156 ゼネラルからの贈り物
どうして徘徊者が日中に現れたのか。
そもそも今は徘徊者戦自体が行われないはずでは。
全く理解できなかった。
(とにかく逃げないとまずい!)
今の俺に太刀打ちする術はない。
俺は混乱しながらも〈テレポート〉を使おうとする。
だが。
「んぐっ……!」
ピンク髪のゼネラルに距離を詰められた。
奴は右手で俺の口を押さえ、スマホの操作を許さない。
彼我のスピードにはカメとウサギ以上の差があった。
「漆田風斗、私に敵意はない」
「――!?」
突如、ゼネラルが話し始めた。
今まで一度たりとも声を発したことがなかったのに。
(コイツ、女なのか……?)
ゼネラルの声質は、スマホの音声アシストに似ていた。
ただ、機械で加工されたような違和感があって本当の声かは分からない。
しなやかで長い髪や細身のシルエットなど、見た目的には女に感じる。
「時間がないので手短に用件を言う。そちらの意見は聞かない。分かったら瞬きをしろ」
言われたとおり瞬きをしてみせた。
ゼネラルはコクリと頷き、続けて話し始めた。
「TYPプロジェクトの失敗はXの仕業だ。今のままではどうやっても成功することはない。プロジェクトを成功させたいのであれば、夏目麻衣にこれを持ち帰らせ、手島祐治に渡せ」
俺のズボンのポケットに、ゼネラルが左手を突っ込む。
何か入れられたが、顔を動かせないので確認することができない。
「ただし、私のことは誰にも言わないように。仲間にも口外してはならない。あなたの言動はXに監視されている。バレたらTYPプロジェクトの成功はなくなる」
ゼネラルが「分かった?」と確認してきた。
俺は瞬きで返す。
「また会おう、漆田風斗」
ゼネラルは俺の口から右手を離すと、スッと姿を消した。
まるで〈テレポート〉を使ったかのように。
「なんだったんだ……」
ひとまずゼネラルに渡された物を確認する。
「スマホ……?」
見た目はただのスマートフォンだ。
充電が切れているのか、ボタンを押しても反応しない。
ひとまずポケットに戻し、その場に座り込んで頭を整理する。
本当にこの謎スマホを麻衣に渡していいのか?
いかにも協力的な雰囲気だったが、本当にそうなのだろうか?
ピンク髪のゼネラルについて、色々と疑問が浮かぶ。
それらについて辻褄の合う答えを求めていくと――。
(さっきのゼネラルが言っていたことは信用できそうだ)
という結論に辿り着いた。
もっと言えば、何故かXと
今までXは個人だと思っていた。
だが実際には集団で、中にはXの行動に反対している者がいる。
ピンク髪の剣士はその一人なのだろう。
だから彼女は、〈ハッカーズ〉の件でも道を譲ってくれた。
もしかしたら彼女ではなく彼なのかもしれないが。
(とりあえず謎スマホをどうやって麻衣に渡すかだな)
彼女は仲間にも口外するなと言っていた。
Xに言動が監視されているのなら、たしかに言うわけにはいかない。
とはいえ、事情を話さずにスマホを渡すのは難しい。
何も知らない麻衣は「これは何?」と尋ねてくるだろう。
(何も聞かず手島に渡してくれ……とは言えないな)
言えば麻衣は素直に従ってくれるだろう。
しかし、Xにバレたら謎スマホの存在まで発覚しかねない。
Xは俺たちの言動を監視しているようだから、その可能性は考えられる。
(クソッ、Xに監視されているかどうかを把握できたら楽なのに!)
Xの監視には穴があるのだろう。
だからピンク髪の剣士は俺に接触することができた。
だが、俺にはその穴を知る術がない。
であれば、常に監視されている前提で動くしかない。
(思ったよりも難しいな)
ひとまず〈テレポート〉を使って帰還した。
◇
それから俺は、どうやって麻衣に謎スマホを渡そうか考え続けた。
Xに見られても怪しまれないようなやり取りで渡す方法を。
そして、ある方法を閃いた。
「これでよし」
俺は自室で、少し大きめの箱に謎スマホを入れた。
他にも二点ほどオマケも入れておく。
丁寧にラッピング用のリボンで結んだら完成だ。
(これなら問題ないはず)
あとは麻衣に渡すだけだ。
◇
夕飯が終わり、夜になった。
この島で麻衣と過ごす最後の夜なので、皆で大浴場を満喫した。
動物たちと女性陣の素晴らしき裸体を眺めてニヤニヤする。
それが終わって一服した頃には22時になっていた。
皆は寝間着に着替えて各自の部屋で過ごしている。
(さて、そろそろだな)
俺はおもむろに部屋を出た。
静まり返った廊下を歩いて麻衣の部屋に向かう。
扉の前で立ち、大きく息を吸う。
それから、勇気を出してノックしようとするが――。
「しばらくのお別れになるけどいい子にしているんだぞー」
「モォー♪」
扉の向こうから麻衣とウシ君の声が聞こえてきた。
(そうか、麻衣の部屋にはウシ君がいるんだった!)
ウシ君は麻衣のペットだ。
そのため夜は麻衣と同じ部屋で過ごしていた。
ちなみに、彼女の帰還後は俺が所有権を引き継ぐことになっている。
(クソッ、ウシ君がいると余計に勇気がいるじゃねぇか)
扉をノックしようとしたまま固まる俺。
ここまで来るのも、いや、部屋から出るのにも結構な勇気を要したのに。
(やっぱり引き返すか)
そんな軟弱な思いが浮かぶ。
上半身は部屋から遠ざかろうと傾きつつあった。
しかし――。
(ダメだ! 今日が最後になるんだぞ!)
既に限界を超えている勇気を絞り出す。
大きく息を吐くと、俺は扉をノックした。
「ほーい……って、風斗じゃん! どうしたの?」
麻衣が扉を開け、俺を見て驚く。
「用件を伝える前に――」
俺はウシ君に目を向けた。
「――ウシ君、悪いが麻衣と二人きりにしてくれないか」
「モー?」
ウシ君は確認するように麻衣を見る。
麻衣が頷くと、大人しく部屋から出ていった。
「どうしたの? 二人きりになりたいだなんて」
麻衣はソファに座り、テレビを消した。
「大事な用があって来た」
俺は部屋に入ってすぐ、扉を背にして立ったまま話す。
「そりゃそうでしょうよ。顔もマジっぽいし。で、どうしたの?」
麻衣も真剣な顔で俺を見る。
「では単刀直入に言おう――」
震える声を必死に抑えながら言う。
「――俺は、夜這いをするためにここへ来た」
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