第十章:絶望
151 第十章 プロローグ
純白の部屋で、二人の男がモニターを眺めている。
画面には漆田風斗の船を始めとする大船団が映っていた。
船団は適当な間隔を開けて東に向かっている。
「クロードさん、本当にいいんですか?」
部下の男が尋ねると、上司のクロードは「かまわん」と笑った。
「地球人の手助けをしただけだ」
「それで反対派が納得するとは思えませんが……。現に議会から呼び出しをくらっているわけじゃないですか
「反対派ってのはケチをつけないと気が済まないのさ。奴等は地球の政治でいう野党そのものだ。ただただ与党の意見に反対しているだけに過ぎん」
「まぁ何かあっても責任を取るのはクロードさんなんで自分は何でもいいですけど。それより、クロードさんが戻ってくるまでの間はどうしますか? ひたすら漆田風斗の監視ですか?」
部下の男がキーボードを操作する。
モニターの映像が切り替わり、船の内部が表示された。
漆田風斗が仲間の女性たちと話している。
「いや、その必要はない。現フェーズの目的は既に達した。俺が戻ったら即座に計画を次のフェーズに移行する。それまではお前の好きにしていい。ただし……」
「帰還はさせるな、でしょ?」
「そうだ。それ以外なら好きにしてかまわない」
「わっかりました!」
「では議会に顔を出してくる。あとは頼んだぞ」
「任せてください! あ、そうそう、クロードさん」
部屋を出ようとしていたクロードは足を止めた。
苛立ちを隠そうともしない声色で「なんだ?」と振り返る。
「やっぱりちょっとくらい帰還させてもいいですか? ギルドクエストの時みたいな成功報酬として権利を付与する形で」
「今はダメだ。反対派が難癖を付けてくる。ギルドクエストの報酬は計画が始まる前から決まっていたので問題なかっただけだ」
「えー。他にも帰還の権利を付与できる機会をいくつか用意していたじゃないですか。ダンジョンの攻略報酬とかで。そういう使われなかった枠を消化する形でもダメなんですか?」
「俺個人の意見としてはかまわないが、今は時期が悪い。それに、帰還したところで遠からず死ぬことに変わりない。次のフェーズで死ぬか、その次で死ぬかの違いだ」
「それもそうですね」
「では頼んだぞ」
クロードは何も言わずに部屋を出た。
「ほんとクロードさんは堅物なんだよなぁ。ま、好きにしていいってことだから遠慮なく……」
部下の男がニンマリ笑ってキーボードを入力する。
するとそこに、ピンクの髪をした女がやってきた。
「ベイン、ちょっといい?」
部下の男ことベインは振り返り、女の顔を見て驚いた。
「アリィじゃないか! 今までどこにいたんだよお前! 何度も〈交信〉したのに全部無視しやがって! クロードさんが怒ってたぞ!」
「ごめん、生理を体験していた」
「生理? なんだそれ?」
「地球人の女にはそういう現象があるの」
「へぇ、そういえば漆田風斗の仲間もしばしばその単語を使っていたなぁ」
アリィは一つ間を置いてから「ところで」と話を変えた。
「クロードが議会に行っている間はどうするの?」
「俺に任せるってさー! 好きにイベントを作っていいってよ!」
「へぇ」
尋ねておきながら興味のなさそうなアリィ。
「戻ったら次のフェーズに進めるから、それまでの間は漆田風斗の監視もしないで済むぜ!」
アリィの眉がピクピクと動く。
一瞬だけ顔に焦燥感が表れたものの、ベインが気づく前に消えた。
「もう次のフェーズに移行するの? 急ぎすぎじゃない?」
「反対派が思ったより増長してるから強行するみたいだぜ。データは既に十分なんだってさ。俺からすりゃ漆田風斗を監視しなくて済むからありがたい限りさ」
「そうなんだ」
「地球人って寿命が長いのはいいけど、1日の三分の一は寝ているじゃん? その間も監視するのって最高に時間の無駄なんだよな。しかも一つ一つの行動が遅々としてたまらないし。退屈で死にそうだぜ」
「大変だね、ベイン」
「だろー! だからこれまでの鬱憤をイベントにぶち込んでやろうと思ってな! どんなイベントにするか考えていたところなんだ! アリィも一緒に作るか? 帰還の権利さえ付与しなければ好きにやっていいみたいだぜ!」
「ううん、私はいい。計画の成功に備えて地球人の女の生活を体験しておきたいから」
「アリィは真面目だなぁ! 反対派のゴミクズどもとは大違いだぜ!」
「ありがと。ベインも働き過ぎないでね。今は監視しなくていいんでしょ? 漆田風斗のことは放っておきなよ」
アリィがモニターに目を向ける。
「ああ、そうだな! コイツの顔は見飽きていたんだ! もう見ねー!」
ベインはキーボードを操作して画面を切り替えた。
再び大船団が映ると、一瞬、アリィの口角が上がった。
「私は失礼するね。次は出産を体験してくる。しばらく戻ってこられないけど大丈夫?」
「平気平気! 今回の議会は〈交信〉を使わず地球人のやり方でやるからな。どうせ今日中には終わらないぜ。それよか、出産って一人でできるの? 地球人って男と女が交わらないと子供ができないはずだけど」
「疑似体験だよ。本当に子供を産むんじゃなくて、方法を確認して痛みを味わっておくの。生理だって実際になるわけじゃないからね、今はまだ」
「それもそっか!」
「反対派は出産や生理も欠点として突いてくるから、体験しておけば反論しやすくなると思う」
「アリィは真面目過ぎるぜ! って、これさっきも言ったな! がはは!」
「じゃあね」
アリィはそそくさと部屋を後にした。
(もう次のフェーズに移行するなんて……。急がないと計画が成功してしまう)
クロードやベインと違い、アリィは計画の失敗を願っていた。
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