160 最終イベントのお知らせ
12時の仕様変更に備えて、俺たちは城内の食堂で過ごしていた。
早めの昼食を終え、美咲の作ったおつまみを頬張りながら。
しかし、12時00分になった瞬間――。
「うお!?」
「なんすか急に!?」
――突然、俺たちは城の外に瞬間移動した。
椅子やソファに座っていた時の姿勢で。
そのせいで派手に尻餅をつき、女性陣のパンティーが見えてしまう。
ゴリラのジロウが「ウホホ」と喜んでいた。
俺も「フフ」と笑った。
ピロロン♪
驚いている間に通知が入った。
全員でスマホを確認する。
タイトルは『システム変更のお知らせ』と書いてあった。
いつになく「です・ます調」と「だ・である調」が混在する文章だ。
一言でまとめると「大半の仕様は廃止した」ということ。
クラス武器、クラススキル、普通のスキルは余裕の廃止。
毎朝のアンケートや選挙システムも廃止され、ギルドも解散した。
所有物も大半が消えている。
武器は自作・市販品に関係なく消滅し、船も消えた。
拠点の所有権もなくなったため、目の前の城にはもう入れない。
所有物で残っているのはペットと衣料品だけだ。
ただ、衣料品に付与されていたオプションは消えている。
なので――。
「暑いですかな!? 暑いですとも! 着ていられないですよ!」
――琴子のウインドブレーカーは季節違いのクソアウターと化した。
「何が消えたか確認するより、何が残っているか調べるほうが早いな」
「ですね……」と眉をひそめる美咲。
ジョーイが悲しそうに「クゥン」と鳴いた。
「通知の文章を読む限りだと、残っているのは〈ショップ〉と〈ログ〉と〈地図〉だけっすかね?」
燈花がスマホを見ながら言う。
「そうだと思うが……何故かコクーンが開けないぞ」
「私もっす!」
「お姉さんもだ!」
システムの変更以降、コクーンが使えなくなっていた。
厳密にはアイコンをタップすると立ち上がるのだが、一瞬で自動終了する。
「新しい仕様って〈地図〉に他の生存者の位置が表示されるだけ?」
由香里が尋ねてくる。
「分かるのは位置だけで、名前は不明らしいですとも!」
琴子が答えた。
「おおむね事前の予告通りだけど、それにしてもこの廃止ラッシュは……」
何が何やら分からずに困惑する俺たち。
グループチャットを確認すると、他所でも同様の混乱が広がっていた。
ピロロン♪
再び通知が入る。
今度はイベントのお知らせだった。
ただし、その内容は明らかにこれまでと違っていた。
詳細を読むまでもなくタイトルで分かる。
何せタイトルが『最終イベントのお知らせ』だったのだ。
ルールも非常に分かりやすい。
『31日間、生き延びること』
それだけだ。
クリア=生存すると日本に帰還できる。
ご丁寧に括弧書きで「生存者全員」と書いてあった。
「Xの謎実験が最終段階に入ろうとしているんだな」
俺はイベントの詳細を確認した。
==============================
・13時00分になると、日本を模したフィールドに転移します。
・翌日の12時00分までは準備期間であり、平和にお過ごしいただけます。。
・準備期間が終わると、徘徊者や魔物が出現します。
・これまでと違い、徘徊者や魔物は一定時間が経過しても消えません。
・今日を含めて31日間を生き延びればイベントクリアとなります。
==============================
要するに時間無制限の徘徊者戦を31日間しろ、ということ。
最初の1日が準備期間なので、実質的には30日間のサバイバル戦争だ。
お知らせをスクロールしていくと、いくつかの補足説明があった。
==============================
・ペットは1人1匹のみとなります。
(複数の動物を所持している場合、最初に買った動物以外は消滅します)
・ペットのエサ代は最初の三日間のみ無料となっています。
・〈ショップ〉では地球に存在する物しか売っていません。
==============================
ペットの所有数に制限があるとのこと。
ウチの場合、タロウ、コロク、ジロウを所有する燈花が引っかかる。
「まずいっすよ! コロクとジロウが!」
案の定、燈花は慌てふためいた。
目に涙を浮かべて取り乱している。
「安心しろ、所有権を移せば問題ない」
「そうですとも! 私と涼子さんにお任せ下さい!」
琴子の言葉に、涼子が「うむ!」と頷く。
「そっか、そういう抜け道があったっすね!」
燈花はすぐさま所有権を二人に移した。
コロクは琴子の、ジロウは涼子のペットになる。
とはいえ、どちらも燈花になついたままだ。
所有者が変わってもペットの性格は変わらない。
ウシ君もそうだった。
「あとは13時の転移まで待機するだけか」
時刻は既に12時45分。
15分もすれば日本を模したフィールドとやらに転移する。
「なんだかんだで帰還できそうっすよねー!」
ペットの問題が解決してすっかり元気な燈花。
「TYPプロジェクトに失敗した時はどうなるかと思ったが、人生とは分からぬものだなぁ!」
愉快気に言う涼子。
由香里が「だね」と小さく笑った。
(果たしてそう上手くいくかな……)
俺は楽観できずにいた。
「風斗君、どうかしましたか?」
美咲が俺の様子に気づいた。
顔を覗き込んでくる。
「いや、この最終イベント、かなり過酷だと思ってな」
「そうですか?」
「今まで2時間だった徘徊者戦が30日間続くんだぜ? しかも防壁がない」
「たしかに……」
「大丈夫っすよ! 敵なんてタロウが蹴散らすっす!」
タロウが任せろとばかりに「ブゥ!」と鳴く。
負けじとジロウが「ウホーッ!」と胸を叩いた。
「たしかにペットは強いが、休みなしで戦い続けるのは無理じゃないか」
「そこは隠れるとかなんとかするしかないっすよ!」
「まぁな」
実際のところは始まってみないと分からない。
だが、現状ではとてもクリアできる気がしなかった。
そもそも、Xは今まで俺たちの帰還を妨げてきた。
帰還の権利を報酬にした時だってそうだ。
さもクリアすると全員が帰れるかのように装ってきた。
帰還させたくないのは明らかだ。
それが今になって急に心変わりなどするものだろうか。
このイベントのために渋っていた、と考えることはできる。
だが、俺にはそんな風に思えなかった。
なによりも……。
(昨日、女ゼネラルが接触してきたのはどうしてだ?)
あのゼネラルは、明らかにXの計画を阻止したがっている。
次のイベントで帰還できるなら、謎スマホなど不要のはず。
もっと別の……例えばイベントを快適に進められるチート武器のような物を渡したほうが確実だろう。
(次のイベントはクリアできない前提なんじゃないか?)
そう考えると納得できた。
「おーい、風斗、大丈夫っすかー?」
燈花の言葉でハッとする。
「大丈夫か漆田少年。眉間にすごいシワができていたぞ!」
「失礼、考え事をしていた」
「大丈夫、何があっても風斗は私が守るから」
「由香里ー、お姉さんも守ってくれぇ!」
「やだ」
「えええええええええ!」
大袈裟に仰け反る涼子と、それを見てクスリと笑う由香里。
「さて、そろそろだな」
時刻は12時59分。
秒針が一定のリズムで進んでいき、一周を終える。
俺たちの視界ががらりと変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。