158 第十章 エピローグ

 朝食は明るいムードで過ごすことができた。

 美咲が高級食材をふんだんに使ったご馳走を作りまくったからだ。

 俺たちは「朝からこんなに食えるか!」と笑いつつ完食。

 全員のお腹がポッコリと膨らんでいた。


 そして――9時50分。


 いよいよ別れの時がやってきた。

 城の外の草原に集まる。


「これでウシ君は正式に風斗のペットになった!」


 まずはペットの所有権を俺に移す。


「モー……」


 ウシ君は目に涙を浮かべて麻衣に体をスリスリ。

 所有権が俺になろうと、ウシ君のご主人様は麻衣なのだ。

 コクーンで生み出された動物も地球の動物と何ら変わりない。


「権利を行使する前に改めて確認しておこう」


「だね!」


 麻衣は寂しがるウシ君を撫でながら答えた。


「帰還するとスマホからコクーンが削除されるんだよな?」


「あと〈ショップ〉で買った物も一部は消えるみたい」


 スマホを見ながら答える麻衣。

 一部というのは、主に医薬品、武器、動物などが該当する。

 瀕死の重傷すら一瞬で治す万能薬などは持ち帰れないということ。


「服は大丈夫なんだよな? いくつか詰めていたけど」


 俺は麻衣の足下に置かれているキャリーバッグを見た。

 かなり大きめで、中には食糧や衣類の他、色々な物が入っている。


「オプションは消えるみたいだけどね!」


「地球の技術じゃあり得ない類のものだけ持ち帰れない感じか」


「それに武器や動物も加わる感じかな」


 俺と麻衣が話していると、燈花が背中を押してきた。


「確認はいいからそろそろ渡したらどうっすかー?」


「そうだぞ漆田少年! その妙に大きなプレゼントを渡すのだ!」


 涼子が加勢する。

 二人が言っているのは、謎スマホとオマケ二つが入った箱だ。


「ああ、そうだな」


 俺は抱えている箱を麻衣に渡した。


「麻衣、これを手島祐治に渡してくれ」


「え、私へのプレゼントじゃないの!?」


 驚く麻衣。

 他の皆も「えええ」とびっくりしている。


「中には前に海岸で拾った手島重工のドローンと、TYPプロジェクトの継続を希望する嘆願書が入っている」


 本当だ。

 ただ、追加で謎スマホも入っているだけで。

 嘘をついていないので、俺の表情に変化は起きていない。

 当然、麻衣や他の皆は気づいていなかった。


「つまり私の任務に『手島祐治との接触』も追加されるってこと!? 愛のプレゼントだと思っていたのに!」


「そうなる。すまんな」


「めちゃくちゃ難易度が高いじゃん! 今の手島って、日本中で命を狙われているからどこにいるか分からない状況だし!」


 そう、手島は雲隠れしてしまった。

 彼だけでなく、手島重工の重役が軒並み姿を消している。

 大災害の件で日本中から目の敵にされているためだろう。

 世間では、海外のどこかに逃げたのではないか、と推測されていた。


「大丈夫、コンタクトをとる手段も考えておいた」


「ほんと!?」


「ああ、涼子の大親友こと里奈に頼ればいい。彼女なら手島の居場所を知っているはずだ。手島重工の関係者だと手島の次くらいに有名人だし」


「そっか! 日本に戻ったらSNSやチャットで話すことができるんだ!」


「そういうこと。俺たちの身内が無事かを確かめるためにも、手島の協力を得られるのは大きいと思う」


「なるほど! 任せて! じゃあ日本に戻ったら里奈さんに話しかけてみる!」


「頼んだぜ」


 これで謎スマホは手島の手に渡るだろう。

 ピンク髪のゼネラルの言う通りなら、TYPプロジェクトは前進するはずだ。


「他にも麻衣に何か言ったり頼んだりしたい人はいないか?」


 俺は皆に確認した。


「昨日、十分に話したから大丈夫だけど――」


 と言いつつ、由香里は麻衣にハグした。


「――やっぱり寂しい、麻衣がいないのは」


「あはは、ありがとう由香里。私がいなくても涼子に負けるんじゃないよ」


 涼子が「んが!?」とへんな声を出す。


「大丈夫、涼子が暴走したら矢で射抜くから」


「やめろー! お姉さんだってレディなんだぞ! 優しく扱うのだ!」


 由香里は笑みを浮かべてハグを終える。

 入れ替わりで、今度は涼子が麻衣を抱きしめた。


「一人で辛いこともあると思うが、そんな時は我々のことを思い出すのだぞ麻衣タロー!」


「うん! そうする! こう見えて寂しがり屋だからね、私」


「どう見ても寂しがり屋じゃないか! お姉さんには分かるぞ!」


「涼子はそんなキャラなのにちゃんとお姉さんをしているもんね」


