最終章:英雄

159 最終章 プロローグ

 麻衣の帰還と時を同じくして――。


 純白の部屋に、一人の男がいた。

 その男――ベインは席に座り、PCのような機械を操作している。

 顔はニヤニヤと笑っていた。


「セット完了! これであとは時間になったらイベント開始だ!」


 ウキウキのベイン。

 しかしそこへ――。


「イベントは中止だ」


 上司のクロードがやってきた。


「え、クロードさん!? ずいぶん早いお戻りじゃないですか!」


 クロードは嬉しそうに「ふっふっふ」と笑う。


「反対派が思ったよりも弱くてな。拍子抜けするほどあっさり終わったよ。TYPプロジェクト様々だ」


「ん? どういうことですか? TYPプロジェクトって我々にとってはマイナス要素だったんじゃ?」


「俺もそう思っていたのだが、上の連中には違っていたようだ」


「というと?」


「TYPプロジェクトによって、地球人が『科学』と称する技術の水準が、我々の想定を大きく上回ると判断された。それによって反対派の一部が賛同に回ったんだ」


「ほっへぇ。じゃあ12時になったら次のフェーズを始める方向で?」


「そうだな。何やら考えていたイベントを中止させて申し訳ないが、次のフェーズの準備を進めてくれ」


「いいですよ。クロードさんから『申し訳ない』って言葉が聞けたんで!」


「ふっ」


 尋常ならざる速度でキーボードを叩くベイン。

 しばらくすると彼は振り返り、クロードに尋ねた。


「こちら側の戦力設定って、生存している参加者の総数を日本人の総人口で割った数値にすればいいんですよね?」


「そうだ」


「分かりました!」


 指示に従い、算出された数字を入力する。

 0.000……と、0がいくつも続く小さな数字だ。


「終わりましたよクロードさん!」


「ここまでよく頑張ったな、ベイン。あとは管理者である俺の仕事だ。お前は出番が来るまで自由に過ごしているといい」


「了解です!」


 席を立ち、部屋から出て行こうとするベイン。

 しかし、何歩か歩いたところで「あ、そうだ!」と立ち止まった。


「クロードさんがいない間にアリィが戻りましたよ!」


「そうだったか。〈交信〉にも応答しないで何をしていたんだ?」


「計画の成功に備えて生理の苦しみを体験していたみたいですよ!」


「生理?」


「地球人の女がなるやつですよ! 月に1回ほどの!」


「そういえばそんなものがあったな。これからいくらでも味わえるというのに、今から生理を体験するなんて真面目な奴だ。だが、それで勝手に抜けられては困るな」


「いいじゃないですか! 計画の成功を確信して舞い上がっちゃったんですよ! 今も出産を体験しに行っているくらいですから! ほら、日本人の言葉にあるじゃないですか、『最後がよければどうでもいい』みたいなやつ!」


「終わり良ければ全て良しか」


「そう! それですそれです!」


「まぁその通りだな」


「でしょ! じゃあ自分はお先に! お疲れ様っしたー!」


 ベインはリズミカルな足取りで出て行った。

 彼の足音が完全に消えたのを確認すると、クロードは息を吐いた。


「日本には『勝負は下駄を履くまでわからない』という言葉もあるからな」


 クロードはキーボードに手を伸ばした。

 そして、先ほどベインが設定した戦力設定の数値を変更する。


 0.000……という数値を削除し、新たに1と入力した。

 つまり、島の生存者の合計が約1億2000万人であると想定したものだ。

 実際の生存者数とは桁がいくつも違っている。


「さすがにこれだと露骨すぎてマズいか」


 クロードは数値を1から0.01に変更。

 それでも1億2000万の1%、120万ということになる。

 その数字は、風斗ら生存者の総数よりも遥かに大きいものだ。


「これでどう転んでも奴等が生き残ることはない」


 クロードの口角がぐいっと上がる。

 自然に「くくく」と言葉が漏れ、瞬く間に高笑いと化す。

 一時は狼狽していたクロードだが、今は計画の成功を確信していた。

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