165 戦闘開始

 翌日。

 最終イベント2日目。

 帰還まで、残り30日――。


 11時50分頃、俺たちは一階の廊下に集まっていた。

 寝床にしている教室を出てすぐの出入口を見張っている。

 扉は固く閉ざされていて、その内外には机や椅子が積まれていた。


「窓を補強したせいでここからだと殆ど見えねぇな」


 栗原が廊下の窓から外の様子を窺う。

 打ち付けられた板の隙間から目を細めて見ていた。


「本当にここで待機していていいのかい? 少年」


 涼子が尋ねてくる。


「かまわないさ。上に行ってもやることがないし」


「だが見渡しがいいぞ!」


「俺たちの役目は最終防波堤として突破してきた敵を止めることだ。見えにくいのは大して問題にならないだろう。戦う時がきたら見渡しもよくなっているさ」


 二階より上の窓は補強されていない。

 窓ガラスが外されて、簡単に身を乗り出せるようになっていた。

 そこにクロスボウを装備した大量の生徒が待機している。


 籠城戦ではこのクロスボウが攻撃の要になる予定だ。

 机や椅子、木の板などで敵の侵入を阻みつつ、クロスボウで迎撃する。

 それが増田たち教師陣の考えた戦い方だった。


 また、運動場にも余った机や椅子が散乱している。

 あえてそのようにしており、敵の移動を阻害するのが目的だ。

 どこから手に入れたのかマキビシもばらまかれていた。


(見えにくいのはまぁいいとして、それよりも……)


 俺は今回のイベントについて考えていた。

 ほぼ全てに及ぶ機能の廃止や1ヶ月という長期間など。

 明らかに異質だ。


(今回だけ趣旨が違うように感じるな)


 これまでは俺たちの考え方を知ろうとしていた。

 毎朝の〈アンケート〉などがその最たる例だ。


 だからなのか、可能な限り俺たちが死なないように配慮されていた。

 おかげで転移者の半数以上が今も生きている。


「おーい、風斗ー、戻ってこいっすー!」


 燈花に体を揺さぶられてハッとする。


「おっと、失礼」


「また考え事?」と由香里。


 彼女の肩にはハヤブサのルーシーがちょこんと待機している。


「ちょっとな。Xの意図を考えていたんだ」


「何か分かった?」


「いやー、全然」


「意図とかもうどうでもよくないっすか?」


「燈花さんと同意見です! このイベントが終われば帰還できるわけですから、クリアすることだけ考えればいいのではありませんかな!?」


 仰る通りなので、俺は「それもそうだな」と返した。


「話は変わるが、漆田少年的にはどうだ? 増田先生の防衛策は!」


「いいんじゃないか。物理的な障害物を防壁の代わりにして、安全圏からクロスボウで攻撃する……教科書通りといった感じで文句ないよ」


「漆田少年がそう言うのであれば安心だな! 1日はもってくれそうだ!」


「30日もってもらわないと困るんだけどな」と苦笑い。


「問題は矢が尽きたあとですかな!?」


「熱湯が通用するか試すみたいだけど、通用しないと厳しいかもなぁ」


 防衛の焦点は今日や明日といった目先の戦いではない。

 イベント終了まで凌げるかどうかにある。

 琴子の言う通り、問題になるのは矢が尽きたあとだろう。


 増田の想定だと1~2週間でそうなる。

 それまでに有効な戦い方を見つけ出す必要があった。

 〈ショップ〉を使えれば矢を補充できるが、現時点では期待していない。


「そろそろ始まるっすよー!」


 燈花がスマホを見せる。

 時刻は11時59分50秒。


「あと10秒だ」


 俺は栗原の隣に立ち、彼と同じように目を細めた。

 隙間から見える運動場の様子に変化はない。


「残り5秒っすよー!」


 燈花がカウントダウンを始める。


「3……2……1……」


 そして、12時00分。

 戦いの時間がやってきた。

 その瞬間――。


「「「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」


 大量の徘徊者が運動場に出現。

 嫌になるほど戦ってきた人型と犬型のノーマルが大半だ。

 この点は俺たちの予想通り。


 しかし、予想外のこともあった。

 徘徊者と同時に現れた魔物だ。


「いきなりボスかよ!」


 かつて麻衣と美咲の三人で倒した強敵・リヴァイアサンだ。


「しかも3体いますよ!」


 美咲が声を上げる。

 横並びのリヴァイアサンはとんでもない迫力だった。


「「「撃てー!」」」


 上層階から声が聞こえる。

 迫り来る徘徊者に向かってクロスボウ部隊が攻撃を開始した。

 だが、その声はすぐに途切れることとなる。


「グォオ……!」


 リヴァイアサンが体を仰け反らせている。

 攻撃態勢に入ったのだ。


「まずいぞ!」


 俺が叫んだ直後には、水の塊が放たれていた。

 三体のリヴァイアサンが放ったそれは――。


 ドガァァァン!


 派手な音を立てて校舎に直撃した。

 校舎にクレーターのような窪みができる。

 そこから粉々になった建材が落ちていた。


「「「ぎゃあああああああ」」」


 生徒らの悲鳴が聞こえる。

 どういう状況か分からないが、被害は甚大みたいだ。


「おい! 漆田!」


 栗原がリヴァイアサンを指す。

 3体は既に攻撃態勢に入っていた。


「またくるぞ!」


 耳の鼓膜がやぶれそうな程の音と衝撃が広がる。


「だめだ! 窓にいたらやられる!」


「逃げるな! 矢を放て!」


「ならお前がやれよクソ教師! 増田先生みたいに手も動かせや!」


 生徒と教師の怒鳴り合う声が聞こえる。

 クロスボウ部隊は早くも戦意を喪失していた。


 そうこうしている間も敵の猛攻は続く。

 徘徊者が各出入口に張り付いて突破を試みようとしていた。

 リヴァイアサンの後押しもあって手のつけようがない状況だ。


「嘘だろ……こんなの……」


 最低でも矢が尽きるまでは安泰だと思っていた校舎が崩壊しかけている。

 1日はおろか1時間すら耐えられそうになかった。

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