147 快楽ブースト
4日目の朝を迎えた時、俺達は思った。
やはり家があるのは大きいな、と。
昨日の朝と比べて明らかに睡眠の質が高まっていたのだ。
高温多湿の環境に慣れたというのもあるだろう。
全員の顔付きが昨日より良く、スコアも高い。
今日のグループスコアは素晴らしい結果になりそうだ。
「ねね、海水を煮詰めて塩を抽出しようよ!」
朝ご飯の最中に麻衣が言った。
俺はウサギの肉を飲み込み、手に持っていたバナナを囓る。
この島のバナナは甘味が強くて美味い。
「今日の報酬で香辛料セットが手に入るのに塩が欲しいのか?」
「だって報酬の中に塩は含まれていないじゃん!」
「たしかにそうだが」
「それに私は塩を抽出したいの!」
「本音はそっちだな」
「へへへ」と笑う麻衣。
「まぁ塩の抽出は無人島の定番ネタだもんな。いいぜ、やってみよう」
「やったね!」
「ただし、測定のあとからだぞ」
「もちろん! 疲れたらスコアが下がるもんね!」
食事が終わると、俺はおもむろに立ち上がった。
女性陣に「どうしたの?」と尋ねられる前に答える。
「小便に行ってくる」
家を出て森に向かう。
見られない場所まで移動したら足を止めた。
「この辺でいいか」
入念に背後を確認する。
大丈夫、女性陣は誰もいない。
「よし、検証を始めよう」
小便はただの方便だ。
本当は鍾乳洞で閃いた奇策を試したかった。
「きっと上手くいくはずだ……」
ブツブツと独り言を呟きながら右手をパンツに突っ込む。
大きく息を吐き、精神を統一し、ゴニョゴニョする。
脳みそが妄想の世界にトリップして気持ちよくなっていく。
「どうだ!」
左手首のヘルスバンドをチラリと確認。
「よし!」
案の定、スコアが思いっきり伸びていた。
しかし妄想が途切れたので急降下していく。
これで証明された。
快感や快楽といった状態はスコアを上昇させる。
昨日、美咲のマッサージで瞬間的にスコアが上がったのがその例だ。
彼女の胸が当たったことによる変態的な喜びが反映されていた。
「ククク、これは次の測定が楽しみだぜ」
俺は今回発見した裏技を〈快楽ブースト〉と命名した。
◇
皆で鍾乳洞にやってきた。
もうじき今日の測定が行われるからだ。
今回も鍾乳洞ブーストでスコアの上昇を狙う。
「そろそろ入るか」
「まだ55分だけどいいの? ちょっと早くない?」
「問題ないよ。昨日は10分ほどスコアが下がらなかったし」
「よく見てるねー! じゃあ入ろう! わたしゃ暑くて溶けそうだ!」
麻衣が大股で歩いて鍾乳洞に入る。
俺達はその後ろに続いた。
「涼しいー! 鍾乳洞サイコーっす!」
気温が下がったことで体が歓喜の声を上げる。
それに伴って全員のスコアがグイグイと伸びていく。
だが、俺は素直に喜ぶことができなかった。
(思ったより動きが鈍いな)
直ちに測定が行われた場合、グループスコアは75か76だ。
昨日よりは高いものの、俺の想定より2点ほど低い。
皆の調子を考慮すると77点以上は確実だと思っていた。
スコアが伸び悩んでいる原因は分かっている。
感動の度合いが弱まったからだ。
昨日は涼しさに感動したが、今日は感動しなかった。
その差が伸び悩みを招いていた。
(この様子だと明日の鍾乳洞ブーストはますます効果が弱まるな)
痛い誤算だ。
そんなことを考えていると、俺のスコアが2点も減った。
(いかんいかん、邪念を振り払わないとな)
とはいえ、このまま素直に測定される気はない。
スコアを底上げするとしよう。
「やべ、小便したくなってきた」
「えー! またっすかぁ!?」
「風斗、大丈夫? 今日は頻尿だね」
心配そうな由香里。
「大丈夫! ちょっと出してくるわ! 皆はここにいてくれ!」
測定開始まで残り2分。
俺は駆け足で鍾乳洞の奥に向かった。
「間に合えよ」
快楽ブーストに取りかかる。
即時に発動できないのが、このブースト法の欠点だ。
妄想の世界に浸って気持ちを高めていく必要がある。
しかし、焦っているせいか集中できない。
精神が乱れて煩悩が大人しいままだ。
ますます焦る。
悪循環に陥っていた。
(まずい、このままでは……!)