「ふっふっふ」


 涼子が話し終えると、今度は燈花と琴子だ。


「ちゃんとSNSで毎日報告するっすよ! 家族もそうだけど、麻衣が無事でいるかも気になるっす!」


「そうですとも! 皆さんより短い付き合いの私が言うのははばかられますが、仲間の絆は家族に勝るとも劣らないものですから!」


「もちろんちゃんと報告するよ。二人とも、私がいないからって好き勝手に羽目を外したらダメだからね」


「それは約束できないっす! 麻衣がいない間に風斗とあんなことやこんなことを楽しむかもしれないっす!」


「そうですそうです! 風斗さんとイチャイチャしちゃうかもしれないですとも! そうなっても許してくれますかな!?」


「いや、許さない」


 何故か由香里が答える。

 琴子は「いやだなぁ、冗談ですよ」と慌てて訂正した。


「別にイチャイチャしてくれていいよ。後悔しないよう、私も風斗とたくさんイチャイチャさせてもらったから!」


 麻衣はキャリーバッグに箱を載せ、俺に近づいてきた。

 そして、俺の首に腕を絡め、皆の前でキスする。

 かつて美咲が栗原に見せつけた時のようなディープキスだ。


「「「なっ……!?」」」


 誰もが驚き固まっている。

 お調子者の涼子ですら愕然としていた。


「ほらね! 私だってもう奥手じゃないから!」


「麻衣……! いつの間に……!」


 グギギギギ、と歯をきしませる由香里。


「やるなぁ麻衣タロー! 一皮剥けたのか!」


「そういうこと! むしろ帰還の権利を行使することで、風斗の記憶のど真ん中を私が占領し続けると言える! 一歩リードしたようなもの!」


「その理屈はよく分からないが……」


 という、俺の呟きはスルーされた。


「麻衣さん」


 ここまで静かだった美咲が口を開く。


「絶対に無理をしないでくださいね。私たちがなによりも願っているのは、麻衣さんが無事でいてくれることですから」


 皆が頷く。

 麻衣は「もちろん!」と呟いた。


「あと、それから――」


 美咲が近づき、麻衣に耳打ちする。


「風斗君の……いただいた……私……残念ながら……記憶のど真ん中……私に……」


 麻衣と密着しているため、俺にも微かながらに聞こえてくる。

 はっきりとは分からないまでも、何を言っているかは察することができた。


「なっ……!」


 今度は麻衣が固まる。


「美咲、あんたって女は……!」


「私、欲しい物は手に入れないと気が済まないお子様なので」


 ふふふ、と微笑む美咲。


「なになに、何の話っすか?」


「お姉さんにも教えてほしいなぁ!」


「気になる」


「隠し事は良くないのではありませんかな!? ありませんとも!」


 燈花たち4人が美咲に尋ねる。

 だが、美咲は「内緒です」と笑って流した。


「それじゃ! 私は一足先に日本へ帰らせてもらうね!」


 麻衣はキャリーバッグを左手で持ち、右手でスマホを操作する。


「今まで一緒にいてくれてありがとう。初日に麻衣と出会わなかったら今の俺はない。本当に感謝しているよ」


「私のほうこそ! 風斗と出会えたのは人生で一番の幸運だと思っているよ! また落ち着いたら戻ってくるからね!」


「戻ってくるって、どうやって?」


「そこは『その前に俺たちも日本に帰還するから安心しろ』でしょ!」


「おっと、そのほうがよかったか」


「まだまだ男らしさが足りないね」


「次に会う時までには成長しておこう」


「期待してる!」


 麻衣は全員の顔を見たあと、最高の笑顔で言った。


「またね! みんな!」


 それと同時に権利を行使し、彼女の姿がその場から消える。


「帰っちゃったっすねぇ……」


「早くも寂しくなってきましたとも!」


「同感です」


 先ほどまで麻衣の立っていた場所を見つめたまま話す。


「俺たちも頑張らないとな」


 スマホで時間を確認する。

 驚いたことに、時刻は11時30分だった。

 10時に別れる予定が、ずいぶんと話し込んでいたようだ。


「あと30分でシステムの変更が行われるんだな」


「念のため、余っているポイントで食糧などは買い込んでおきました」


「他にも必要そうな物を揃えておくか」


 麻衣との別れを惜しみつつ、俺たちは新たな局面を迎えようとしていた。


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 最終章は11月26日から連載開始です!

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