者をガンガン倒していた。
(徘徊者の耐久度はクラス武器実装後と同じ、もしくはやや低い程度か)
初期と違ってかすった程度では死なない。
だが、的確に頭部や胴体を攻撃するとあっさり死ぬ。
一般的なゾンビ映画のゾンビを彷彿させる柔らかさだ。
「よし、ウシ君も乗ったぞ! あとはタロウとジロウだけだ!」
「タロウ! 戻ってくるっす!」
「ジロウも急ぐのだ!」
燈花と涼子がバスに乗るよう指示を出す。
最初にジロウが乗車し、最後にタロウが乗った。
「美咲、ドアを閉めて車を出してくれ!」
「任せてください!」
――と、その時だった。
「待ってくれぇぇぇ! 俺も乗せてくれぇ!」
バスに誰か走ってくる。
メガネを掛けたマッシュルームカットのニキビ顔の男子だ。
〈ハッカーズ〉の毒嶋である。
黒いヒョウをペットとして連れており、右手には短刀を持っていた。
「あいつ、生きていたのか!」
俺は反射的に「奴にかまわず扉を閉めるんだ」と言いそうになる。
だが、やってくるのが彼だけではないので思いとどまった。
女子が一緒なのだ。
それも二人。
(あの二人は……)
サバイバルダンジョンで見かけたので覚えている。
俺たちに次ぐ成果を残した女子グループの連中だ。
片方はリーダーを務めていた三年の
もう一人の名前は分からない。
「漆田! 置いていかないでくれぇ!」
毒嶋が大玉の汗を流しながら叫ぶ。
走る速度が遅くて、後続の楢崎たちに抜かれていた。
ペットの黒いヒョウがジーッと俺を見つめている。
毒嶋を見捨てたら襲い掛かってきそう。
そんな威圧感があった。
「置いていかないから早くしろ!」
ヘトヘトの毒嶋がどうにかバスに乗り込んだ。
「美咲、出してくれ!」
「分かりました!」
美咲が扉を閉めてアクセルを踏み込む。
バスが唸り声を上げて動き出し、徘徊者をはね飛ばしながら校外へ。
「風斗君、どこに向かえば?」
「分からん……。とにかく安全そうな場所へ! ここは危険だ!」
今は体勢を立て直すのが急務だ。
そのためにも、敵の居ない場所で一息つく必要があった。
「「「グォオオオオオオオオ!」」」
徘徊者は道路にもうじゃうじゃいた。
轢くとあっさり死んで消えるので大した妨げにはならない。
だが、その際の衝撃でバスが揺れるため危険だ。
「また徘徊者です!」
美咲の発言から数秒後、バスが徘徊者を轢き殺した。
ドゴンと鈍い音が響き、車内が大きく揺れる。
俺たちは適当なものにしがみついて必死に耐えた。
「いつ横転してもおかしくないな……」
とてもではないが生きた心地などしなかった。
◇
どこに行っても徘徊者がいる――。
学校を出てすぐの頃はそう思っていた。
だが、しばらくすると落ち着きだしてきた。
「少しの間、ここで休憩するとしよう」
辿り着いたのは、学校から数十キロのガソリンスタンド。
燃料をかなり消費したので、念のために給油しておくことにした。
「俺たちで済ませておくから、美咲はバスで休んでいてくれ」
「分かりました」
美咲とジョーイを残して車外に出る。
「ルーシー、お願い」
「キィイイイイ!」
ルーシーが由香里の肩から飛び立つ。
ご主人様の命令を受けて周辺の索敵を行っている。
結果が分かるまで、俺たちは臨戦態勢を維持していた。
「キィ! キィ!」
ほどなくしてルーシーが帰還する。
「ちょっとだけいるみたい、近くに」
「少しなら問題ないだろう」
給油は終わったけれど、それでも休憩することにした。
「遅くなったが自己紹介をしよう。簡単に名前だけ」
言い出しっぺの俺が名乗る。
それに続いて仲間たち、栗原、他の三人と続く。
「毒嶋、パンサー、彩音と
「先輩に対して呼び捨て? しかも下の名前で」
オリーブブラウンのセミディ――ミディアムとセミロングの間――な髪をした女子・楢崎彩音が言った。
由香里と同じくスラッとした美人で、胸はそれほど大きくない。
木製の競技用薙刀を背中に装備している。
「失礼、楢崎先輩。つい癖で」
「冗談よ。他の子と同じように呼び捨てでお願い、漆田君」
彩音が「ふふ」と笑う。
本当に高三なのかと疑わしくなるほどの大人ぽさがある。
さすがは薙刀部の部長兼図書委員だ。
ちなみにその情報は、本人からではなく麻衣から教わった。
サバイバルダンジョンが終わってすぐの頃に。
「漆田風斗、私の苗字は?」
何故かフルネームで呼んでくるのはもう一人の新顔。
美咲より低い身長と、美咲より長い白銀の髪が特徴的だ。
顔も幼くて、小学三年生と言われても納得できるレベル。
武器は右手に持っている金槌。
「覚えているよ。
「正解」
「愛理って本当に一年っすか?」
燈花は愛理の前に立ち、彼女の顔をジロジロ見ている。
「そうだけど、なんで?」
「だって見覚えないっすよー!」
「私も思っていました! これほどのロリっ子であれば、たとえ別のクラスだったとしても顔を覚えているはずですとも!」
一年コンビは愛理のことを知らなかった。
「二人が知らないのも無理ないわ。だって愛理は学校に行っていないから」
何故か彩音が答える。
「不登校ってことっすか?」
「違う、転移した日に転校してきた」
愛理が答えた。
「だから私や他の子らも愛理のことを知らなかったんだよね」
「ほっへぇ! そうだったんすかー!」
「転校初日に転移だなんて不運もいいとこですかな!」
「不思議な体験ができたので不満はない」
俺たちは「前向きだなぁ」と笑った。
「つかよ、ヒョウの名前にパンサーはないだろ。犬に『ドッグ』って名付けるのと同じだぞ」
栗原が毒嶋の黒いヒョウを見つめる。
「別に愛着があるわけでもないし何だってよかったんだ」
毒嶋が何食わぬ顔で答える。
「酷い」
毒嶋を睨む由香里。
燈花も不快そうな表情を浮かべている。
「…………」
当のパンサー自身は無表情だ。
毒嶋の傍に座って銅像のように固まっている。
「それで漆田風斗、これからどうするの?」
愛理が尋ねてきた。
他の皆も俺を見ている。
「そうだな――」
俺は少し考えてから答えた。
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