155 まさかの展開
「麻衣、今、なんて……」
ポカンとする俺たちに向かって、麻衣はもう一度言った。
「前にギルドクエストで手に入れた帰還の権利を行使して日本に帰ろうと思う」
俺は「自分だけ逃げるつもりか!」とテーブルを叩き――はしない。
麻衣の気持ちが痛いほど分かるからだ。
「家族の安否が気になって仕方ないんだな」
「うん……」
麻衣は「ごめん」と皆に頭を下げる。
「私は麻衣さんの帰還に賛成です」
真っ先に言ったのは美咲だ。
この発言に皆が「えっ」と驚く。
麻衣もびっくりしている。
「私もシゲゾーや家族が無事か気になります。ですので、麻衣さんには日本に戻って無事を確かめてもらいたいです」
「たしかにそうしてもらえるとお姉さんも安心だ!」
などと賛同する涼子だが、彼女だけ事情が異なっていた。
何故なら既に身内の無事を確認できているからだ。
里奈がSNSで報告していた。
それでも涼子が賛同したのは、麻衣の背中を押すためだろう。
麻衣の罪悪感が少しでも薄れるようにという思いやりだ。
「麻衣が抜けるのは痛いっすけど、この状況なら帰還がいいと思うっす!」
「私も」
燈花と由香里も賛成する。
「もちろん俺も同意見だ」
「みんな……ありがとう。ごめん、本当に。私だけ、ごめん……」
麻衣はポロポロと泣き始めた
ずっと考え込み、思い詰めていたのだろう。
「むしろごめんな、麻衣。そういうところに気を配るのがリーダーの仕事なのに。俺、麻衣が言い出すまで何も考えていなかったよ」
申し訳なさそうにする麻衣を見て、俺は自分の無能さに苛ついた。
「それにしても麻衣はハズレクジを引かされたっすねー」
ニシシ、と笑う燈花。
「ハズレクジって?」
由香里が尋ねる。
「だって全員の家族を捜す必要があるんすよ?」
燈花は「あの状況の中で」とテレビを指す。
全く追いついていない救助活動の様子が映し出されていた。
画面全体に薄らとモザイクが掛かって見えにくくされている。
そうしないと隙あらばグロテスクな遺体が映ってしまうからだ。
「たしかにここで過ごすより大変そう」と由香里、
「お姉さんの家族を抜きにしても、10人以上の安否を確認する必要があるわけだもんなぁ! 麻衣タロー、これは責任重大だぞ!」
「あはは、そんな風に言われるとハズレクジだね」
麻衣は涙を拭いながら笑った。
◇
麻衣の帰還は8月26日の午前中に行うと決まった。
大規模なシステムの変更が行われるギリギリまで過ごす予定だ。
これにはいくつかの理由があった。
一つは、皆で過ごす時間が必要ということ。
思い残すことがないようにしておきたい。
もう一つは、被災地が未だパニック状態であること。
ただちに帰還したとしても人を捜せる状況にはなかった。
だから一日半ほど時間をおいて、多少の落ち着きを待つ。
その間に身内の安否が判明する可能性もあった。
そうなれば帰還する必要もなくなる。
◇
翌日、午前は皆で過ごした。
まるで大震災が起きる前のように楽しく。
麻衣も元気を取り戻していた。
午後は一人ずつ麻衣と過ごすことに。
二人きりだからこそできる話もあるだろう、と。
トップバッターは俺だ。
二人で近くの草原に出向いて魔物を狩っていた。
「間違っても俺に当てるなよ! この銃、クラス武器じゃないんだからな!」
「分かってるって! でも当てちゃったらごめんね!」
「冗談にならないからな!フリじゃないからな!? 誤射はするなよ!」
アサルトライフルを乱射して魔物を皆殺しにしていく。
銃は〈ショップ〉で買った物で、価格は目玉が飛び出るほど高かった。
弾丸もこれまた割高だが関係ない。
どうせ明日の昼にはポイントがゼロに戻ってしまうのだから。
「やっぱり本物の銃って銃声が段違いだよねー!」
魔物の駆逐を終えると、麻衣は草原に寝そべった。
俺も「だなぁ」と、その隣に倒れ込む。
「耳の鼓膜が破れるかと思ったぜ」
「分かる! めっちゃうるさかった!」
「でも楽しかったな!」
「溜め込んだポイントを豪快に使うのって気持ちいいよね!」
「ストレス発散に散財する奴の気持ちが理解できたぜ」
雲一つない青い空に向かって、二人して「ふぅ」と息を吐く。
「結局、風斗は手を出してこなかったねー、私には」
麻衣が体をこちらに向ける。
「私にはって何だ?」
俺は空を眺めたまま返す。
「だって他の人とは色々あるじゃん? 知ってるよ、例えば……」
「言わなくていい」と苦笑い。
「私は夜這いしていいって何度も言ったのになー」
「度胸のない男なのさ。麻衣の言う“他の人との色々”だって、成り行きでそうなっただけだ」
「ほんと消極的だねー。他のことは度胸の塊みたいな男なのに。英雄って呼ばれるくらいだしさ」
「消極的で度胸のないザコが真の俺だ」
「あはは、それはそれで風斗らしいね。でも――」
突然、麻衣が距離を詰めてきた。
俺の右腕に抱きつき、上目遣いでこちらを見る。
「――最後くらい度胸のあるところを見せてほしいかも」
ドキッとする。
俺は顔を彼女に向け、上ずった声で言った。
「麻衣、そ、それって……」
すると、麻衣は「プッ」と吹き出した。
「なーんてね!」
と立ち上がり、俺から距離を取ってスマホを確認する。
「私は戻るねー! そろそろ由香里とデートの時間だから!」
「お、おう……」
「じゃ、また! 頑張ってね、リーダー!」
麻衣は〈テレポート〉を使用した。
「度胸のあるところ見せてほしい、か」
俺も立ち上がり、尻についた雑草や土を払い落とす。
近くに転がっている俺と麻衣の銃を〈ショップ〉で処分した。
拠点に戻って休むとしよう。
「たしかに最後くらいは度胸の……ん?」
独り言を呟いている時だ。
背後から金属のこすれるような音がした。
「お前は!」
振り返った瞬間、俺の顔は真っ青になった。
そこにいたのは、甲冑に身を纏った細身の剣士。
かつて俺たちを幾度となく苦しめてきたピンク髪のゼネラルだ。
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