148 敗色濃厚
海水から塩を抽出するには煮詰める必要がある。
鍋を使えば簡単にできるはずだ。
ということで、俺達は鍋を取りに拠点まで戻ってきた。
だがその時、頬にピチョンと何かが当たった。
「雨だ」
空に暗雲が立ちこめようとしている。
倍速再生のような速さで晴れやかな空が消えていく。
「この程度の小雨なら大丈夫っしょ!」
麻衣は気にしていない様子だが、俺は首を振った。
「雨に打たれたらスコアが下がる。止むまでは家で待機しよう」
幸いにも食糧は揃っている。
飲み水の量が心許ないが、水不足で死ぬほどではない。
俺の判断は正解だった。
雨の勢いが強まり、瞬く間に大雨と化したのだ。
「このタイミングで土砂降りっすかー!」
「通り雨だろう。何の前触れもなく降り始めたし」
未使用の鍋をいくつか家の外に置いて雨水を集めることにした。
煮沸すれば非常時の飲み水として利用できる。
「スマホがないと暇だねー、こういう時」と麻衣。
「晴耕雨読と言いますが、本がないので読書もできませんね」
「スコアが大事だから、私は雨が止むまで寝る」
由香里が横になる。
「寝るくらいしかすることはないよなぁ」
俺達も寝ることにした。
◇
仮眠のつもりが2時間も寝てしまった。
これだけ寝れば雨も止んでいる――と、思ったのだが。
「ますます酷くなってるじゃねぇか!」
いつの間にか強風まで追加されていた。
遠目に見える木々がぐらぐらと斜めに揺れている。
完全な暴風雨だ。
「起きて最初に言うセリフがそれとは、流石は私達のリーダーだね!」
そう言って笑う麻衣。
涼子と由香里以外は既に起きていた。
「風斗君、鍋を中に戻したほうがよくありませんか?」
「そうだな。風で吹き飛ばされかねん」
可能な限り濡れないよう注意しながら鍋を取り込む。
「そういえば今日のミッションは?」
麻衣が尋ねてきた。
「ああ、すっかり忘れていたな」
俺はリュックを漁り、報酬の香辛料セットを出した。
「これで肉が美味くなるぜ。残念ながら肉を切らしているがな!」
「そっか、報酬があったんだった! でも、私が言いたいのはそうじゃなくて、今日はどんなミッションが発令されたのかってことだよ」
「ああ、それならミッションは何もないと思うよ」
「ないの? なんで?」
「だって報酬がもらえるのは次の測定時だぞ? 次の測定が終わったらミッション自体が終わる」
「そっかー!」
念のため全員のリュックを調べる。
しかし、ミッションに関する紙は見つからなかった。
やはり前回のミッションが最後だったようだ。
「いよいよサバイバルダンジョンも佳境ということだな」
現時点で残っているグループは6つ。
その内、俺達が警戒するべきは〈スポ軍〉と楢崎の2グループ。
他の下位3グループはリタイア寸前なのでどうでもいい。
「スコアの推移を見る限り私達に分があるんじゃない?」
「というと?」
麻衣はスコア表を見せてきた。
「ウチ以外は測定のたびに下がっているじゃん」
「まぁな」
〈スポ軍〉はの総合スコアは88、80、70、65点と急落中だ。
楢崎グループも78、77、75、73点と少しずつだが下がっている。
一方、俺達は72、75、74、78点と堅調に推移していた。
「今日は風斗の数値がバグっていたからちょっと高めだけど、仮にあのバグがなかったとしても、グループスコアは76点かそこらだったでしょ?」
「そうだな」
「今日の活動では大して疲れないだろうから、ウチのグループスコアはおそらく75点前後。〈スポ軍〉は論外として、楢崎さんのグループはこれまでの傾向を見る限り70点前後になるはず。5点差でウチの勝利だからぎりぎり抜けるんじゃないかな?」
麻衣の推測には結構な説得力があった。
しかし――。
「俺は厳しいと思うぜ」
「どうして?」
「この天気だからさ」
「天気って関係ある? ハンモックならまだしも家だから問題ないじゃん」
「多少の雨ならそうだが、こうも荒れていると話は変わってくる。この家を造った時、これほどの暴風雨に見舞われると予想していたか?」
「そんなわけないじゃん!」
「だろ? だから耐久度が全く足りないんだ」
既にほころび始めている。
壁の至る所からスースーと風が抜け、雨水が入り込んでいた。
「バナナの葉っすもんねー、メインの建材」と燈花。
「そうなんだよ。しかも補強材は包帯と粘土だ」
口には出さなかったが竹の骨組みも厳しい。
建築基準法に則った防災構造ではないので不安定だ。
風の角度が悪ければ、いや、角度に関係なく倒壊しかねない。
「ウチが厳しい環境なのは分かったけど、それは楢崎さんのところも同じじゃないの?」
「ところがそうじゃないんだ」
「えー、なんで!?」
「楢崎グループは持ち込みリストにテントを選択しているからな」
「あ……!」
持ち込みリストのテントは上質な代物だ。
「楢崎グループのスコアが大幅に下がる要因があるとすれば、それは食糧不足の場合だ。しかし、これまでのスコアを見る限りそれは期待できない。食糧の備蓄はしっかりしていると見るのがいいだろう」
「じゃあ楢崎さんのグループは明日も70点くらいってことね」
「俺はそう見ている。しかし、ウチはこのままだと70点を下回るだろう。そこら中から雨風が侵入していて、さらにはいつ倒壊するか分からない状況の中、ぐっすり眠ることなんてできないからな」
「たしかに……」
「困ったなー少年!」
涼子が体を起こした。
「起きていたのか」
「先ほど起きたのだ!」
「私も」と由香里も起きる。
「うるさかったかな? すまん」
「ううん、関係ないよ。むしろ風斗の声は心地いい」
「つまり私の声がうるさくて起きたわけね」
「うん」
「ひどっ! 即答かい!」
麻衣と由香里のやり取りに皆が笑う。
「話をまとめると、暴風雨が止まなければウチらの負けってことっすね?」
「終わってみるまで断言できないが、敗色濃厚なのはたしかだな」
「なら雨が止むように祈るっすよ!」
燈花はその場で正座し、頭を伏せ、頭上で両手を組んだ。
そして、「嗚呼、神様」などと晴天の再来を祈願している。
「お願いします、神様」
燈花ほど大袈裟ではないが、美咲も神に祈り始めた。
由香里や涼子、琴子も続く。
美咲も静かに祈っていた。
「よーし! 私は包帯でテルテル坊主を作るぞー!」
そう言って工作を始める麻衣。
「こうも無力だと神頼みもしたくなるわな」
神の存在を信じていない俺も同じように祈る。
晴天でも厳しいのに暴風雨なんて絶望的だから勘弁してください、と。
しかし、都合よく祈る者に神は微笑まない。
暴風雨はその後も止まなかった。
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