最後の手段を講じることにした。
脳内の思い出アルバムにアクセスし、あるページを開く。
素早く済ませたい時にのみ使用する禁断の思い出。
そのページのタイトルは――童貞の卒業式。
(キタ! キタキタ! キタッ!)
目を瞑ると鮮明に浮かぶ。
手触り、匂い、会話の内容、何もかも。
「うおおおおおおおおお!」
精神が快楽に満たされていく。
肉体的な刺激がスコアの上昇を後押しする。
スコアがイカれたように上がっていき、そして――。
「ふぅ……! 測定終了だ……!」
左の手首がチクッとした瞬間、全身の力が抜けた。
山を越えた男にしかできない虚ろな目で岩肌の壁を見つめる。
何秒間か抜け殻のように固まっていた。
「いかんいかん、スコアの確認をしないと」
ヘルスバンドに目を向ける。
既に快楽ブーストの効果は切れていた。
これでは分からない。
俺は急いで仲間たちのもとへ戻った。
「やっと戻ったかー! 遅いから心配したじゃん!」
ぷくっと頬を膨らませる麻衣。
「おかえりなさい風斗君。あ、風斗君、ファスナーが開いていますよ」
「おっと、こりゃ失礼」
他愛もないやり取りをしつつ、リュックからスコア用紙を出す。
「今日の測定で命運が決まると言っても過言ではない。頼むぜ」
皆でスコアを確認した。
=======================================
風斗:91
麻衣:76
美咲:77
由香里:76
燈花:74
涼子:78
琴子:76
グループスコア:78
本日の順位:1/6
総合スコア:299
総合順位:3/6
=======================================
思わずニヤけてしまう。
鍾乳洞ブーストと快楽ブーストのコンボが綺麗に決まっていた。
「風斗のスコアやば! 90超えてるじゃん!」
「どんな手品を使ったんすか!?」
「すごいです風斗君!」
「風斗、すごい」
「これにはお姉さんもびっくりだ!」
「流石ですともー!」
何も知らない女性陣は純粋に感動している。
本当は誇らしげに快楽ブーストを教えたいがそうもいかない。
口にすると俺の名誉に傷がついてしまう。
「ちょうど小便をしていたから、それで数値がバグったんじゃないかな? 人って排泄中は気持ちよく感じるものだし!」
「そうなの? おしっこをしていて気持ちいいとか思ったことないけど」
首を傾げる麻衣。
他の面々も同じような反応を示している。
「でもそうなんだって! ほら、実際に俺のスコアは高かったわけだし!」
「たしかに」
強引に押し切った。
あまり突っ込まれると困るので話を逸らそう。
「それよ今日の順位を見ろよ。ついに1位だぜ!」
2位は楢崎率いる女子限定グループの73点。
俺達の後塵を拝したとはいえ、今回も安定していた。
一方、大本命の〈スポ軍〉は65点と冴えない。
「今日は1位でも総合順位は昨日と同じで3位っすよ」
総合順位は〈スポ軍〉と楢崎グループが同率1位だ。
スコアはどちらも303点。
「だが、確実に差が縮まっている」
俺達の総合スコアは299点。
1位との差は4点しかない。
まだまだ射程圏だ。
「明日もこの調子なら逆転1位もあり得るよね!」と麻衣。
「おうよ!」
ただ、明日もこの調子でいるのは難しい。
鍾乳洞のブースト効果が落ちているからだ。
今日と同じスコアを取るには、今日より好調でなければならない。
それは至難の業だ。
衣食住は既に可能な限り改善してしまった。
もし楢崎のグループが今日と同じスコアなら俺達は負けるだろう。
(どうにかしないといけないが、どうすればいいか分からないな)
必死に頭を回転させる。
スコアを上げるためにできることを探して。
「おーい、風斗、聞いてるー?」
「あ、わりぃ、考え事をしていた」
だと思った、と笑う麻衣。
「早く戻ろうよ! 塩! 塩!」
「ああ、そうだな」
どれだけ考えても閃かない。
とりあえず気分転換に塩の抽出でもするとしよう。
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